第28話「新世界より」①
それは不思議な縁でわたしが魔道具を扱う店の主を任されてから、三ヶ月ほど経ったある日のことだった。
「すみませーん、魔物を捕獲するための道具ってありますか?」
村人Aみたいな服装の若い男性三人がやってきて、そう尋ねた。
「捕獲……ですか?」
「矢を射ても当たらないし、反撃されるし」
「罠を仕掛けても全然捕まえられないんだよ」
「この店にはめずらしい魔道具もあるって聞いたから、何かないかと思って……」
村人ABCが口々に訴えてくる。
(ずいぶんお困りのご様子で。害獣の類かな)
わたしはカタログを捲って該当しそうな品を探した。
「えーと……捕獲用だと武具か罠ですよね。魔力に反応して罠が発動するタイプの檻でしたら、何種類かサイズや形状の異なる物がございますが」
「そういうのも使ってみたんだがダメだった」
「左様ですか。でしたら、こちらの弓矢などはいかがでしょう。外れても少しの距離なら的にした獲物が放つ魔力を察知して軌道修正してくれます」
魔力レーダー探知による自動追尾機能ってことね。しかも誤射防止のための対人用セーフティロック付きですって。異世界の武器、侮れないなぁ。
「これなら逃げられずに仕留められるのでは?」
自信たっぷりにカタログのページを示しながら勧めてみたけど、残念ながらお客さんの反応は芳しくない。
「いや、これも落とされるんじゃないか?」
「だろうなぁ」
「無理だな」
カタログを覗き込んだ三人が一様に肩を落とし、首を振る。
「避けられるんじゃなくて、落とされる……ですか?」
「ああ。我が国随一の弓の名手が射た矢もすべて撃ち落とされたからな」
(なるほど)
単に避けられるだけじゃなくて魔力で迎撃されてしまうのか。
実物を見ていないわたしはあまりピンとこないので、もうちょっと詳しいリサーチが必要だなと思った、そのとき。店のドアベルが軽やかに鳴って新たな客の来訪を告げた。
「いらっしゃいませ」
挨拶しながら面を上げ、入り口付近に視線を移す。
入ってきたのは厳つい銀の甲冑を身につけ、腰から大剣を下げた冒険者ふうの男性だった。手荷物はなく、一緒に入ってきた仲間もいない。商品棚には目もくれず、まっすぐカウンターに向かって歩いてくる。
すると振り返った村人Aが男性の名を呼んだ。
「あ、シオンさん」
(知り合いだったのね。同じ村の人かな)
「どうだ? 何か見つかったか」
「いえ、それが……」
どうやらこの人も害獣対策の一員らしい。
近くで見るとなかなか長身だ。甲冑に覆われていても、身体全体の厚みや腕と脚の筋肉の付き方で、かなり鍛え抜かれた体格の持ち主だと推測できる。額に大きな傷まであるので歴戦の勇士といった風格だけど、顔を見たところきっとまだ壮年の域に違いない。三十代半ばから後半といったところか。
(しかもこの人だけ顔立ちがアジア系なんだよね。どういう繋がりなんだろう?)
少し気になったけれど、あれこれ尋ねるわけにもいかない。
「えーと、まずはどんな魔物を捕まえたいのか、詳細をお聞かせ願えますか」
わたしの言葉にA氏は、ああ、それもそうですねと改めてこちらに向き直り、説明を始めた。
「鼠なんですけど、かなりでかくて、猪ぐらいのサイズなんです」
「それは大きいですね」
(絶対遭遇したくないな)
「しかも最近なぜか国内で大量に繁殖しておりまして。田畑が荒らされるのでいろいろと罠を仕掛けてみたんですが、よほど用心深いのか、それともこちらの魔法が効きにくい種族なのか、ちっとも効果がないんです」
「なるほど」
「ほとほと困って国に駆除をお願いしたら、かえって被害が拡大する始末で」
「それはどういう状況で?」
「あちこちの田畑が焼失したんです。奴ら、攻撃されると周辺に電撃を落とすんですよ」
「電撃?」
「ええ、そりゃもうバリバリとでかい稲妻を」
(電撃……)
それを聞いて、思わず口からポロリと一言。
「ピカチュウか」
全国民にお馴染みのキャラクターが脳裏に浮かんで、つい口にしてしまった。でも異世界の人々には何のこっちゃ分からないはずなので、完全スルーされると思ったのに。
どういうわけか、シオンという戦士が突然腕を伸ばしてきて、わたしの肩をガシッと勢いよく鷲づかみにしたのだ。鬼気迫る顔つきで。
「おまえもか?」
痕がつくほどの強い力でつかみかかられ、がくがくと揺さぶられる。
「どっちだ! おまえはどっちなんだ?」
何がとか、どうしてと尋ね返す余裕もない。
「いっ……痛! 痛いです、離して」
痛みを訴えながら咄嗟に身を引こうとしたわたしの背後から、誰かがシオンの手首をつかんで、すばやく引き剝がしてくれた。
「お客様、店主への乱暴はお控えください」
耳に馴染んだ声の主がわたしと戦士の間に割って入る。
「……クロ」
助けに入ってくれたのは、人の姿へと変化したクロだった。
何かあったらボクが琴音を守るよ。常々そう言っていたのは、どうやら嘘じゃなかったようだ。いつもより黒々とした瞳が冷たい光を放っている。
「店内での従業員及び他のお客様に対する暴力行為は禁止事項となっております。二度とこの店舗から出られなくなる可能性もございますので、お気をつけくださいませ」
入れないではなく、二度と出られないとは、なんと背筋が凍る脅し文句だろう。わたしですらヒヤッとしたのだから、当然村人たちや戦士の顔色も変わった。
「……申し訳ない」
「い、いえ」
素直に頭を下げられたので、大丈夫ですと返したのだが、村人たちはすっかり肝が冷えてしまったようで。
「また出直してきます。さっ、シオンさん、行きましょう」
慌てて戦士を引っ張って店から出ていった。
(いったいなんだったんだろう?)
ドアの向こうに消えていく後ろ姿を見送りながら、わたしはモヤモヤした胸のつかえを感じていた。
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