第23話 探索師、侯爵家の現状を知る


「ちょ、ちょっと、エリスさん!」

 とルクシアさんが声を上げた。


「今のレイクスくんのレベルは91。失礼だけど、エリスさんが敵う相手では――」

 鑑定スキルで僕のステータスを読み取ったギルド長に、エリスさんは小さく首を振った。

「無謀は承知です。しかしいかなるときでもお家のために力を尽くすのが私の務めです!」

 そう話す彼女の声には、悲痛な決意がにじんでる。


「ダメよ、貴方は間違ってもここで命を落としてはいけないのよ!」

 とルクシアさんも反論する。


「私はサビエさんから頼まれたの。もし貴方が血気にはやって危険な真似をするようなら止めて欲しい、って」


 その言葉に、エリスさんは思わずといった感じで振り返る。

「おじい、サビエ殿がそんなことを?・・・・・・しかしっ」 

 澄んだ瞳に浮かんだ光が揺らぐ。



 ん、今おじいって言いかけたね?

 ただ同じ家に仕える同僚、というだけの関係ではなさそうだけど・・・・・・

 


 まぁそれはそれとして、正直、誠実で聡明らしいエリスさんと闘うのは僕としても気が進まない。

 無論、相手が死に物狂いで向かってくるならば、こちらも命を賭する覚悟で闘うけれどね。

 


 張り詰めた空気がどれほど続いたんだろう?

 突然小さな羽ばたきの音が聞こえた。


「!」

 見上げると、どこから入ったのか一羽の白い鳥が目の前を横切って、お姉ちゃんの肩に止った。

 もしかして、天からの使いの鳥?


「これは、隠密の鳥だ・・・・・・!」

 とお姉ちゃんは言った。

「天界で広く使われているものではない、ウィンベル様が密かにメッセージを伝えたいときにお使いになっている鳥だ」


 え、何があったんだろう!?

 お姉ちゃんが鳥の囀りに耳を傾けているのを、僕たちは固唾を呑んで見守った。

 するとお姉ちゃんの顔色が変わった。


「ナマクラン侯爵家で聖剣の精霊の姿が披露されただと!?」

「!?」


 は?どういうこと?

 お姉ちゃんが鳥のくちばしをそっと撫でると、鳥の目から光が迸った。

 その円錐形に広がった光の中に、何か映像が現れた。


 大広間の中に大勢の人がいて、その中心に一際きらびやかな服装を纏った一人の男性が立っている。そして彼の眼前には、4人の男女が片膝を突いて頭を下げている。


 跪いているのは、薔薇の鷹だね。

 そしてその前に立っているのが、ナマクラン侯爵かな。


 やがて、ゴーマンさんが立ち上がった。

 彼が聖剣ヴァイスカイザーを掲げると、剣から光が迸って人の形になった。


「これって!?」

 思わず叫んでしまった。

どよめきのなか、そこに現れたのは、確かに聖剣の精霊・アウローラ、お姉ちゃんそっくりの女性の姿だったから!


「ど、どういうことですか?ここにいらっしゃるのは、確かに本物のアウローラ様なのに」

 とルクシアさんはこの場にいるお姉ちゃんと映像とを見比べている。


「幻術、ということでしょうな」

 ドルフェルン伯は眉間に皺を寄せながら息をついた。


「あぁ。だが、これほどの大人数を相手に幻術を見せられるほどの力が、あのバカどもにあるとは思えない。誰か強力な魔術師が――」

 とお姉ちゃんが言ったとき、映像の中の群衆が大きく動いた。そしてエリスさんが


「あっ!!」

 と声を上げた。


 映像を見ると、数人の兵士が鉄靴を響かせながら広間へと入ってきていた。

 彼らに囲まれながら歩いている、いや歩かされているのは一人の初老の男性。


「あれは、サビエさんっ!?」

 とルクシアさんが声を上げる。


「知っているんですか?」

 と聞くと、


「えぇ。エリスさんと一緒に勇者を迎えに来た方ですよ」

 ルクシアさんは頷いた。


 その言葉にエリスさんのほうを見ると、彼女は息を詰めながら映像を見つめている。


 後ろ手に縛られたサビエさんは、ナマクラン侯爵の前まで引き立てられ、その場で膝をつかされた。


 うなだれているサビエさんを見下ろしながら、侯爵は口を開いた。


「サビエよ、貴様は私に『精霊は”薔薇の鷹”から離れている』と言ったな。ゆえに精霊を披露する式は日延べにしろと」


「・・・・・・はい、確かに」

 消え入るような声でつぶやいたサビエさんを、侯爵は怒鳴りつけた。

「ではこれはどういうことだ?精霊は確かにここにいるではないか?なにゆえ、虚言を持って儂を惑わそうとしたっ!?」


 

「そこにいる精霊は、幻術にございます」

「何ぃ!?」


 サビエさんの言葉で、人々は騒がしく言葉を交わし始める。

 ”薔薇の鷹”のメンバーは何も言わずに緊張した顔で立っているだけだ。


「幻術だって?」

「そんなバカな!」

「どう見ても、本物にしか見えないわ」


 すると、侯爵の隣に控えていたローブ姿の者がスっと立ち上がった。

「幻術、ですか。では、サビエ殿。あなたはこの”幻術”を破れるのですか?」


「っ!」

「”幻術”であれば、どこかに”ほころび”があるはず。貴方はそれを見つけたからこそ”幻術だとおっしゃっているのですよね?」


 魔術師らしいローブ姿を、サビエさんは苦々しそうにじっと見つめていたけど、やがて立ち上がると”精霊アウローラ”のほうを向いて短く呪文を唱え、


「ハッ!」

 と気合いとともに術をぶつけた!


 けれど、”精霊”は少しも揺らぐことなく静かに笑っているだけ。


「・・・・・・くっ」

 歯がみするサビエさんを囲む人々の間から失笑が漏れた。


「ププっ、なんだあれ?」

「幻術なんかじゃないじゃない、間抜けねぇ」


 ローブ姿の者は、わずかに見える口元をフッとほころばせると、

「どうやら、あなたは”精霊が離れた”という自分の見立てが外れたのが気に食わなかっただけのようですね!まったくくだらないっ!」

 と言い放った。


「お待ちください、私は――ぐっ!」 

 侯爵はサビエさんに蹴りをお見舞いすると、雷鳴のように怒鳴った。

「この痴れ者を牢に放り込んでおけっ!!」

 

 引きずられていくサビエさんの姿を見終わらないうちに、

「っ!」

 途端にエリスさんは、青ざめた顔のまま駆け出した!


「待たれよっ!」

 ドルフェルン様が声を掛けたけど、振り向かずに出て行っちゃった。


「・・・・・・エリスさんはサビエさんの護衛を務めておられたの。でもサビエさんは、一刻も早くレイクス君を見つけて欲しい、と言って彼女を一人で行かせたのよ」

 とルクシアさんは言った。

 

「ねぇ、レイクスくん、エリスさんを助けてあげられないかしら?サビエさんもエリスさんも、貴方の優秀さを見抜いていた。きっとアウローラ様はゴーマンたちのところに戻らない、侯爵様にもなびかないと判っていた、それでも侯爵家に仕える以上、主君のために動かなければならない立場にあったのよ」


「フン、だからといって助ける必要もないだろう。侯爵家から切り捨てられてしまった以上、味方したとしてもこちらに益はない」

 とお姉ちゃん。


 さて、どうするか。

 少し考えて、僕はこう応えた。

「エリスさんを説得して連れ戻します」


「っ、助けるというのか!?」

 語気を強めるお姉ちゃんに、


「いえ、エリスさんがサビエさんを助けるのに手を貸す、というところまではしません」

 と首を振る。


「でも、今回のことで『侯爵家側に精霊がついた」と多くの人が信じることになった。これは僕たちにとっては不利な状況です。今のままでは僕たちはニセモノの勇者ニセモノの精霊、ということになってしまいかねません。ここは一刻も早く王都に行って、本当のことを明らかにしなくちゃならない」


「ファナの脚ならば、王都には3日もかからずに着くはずです。そこにエリスさんも同乗させます。それが僕のことを買ってくれたというエリスさんとサビエさんに出来るせめてもの御礼です」


「レイクス・・・・・・」

「勿論、王都に着いたらすぐに別れますから・・・・・・ダメでしょうか?」


 緊張しながらそう聞くと、お姉ちゃんはふぅっとため息をついた。

「全く、お人好しだな。でも、その優しさもまたキミらしさか。いいだろう、許そう」


「ありがとうございますっ!」

 僕は頭を下げると、エリスさんの後を追って駆け出した。


 

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