第16話 探索師、伯爵を救出する

 その後、僕たちはエローボを拘束して尋問した。

 奴によれば、伯爵を引き渡した現在、毎日魔族側から貢ぎ物を求められているとのことだった。



「向こうが必要とする食糧や金品を用意できなければ、攻撃すると我々は脅されている。今まで奴らにさんざん協力して、伯爵まで渡したというのにこの扱いはなんなのだ・・・・・・」

 とエローボはため息をつく。



 お姉ちゃんはハッと嘲った。

「当然だろう!ろくに戦いもせずに尻尾を巻いている者など、舐められるのは当たり前。貴様らのような部下に足を引っ張られ、孤軍奮闘していた伯爵が不憫でならぬ」



「何をっ!」

 エローボは反抗的な目でお姉ちゃんをにらみつける。



「まぁまぁ。ともかく、向こうの砦に出入りするタイミングはあるってことなんだね」

「あ、はっ、はいその通りです」

 僕が声を掛けると、エローボは態度を変えてペコペコと頭を下げた。



 奴には僕の怪力の秘密について話していない。

 特に話す必要もないと思ったからだけど、どうも僕をお姉ちゃんの主人だと思っているみたい。



「じゃあ、その貢ぎ物を運び入れる兵士にでも変装すれば、私たちは潜入できるということか。問題は、運び入れが終わったあと、いかにバレずに魔族の砦に留まるかだが・・・・・・」

 と腕組みするお姉ちゃん。



「いや、もっと良い方法があるよ」

 と僕は指を立てた。



 2時間後。

 重い首輪と手錠を掛けられた僕は、兵士たちに取り囲まれながら魔族の砦の門をくぐっていた。



 砦に駐留する部隊長らしき魔族の男の前に、僕は引き立てられていた。

「ソレデ、コノ少年ニハ魔石ヲ作リ出ス能力ガアルト?」

 という部隊長の言葉に、エローボの部下は頷いた。



「はい。実際にお目に掛けて見せましょう」

 そして僕は何の変哲もない石を握らされた。



 お姉ちゃんからもらった”加護”の力があれば、石に魔力を込めることも造作なく出来る。

 1分ほどもしないうちにギラギラと魔力を放つ石が生まれたのを見て、その場にいた魔族たちは皆目を円くしてる。



「ナルホド。確カニ、コイツハ使エソウダ!」

「ありがとうございます!・・・・・・それで、今回お渡しする金品が少ないことはご勘弁いただきたいのですが・・・・・・」

 とエローボの部下が手を揉みながら頼むと、魔族の部隊長はニヤリと牙を剥いて頷いた。



「ヨカロウ。今回ハ見逃シテヤル。連レテイケ!」

 首輪のリードが魔族側に渡されると、僕は恐怖に満ちたような声を上げた。



「い、いやですっどこに連れて行くんですかぁ~!!」

 なるべく耳障りに聞こえるよう金切り声をあげながら必死に抵抗すると、部隊長は舌打ちした。

「ウルサイ奴メ!ヒトマズ地下牢ニデモブチ込ンデオケ!」



 こうして僕は砦の一番深い場所に放り込まれることになった。

 牢番の足音が聞こえなくなると、僕はふぅっと小さく息をついた。



『上手くいったね、レイくん!』

 と頭の中でお姉ちゃんの声が響く。

『うん』と頷きながら、僕は周囲の気配を伺う。

 すると、探知スキルに一つだけ、生命反応が引っかかった。



 僕らの読みが正しければ、それはきっと伯爵様だ!

 僕は髪の毛を一本抜くと、それに”加護”を込めた。

 ピンっと針のように固く鋭くなった髪を手錠の鍵穴に差し込んでピッキングする。



『レイくん、手際いいねぇ~!』

『こういうのは、ダンジョンのトラップ解除で慣れてるからね、っと!』



 首輪も外して完全に自由になると、鉄格子に近づいて髪を剣のように振る。

 鉄格子は麩菓子みたいにスパスパと切れて地面に転がった。


 

 迷路のような地下牢の通路を歩いて行くと、もう一人の囚われ人の前に着いた。

 僕の足音で気がついたのか、壁に鎖で繋がれていたその人は顔を上げた。



 僕の姿を見ると、驚いたように端正な眉を上げた。

「こ、ども?」

「レイクスと申します。ドルフェルン伯爵でいらっしゃいますか?」

「あぁ、そうだが・・・・・・驚いたな、キミが従えているのは精霊かね?」

「おわかりになるのですね!」



 こちらも驚くと、彼はフッと笑った。

「まぁ、一応人物鑑定スキルを持っているからね。とはいえ、部下の反目は見抜けなかったけれど」



「エローボのことでしたら、拘束しましたよ」

 と答える。

 あの後、クーデター派の人間はほとんど僕たちに寝返り、抵抗しようとする少数も怪我なく拘束できたことを伝えると、伯爵はホッと息をついた。



「かたじけない!あぁ、本当に私がしっかりしていればこんなことには・・・・・・」

「嘆くのは後にしましょう、まずはここを脱出しないと!」



 再び髪の毛で鉄格子を斬ると、伯爵は目を円くした。

「なんて力だ、それも精霊の力なのか?」



「はい、聖剣の精霊・アウローラさまのお力です」

 僕がそう言うと、お姉ちゃんはパッと顕現して伯爵様に姿を見せた。



「っ!・・・・・・なるほど、貴殿が真の勇者というわけか!」

「まだまだ未熟者ですよ。さぁ、参りましょう!」



 地下牢の階段を上りきると、魔族の兵士たちと鉢合わせした。

「はっ!」

 持っていた小石を指で弾いて当てると、兵士たちの身体には大穴が空いて絶命した。



 兵士の死体から剣を奪うと、広い廊下を走り出す。

 異変に気づいた魔族たちが一斉に襲いかかってくる。



 僕は持っていた魔石を突き当たりの壁めがけて放り投げた。

 魔石は城壁に当たった瞬間に、カッと光を放って爆発した。

 たまっていた魔力を一気に解放させたんだ。



 ドガァン、ガラガラガラッ!!

「グオォオォッ!?!?」



 爆風で兵士たちは吹き飛ばされていく。

 僕は伯爵を抱えると、足に力を込めた。

「しっかり捕まっててくださいねっ!」



 そう言って跳び上がって、夜空へと飛び出した!

「逃ゲタゾ!」

「追エッ!!」



 砦からはしきりに矢が飛んでくる。

 伯爵を下ろすと、目の前にそびえ立つ円塔の上空めがけて再び魔石を投げる。



 ピシャッ、ズガアアアアァン!!

 今度は魔石から雷撃が迸って、塔にいる兵士たちに降り注ぐ。

「グッギャァアアアッ!!」

 雷は鋭い爪のように塔を上から下へと切り裂いた。



 城のほうでも、砦で戦いが始まったことに気づいたのか、城壁の上や塔で兵士たちが行き交いはじめた。



「あっ、グリスノルド様だっ!」

「何っ、本当かっ!?」



 伯爵の姿を認めた兵たちが声を上げ始めると、伯爵はそれに応えるように剣を掲げて、早速号令をかけ始めた。

「弓を射かけろ!投石器の準備を急げっ!」



 砦の門からは次々と黒馬に跨がった魔族たちが駆け下りてくる。

「まったく、キリがないな!」

 伯爵と二人で、向かってくる敵に剣で応戦しながら、城へとひた走る。



 すると、遠くからウォーーンと狼の遠吠えが聞こえたかと思うと、青白く輝く風がゴォっと吹き抜けて、僕たちの背後にいた騎馬魔族を直撃した。

「ガッ、ナンダコレハ!?コオリ・・・・・・!」

 魔族たちの身体はたちまち凍り付いていく。



 城の方角を見ると、一頭のフェンリルが風のように駆けてきた。

「ファナっ!」

 呼びかけながら駆け寄ると、ファナは地面に伏せの姿勢を取った。

「ごめん、なさい。かぜが、ざわってして、やなかんじだったから、じっとして、られなくて・・・・・・」



 どうやら、戦いの空気を感じ取って、いてもたってもいられなくなったみたいだね。

「いや、いいよ。ありがとうファナ!」

「・・・・・・!」


 瞳を潤ませているファナの背中に、伯爵と一緒に乗ったとき、空を覆っていた雲がサッと開けた。

 月光が差し込んで、僕たちがいる場所を円く照らし出す。


 

「あれは、もしかしてフェンリル?」

「クーデターを鎮圧した少年がフェンリルを従えているぞっ!?」

「じゃあ、もしかしてあの子が、勇者?」

「おぉっ!勇者様だ!」

「天が我らのために勇者様を遣わしてくださったのだっ!!」


 

 兵士たちのどよめきはやがて歓声へと変わっていく。

 あれ、やっぱりマズかったかな?

 今の段階で勇者だと騒がれるのは得策じゃない気がするけど、そうかと言って否定するわけにもいかないし・・・・・・

 

「う・・・・・・やっぱり、ごめい、わく、だったかな?」

 とファナがしょんぼりしかけている。



「あ、いや・・・・・・そんなことないよ!」

 僕は優しくファナの頭を撫でる。



「勇者だとおおっぴらに言えない事情があるようだね?」

 伯爵は僕たちの表情から察してくださったみたいだ。



「すみません、まだ正式に認められているわけでもないので・・・・・・」

「そうか。だが、私としては貴殿を勇者としてお認めしたい!紛れもなく私を救ってくださったのだから!」

「ドルフェルン様・・・・・・!」


 

 すると、お姉ちゃんが再び姿を現した。

 長い髪に月光の粒がやどってキラキラと輝いている。

「では、ドルフェルン辺境伯。其方はレイクス様の後ろ盾となる心づもりがあるということか?」


 お姉ちゃんの問いかけに、伯爵は深々と頭を下げる。

「はい。微力ながらお力添えが出来ればと」



「うむ、良かろう!」

 そう言ってお姉ちゃんはファナの背中に立つと、高らかにこう言った。



「聞けっ、者どもよ!我が名はアウローラ。聖剣に宿り、勇者に祝福を与える精霊!そしてここにおわすお方こそ、我が主、勇者レイクス様だっ!」



 隣の伯爵様も立ち上がられた。

「皆の者、これは天啓ぞ!勇者様のお導きのもと、魔族を討ち滅ぼすのだっ!!」



「さぁ、レイくん!」

 光の輪の中で微笑むお姉ちゃんに頷き返して、剣を天高く掲げると、ウォオオッと兵士たちの声が響き渡った。

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