第15話 探索師、敵の城に乗り込む

 仲間になったフェンリルのファナは、親であるオラムさん曰く、まだまだ未熟とのことだったけど、僕は十分にすごさを実感していた。


 なんせ、馬車の倍のスピードが出るし、1日中走っても全然疲れた様子を見せないからね!


 念のために、こまめに休憩を取りながらだったけど、それでも2日とかからずに城の近くまで来られたんだから大したものだよ!



 さて、僕たちは今、城から少し離れた場所にある洞窟の中から周囲の様子を伺っていた。


 雨空の下、1キロほど先に伯爵の城が見える。

 その向こうにそびえる山の中腹には、確かに禍々しい外見の砦がそびえ立っている。

 あれが魔族が建てた砦だろう。

 恐らくグリスノルド様はあそこに囚われている。



「おまたせー」

 洞窟の奥に張ったカーテンを開けて、お姉ちゃんが出てきた。



「っ!」

 その姿に、僕の目は釘付けになった。



 黒いビスチェ姿のお姉ちゃん。その胸元は大きく盛り上がって、柔肌がこぼれそうになってる。



 キュッとくびれた腰元からは同じく黒いフリルをあしらったミニスカートが広がって、すらっと伸びた白い太ももが眩しい。



「えっへへ~、カワイイでしょ?」

 にひひ、と笑うとお姉ちゃんはハイヒールで器用にくるっと廻って見せた。



「う、うん、すごく似合ってるよ・・・・・・」

 慌てて目を逸らしながら、僕は持っていたビロード地のマントを手渡した。



「ありがと、レイくん」

 お姉ちゃんはマントを羽織って頭巾を被ったけど、いつも鎧で押さえつけられているお姉ちゃんの胸は今、マントを大きく押し上げていて、その隙間から深い谷間が覗いている。



 って、性懲りもなく何を見てるんだ、僕はっ!!

 自分自身を叱りつけると、深呼吸する。



「それじゃ、行ってくるねファナ」

 岩陰にじっと伏せている幼いフェンリルに声を掛けると、彼女は心配そうな顔をした。



「きを、つけて、れいさま・・・・・・」

「うん。何かあれば笛を吹くから、それまでは大人しく待っているんだよ」

 そう言って白い鼻筋を優しく撫でると、ファナは小さく頷いた。



 ここから先、ファナの姿は目立ちすぎるからね、一緒には行けない。

 何かトラブルがあったとき、オラムさんから預かった狼笛を吹けば、すぐにファナが駆けつけてくれることになってるけど、なるべくなら使わずに済ませたいな。



 僕たち二人は厚手の雨具を被ると、洞窟の外へと踏み出した。

「寒くない?お姉ちゃん」

 と手を差し出すと、お姉ちゃんは嬉しそうに手をとってくれた。

「あら、ありがとう、騎士様!」



 騎士様、か。確かに、いつも以上に僕がしっかりと護らなくちゃ。

 こんな無防備なお姉ちゃんと一緒にケダモノどもの巣に乗り込むんだから!

 




 ここに来る数時間前。

 僕たちはひた走るファナの背中の上で、ドルフェルン伯爵の救出作戦を考えていた。



「それで、どうやって伯爵を助け出すの?」

 とお姉ちゃんが切り出す。



「本当は、一気に敵方の砦を急襲して伯爵様を奪い返したいんだけどね」

「そうだねぇ、今のレイくんなら砦一つ落とすのに3分もかからないと思うよ!」

 というお姉ちゃんの見立ては、多分間違ってないだろう。



「でも、相手が伯爵様を盾にとって僕に攻撃をやめさせるには十分な時間だ。それじゃ意味がない」

 何よりも、伯爵を無事に取り戻すのが最優先のタスクだ。



 であれば、『砦の内部に潜入する』がベターな方法かな。

 そして、伯爵の居所を探し当てて密かに連れ出す。



「問題は、どうやって砦の中に入るか、だけど・・・・・・」

 お姉ちゃんは腕組みする。



「僕は、城を乗っ取ったクーデター派を利用すべきだと思う」

 と提案した。



「バイヤルさんみたいに、商人を装って入城して、クーデターの首領に近づくんだ。そしてスキを見て奴を拘束する」

「なるほど、その後は?」



「クーデター派の奴らは敵の魔族とのパイプが出来ているはず。そこで首領に命じて、僕らを砦への使者として派遣させるんだ」



「そうすれば、怪しまれずに中に入れるってわけね。それで、レイくんは何の商人に変装するの?」

「宝石商だよ」

 僕はカバンからいくつかの魔石を取り出した。



「ダンジョン攻略のときに拾った石がいろいろあってね。見た目が地味だからあんまり注目されてないけど、研磨すると強い魔力を発揮する石があるんだ。武器の効果付与にも使えるから、城中だと重宝するんじゃないかなって」



「わぁ、確かに結構魔力反応あるねっ!」

 お姉ちゃんは目を輝かせる。



「魔石磨きもできるなんて、やっぱりレイくんはすごいなぁ!」

 後ろからぎゅっと抱きしめられて、頭をうりうりと撫でられる。



「へへっ、”薔薇の鷹”から貰う給料だけじゃやっていけないし、こういうのを売ってちょっとでも稼がないといけなかったから」

 ぎゅっとされるのはまだ照れくさいけれど、褒めてもらえるのはすごく嬉しい。



「・・・・・・でも、私、もっといい”商品”を売ること思いついちゃった」

 とお姉ちゃんは言い出した。



 え、もっといい商品?

 振り返ると、お姉ちゃんは静かに微笑んだ。



 そして今、僕は薄着のお姉ちゃんを連れて城へと歩いている。

 お姉ちゃんを”娼婦”として、クーデターの首領に売り込むために。


 もちろん、本当にお姉ちゃんを売るわけじゃない!

 あくまでも、相手を油断させるための釣り餌役をしてもらうだけだ。



 にしても、お姉ちゃんをそんな風に囮に使うなんて、僕は考えつきもしなかった。

 いや、今だって良い気分はしないけどね。こう言っちゃなんだけど、あの城にいるのは、女に飢えた狼みたいな連中ばかりなんだから。

 そんなところに大事な人を連れて行くなんて、本当はしたくない。



 でも、お姉ちゃんは僕の魔石よりも需要のある”商品”になり得ることは事実だったし、相手が色香に惑って油断してくれる可能性も格段に高いだろうな。

 そんな場面、想像するだけで胸がムカムカするけれど・・・・・・



 やがて、城門へ続く跳ね橋の前に立つ門番が見えてきた。

 僕たちは繋いでいた手を離し、雨具のフードを深く被り直して歩き続けた。



「おい!そこの二人、何の用だ!?」

 二人の門番が斧槍を交差させて、僕たちの前に立ちはだかる。



「エローボ様ご所望の品をお持ちしました」

 と僕は低い声で答えた。



 エローボ、というのは伯爵の副官を務めていた男であり、今回のクーデターの首謀者だ。

 


「あぁ?」

 と怪訝そうな男たちの前に、お姉ちゃんはスッと進み出ると、雨具を脱いだ。

「「!」」

 お姉ちゃんの抜群のスタイルに気づいた門番たちは、フッと好色そうな笑みを浮かべた。



「待ってろ」

 と言って門番の一人は城内へと入り、数分後には別の男と共に戻ってきた。



 その別の男は上士官らしく、僕たちに「ついてこい」と言うと歩き出した。

 僕たちはその士官に続いて橋を渡り、城の中に入った。



 城内では勿論、お姉ちゃんは注目の的だった。

 そこかしこにたむろする兵士たちは、ギラギラとした目でお姉ちゃんの全身をなめ回すように見ているようだった。


 

 中には指笛を吹いてはやし立てる者や、無遠慮に卑猥な言葉を投げつける輩もいた。

 こいつら、お姉ちゃん相手にっ・・・・・・!



 怒りに震える拳を抑えながら横目で伺うと、お姉ちゃんは少しも臆することなく胸を張って静かに歩いている。

 頭巾の下の表情は見えないけど、紅をひいた唇は穏やかに結ばれたままだ。



 やっぱり、すごいなぁお姉ちゃんは!

 僕がお姉ちゃんの立場だったら、これだけの視線や言葉を浴びて涼しい顔はしてられないだろうなぁ。

 ・・・・・・まぁ僕が陰キャだからなだけかもしれないけどさ!



 いくつかの階段を上り、廊下を歩いて、やがて目的の部屋に着いた。

 上士官が扉を叩いて名乗ると、中から「入れ」と声がした。



 僕たち二人が部屋に入ると、上士官は退出していった。

 豪華な内装の部屋の中心に、一人の男が立っている。

 こいつが、エローボか!



 筋肉質の男はこちらを振り向くと、鷲鼻をフンと鳴らした。

「所望の品、だと?最近の暗殺者はずいぶんと大胆な嘘をつくのだなぁ?」

 そう言いながら、ゆっくりと近づいてくる。


 

「それでも俺が、ボディチェックもさせずに貴様をここまで招き入れたのはなぜか、判るか?女よ」



 そう言うと、エローボはフンっと気合いを入れた。

 途端にバリィ!と奴のシャツが裂けて、隆々とした筋肉が現れた。



 岩のようになった皮膚からシュウっと湯気が上がり、エローボはニヤァっと耳まで裂けそうな笑みを浮かべた。



「俺は元々盾戦士。その最強の外皮に加えて、鍛え上げたこの筋肉の鎧っ!これを貫けるような奴などいないからだ!」



 そして舌なめずりをしながら、お姉ちゃんのマントに手をかけようとする。

「お前も暗殺などと下らぬことを考えずに、大人しく俺に抱かれることだ。そうすれば、飽きるまでなら飼ってやっても――」



 よし、今だっ!

 打ち合わせ通りのタイミングで僕は素早く飛び出すと、エローボのあごをひっつかみ、執務机に背中からたたき付けた。



「むぉぉっっ!!」

 相手が目を白黒させている間に、馬乗りになって奴の腰からナイフを抜くと、その背を太い首筋に押し当てる。



 ナイフにゆっくりと力を込めると、溶けた飴のように、ぐにゃぁと筋肉がナイフを呑み込む。

「ムーッ!ムーーーーッ!!」



 口を塞がれたエローボは、必死に両手を振り回して僕を押しのけようとするけど、その程度で僕はどかせないよ?



「外皮だの筋肉だの、僕には関係ないことだ。そんなの全部纏めて首の骨まで折っちゃえばおしまいなんだからね?」



「っっ!?」

 驚きで見開かれた奴の目。

 ブチブチと実際に筋肉が切れていくのを感じたのか、真っ青な顔をして、止めてくれとでも言うように訴えてくる。



――うるさいよ、僕のお姉ちゃんを犯そうとしやがって・・・・・・

 この城に入ってから感じていたムカつきをここで全部吐き出してしまいたい!



 そんな勝手な衝動に身を任せてしまいそうになるのをなんとか堪える。

 首筋からナイフを外すと、柄頭で思いっきりエローボのあごを殴ってやった。



「ゴォォッ!?」

 脳しんとうを起こして、奴は机の上に大の字にのびた。



 ふーっと息をついて振り返ると、お姉ちゃんはまだその場に立ったままだった。

「お姉ちゃん?」

 と呼びかけると、ハッと我に返ったような顔になって

「う、うん」

 いつもの微笑みを取り戻した。



 でも駆け寄って手を取ると、びっくりするほど冷たくて少し震えている。

 それを見て、ようやく気づいた。

 ・・・・・・そっか、バカだな僕も。



 お姉ちゃんだって平気なワケがなかったんだ。

 下着同然の格好で男たちの前を歩くなんて、とてつもなく恥ずかしかったはずだ。


 お姉ちゃんだって女の子なんだ。

 エローボの前で最後まで無抵抗を演じるなんて、ものすごい恐怖を感じたはずだ。


 

 それでもこの仕事のために、身体をはってくれた。

 だから、できる限りお姉ちゃんを労ってあげなくちゃいけないんだ。



「お姉ちゃん」と呼びかけて、そっと両手を差し出すと、彼女は静かに膝をついた。

 僕はそっとお姉ちゃんを抱きしめると、背中を撫でた。



「辛かったよね、怖かったよね、本当にありがとうね」

 そう声をかけると、お姉ちゃんはビクッと肩を震わせ、やがてすすり泣き始めた。


「あり、がと、レイ、くん・・・・・・」

 嗚咽混じりにそう言ったお姉ちゃんの震えが止まるまで、僕たちはずっと抱き合っていた。

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