第14話 幕間2 執事サビエの思い
「えぇっ!?」
精霊アウローラが、探索師レイクスと行動しているかもしれない、という言葉にエリスは驚いた。
深くえぐれた靴跡を見ながら、サビエは顎ひげを撫でた。
「これほどの身体能力を短期間で身につけたこと、そして精霊が行方不明になっていることを合わせて考えると、その可能性が高いのです」
「じゃあ、レイクスを追放した勇者たちに同調した、というのは・・・・・・」
「見せかけ、ということでしょうな。彼らからこっそり離れるために一芝居打った、というところでしょう」
「では、すぐに追いかけよう!」
とエリスは提案した。
レイクスの有能さを認識しているエリスにとって、サビエの推測は間違いのないことと思われた。
だが、サビエは首を横に振った。
「いえ、これはあくまで推測。確定したことではありませぬ」
そして、数秒思案したあと、こう言った。
「すみませんが、エリス殿。聖剣の精霊と探索師殿の行方を、あなた一人で追っていただけませんか?」
「えっ!?」
「私は薔薇の鷹とともに殿下の元に参ります」
と老執事は侯爵家のある王都のほうを振り仰いだ。
「そんな、どうして?」
わざわざ二手に分れる必要が、あいつらにくっついていく必要がどこにあるのか?と不審がるエリスに、
「自分たちを迎えにきた者たちが二人とも離れたのでは、彼らも怪しむでしょう?」
とサビエは応えた。
「精霊の居場所を突き止めたと、勇者たちに知られてはいけません。彼女は勇者たちから離れるためにこういう方法を選んだはず。その彼らがくっついてきていては、精霊と出会えても話にならないでしょう」
「それはそうだが、あの乱暴者の元に一人で残るなど・・・・・・」
エリスはサビエの身を案じ、不安な気持ちを拭えない。
するとそこに、ルクシアが追いついてきた。
サビエが自分の推理を説明すると、彼女は
「あぁ!やっぱり、あの子はすごい子なんですね!」
と感慨深げに何度も頷き、
「あのっ、私もレイクス君を探す旅に同行させていただけませんかっ!」
勢い込むように頼んできた。
「えぇ、もちろん!彼を知っている方に行っていただければ、私どもも助かります」
とサビエは承諾した。
「では、精霊様と探索師殿宛てに手紙を書きます。すみませんが、ギルド事務所をお借りできますかな?」
30分後。
サビエはルクシアと一緒に、エリスの所にやってきた。
「こちらがアウローラ様とレイクス殿に宛てた手紙です」
とサビエはエリスに手紙を差し出した。
「内容としましては、ナマクラン侯爵家はレイクス殿を勇者として迎え入れる用意があること、薔薇の鷹との契約は結ばないこと。この2点を約束するものになっています」
エリスはそれを収納すると、思い詰めたような表情で
「サビエ殿、本当にこれで良いのか?」
と切り出した。
「ゴーマンたちが侯爵家の屋敷に着いたら、その日のうちに精霊を披露する式が始まる。だが奴らが精霊を連れてきていないとなれば、侯爵様は恥をかくだけだ」
サビエは笑顔で首を振る。
「ご心配なく。既に早馬を出していますから、2~3日のうちには侯爵様のお耳に届くでしょう。私も勇者たちより先に殿下の元に参りまして、対応について殿下とご相談しますから」
「まぁ、相談といっても、これといった策は思いつきませんがね。せいぜい、アウローラ様が到着するまで式を日延べしていただくようお話するしか・・・・・・」
苦笑する老執事に、女騎士はふぅっとため息をつく。
「そもそも、アウローラ様の説得が可能かどうかも判らないではないか。侯爵様といえど、精霊からすれば一人の人間。そんな人間のプライドのために精霊が動くと思うか?」
サビエはじっとエリスの瞳をみつめる。
「それは判りません。しかし、そうしていただかなければ、侯爵家の名に大きく傷がつくことになります」
するとエリスは一瞬ためらった後、口を開いた。
「・・・・・・サビエ殿、一緒に逃げないか?」
「はい?」
「精霊を侯爵家に連れて行くことができなければ、貴方が責任を取らなければならないのだぞ?」
「エリス殿・・・・・・」
「確かに精霊にそっぽを向かれて周囲から笑われるのは侯爵だ。だが、侯爵はその批判や嘲笑を、独りで甘んじて受けるような殊勝な男ではない。貴方も判っているだろう、あの男の身勝手さを!」
自分の主君を批難する女騎士を、サビエは咎めることもなく静かに見つめている。
勝手に自分の母と交わり、勝手に自分を産ませて見捨てていた父・ナマクラン侯爵に対して、エリスが不満を抱えていることをよく知っているからだ。
「あの男は貴方の不手際を責め、謀反人として貴方を訴えるだろう。そうなれば、良くて幽閉、悪ければ・・・・・・」
言葉を詰まらせるエリスに、サビエは首を振る。
「私の父も祖父も、代々侯爵家に仕えているのです。その恩を仇で返すような真似はできません」
「そんなっ、それではレティはどうなるっ!?あの子まで巻き込んでいいのかっ!?」
レティとはサビエの孫娘のレティシアのことだ。
サビエは、流行病で両親を亡くしたレティを引き取って育てているのだった。
サビエが”罪”に問われることになれば、レティシアも無事では済まないだろう。
「・・・・・・ご心配めされるな。万が一のことを考え、王都に着いたら使いを出して、レティシアを匿わせます」
そう言って、老執事はトンと杖を突いた。
「それに、最初から上手くいかぬ、と決めつけていては何もなし得ませぬぞ」
エリスはしばらく黙っていたが、やがて顔を上げた。
「了解した。では、私も全力を尽くしてアウローラ様を説得しよう!」
「うむ、頼みましたぞ!・・・・・・ルクシア殿も」
とサビエが目配せすると、ルクシアは「はい、お任せください!」と力強く頷いた。
********
騎乗して駆けていく二人を見送りながら、サビエはルクシアとの会話を思い出していた。
ギルド事務所で手紙を書いているとき、ルクシアはサビエのために紅茶を淹れながら、こう言った。
「あの・・・・・・アウローラ様を連れ戻す、なんて出来るのでしょうか?」
老執事は、ペンを走らせる手を止めることなく、
「まぁ、難しいでしょうな。例え、私がエリス殿の代わりに説得に行ったとしても、そう変わりますまい」
と言った。
「っ!」
「この手紙の中では、なるべくアウローラ様のご希望に添うよう力を尽くす、と書きはしますが、まず鵜呑みにはしてもらえんでしょう」
「では、どうしてエリスさんを行かせるんですか?」
すると、サビエは小さく息をついた。
「エリス殿のことは、あの子のことは、小さい頃から見守ってきたのです。出来ることなら災いが及ばぬ場所に居て欲しい、そう思うのです」
そう話す老執事の脳裏には、エリスが侯爵家に来たばかりの頃の記憶がよみがえっていた。
剣のスキルを買われて侯爵家に引き取られたエリス。
だが、すぐにはその才能は開花せず、エリスは毎日泣いてばかりだった。
厳しい稽古に耐えかね、屋敷から逃げ出しかけていた少女を見つけたのはサビエだった。
サビエは咎めることなく、血豆が潰れた小さな手を取って自分の部屋に招いて治療すると、主人に対して「自分が一人前に育てる」と進言したのだった・・・・・・
「そんな!では、最初から逃がすおつもりで・・・・・・!」
驚きに目を見張るルクシアを、サビエは見つめた。
「ルクシア殿。どうかエリス殿を、いえエリスを助けてやってくれませぬか?あの子は少々真っ直ぐすぎるところがある。言葉で精霊を動かせぬとなれば、剣にものいわせようとするでしょう。しかし、それでは命を落とすばかりだ。だから、もし決闘をしようなどと言い出したら、私の名前を出して止めていただきたいのです」
ルクシアは力強く頷いた。
「判りました!レイクス君のことでお世話になりましたし、私もお二人のために頑張ります!」
「ありがとうございます」
情が深いギルド長で良かった、と思いながらサビエは頭を下げた。
遠ざかっていくエリスの髪が風に靡くのを見つめながら、サビエは再び昔日に思いを馳せていた。
「じじ様、じじ様!」
と幼い彼女が、自分の後にくっついていたのが昨日のことのように思い出される。
そんな感傷に浸る自分を振り切るように首を振ると、
「さて、バカどもの相手を始めるとするか・・・・・・」
老執事はゴーマンたちの所へと踵を返した。
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