第13話 幕間 女騎士エリス、レイクスに思いを馳せる
ゴーマンが酒瓶の蓋を開ける頃、侯爵家からの使い、サビエとエリスはギルド外の馬車だまりに並んで立っていた。
御者たちが出発の準備を進めるのを見守りながら、エリスは口を開いた。
「先ほどは手を煩わせて済まなかったな。サビエ殿。ゴーマンの1回目の攻撃は防げたが、2回目は少々油断していた・・・・・・」
そう言ってサビエに頭を下げると、
「いえいえ、何をおっしゃいますか!姫様をお守りするのも私のお役目。お気になさいますな」
老執事は強く首を振った。
「全く、姫様と呼ぶのはやめろと言っているだろう」
とエリスは口を尖らせる。
「失礼いたしました。エリス様がご幼少のときからそうお呼びしているもので、いやぁ、なかなか癖が抜けませんなぁ」
サビエがあっけらかんと笑うと、エリスも苦笑してそれ以上何も言わなかった。
エリスがナマクラン侯爵の実の娘であることは確かだが、そのことは公にはされていない。
エリスの母は貴族ではなかったためだ。
侯爵が旅先で気まぐれに関係を持ち、その結果生まれたのがエリスだった。
生まれて間もなく、エリスの母は侯爵家に娘を認知させようとしたが、外聞の悪さを気にした侯爵は認めなかった。
ただ、エリスには剣術スキルの才能があることが判っていたため、それを買われて屋敷には置いてもらえることになった。
それから16年。侯爵から娘扱いされたことは一度もない。
――別にそれでいい。私とて今さらお父様とお呼びするつもりもない。第一、侯爵令嬢といえば聞こえは良いが、ようは政略結婚の道具として使われるだけなのだから。
それよりも剣にひたすら打ち込んでいられる今の環境の方が居心地が良い、とエリスは思っている。
「・・・・・・それにしても、本当に聖剣の精霊は奴らの元に戻ってくるのだろうか?」
女騎士が空を見上げると、老執事は
「さぁ、確かなことは何も判りませんのでな」
とだけ言った。
「どうにも解せないのだ。彼女が探索師の解雇を容認したという話が。あれほど勇者パーティについて把握している者を、あれほど客観的に戦いを見つめて分析できる者をどうして見捨てたりするんだ?探索師レイクスは間違いなくパーティに必要な人材だったはずだ!」
と、エリスは拳を握る。
「彼が書いたレポートを最初に読んだとき、私は心が躍るのを感じた。ダンジョンの様子は詳細で緻密に書かれているし、戦いの推移もまるで自分がその場で見ているように錯覚するほどだった!」
女騎士は目を輝かせてレイクスのレポートについて語る。
彼女は冒険者ギルドに出入りして、冒険者たちが綴った報告書を読むのを楽しみの一つにしていた。
護衛や領地の見回りといった仕事が主任務のエリスにとって、彼らの冒険譚は刺激を与えてくれる読み物でもあったのだ。
そんなエリスの熱い語りを、サビエは目を細めて聞いている。
「フフフ、エリス様はレイクス殿に会うのを楽しみにしておられましたからな」
老執事の言葉に、女騎士はハッとして顔を赤らめた。
「えっ?いや、気になるではないか。そのレイクスという探索師はまだ12歳だと聞く。それであれほどの中身のあるものを書けるのだ!だから、一度話してみたいと思ってて・・・・・・」
そう話す横顔は、普段の凜々しい騎士とは又違った色を帯びているように見える。
すると後ろから「あのぅ」と遠慮がちな声がした。
エリスたちが驚いて振り向くと、若い女性が一人立っている。
このギルドの長、ルクシアだった。
ルクシアは二人に、深々と頭を下げた。
「すみません、あの、先ほどはゴーマンたちがとんだことをいたしまして、本当に申し訳ございませんでした!」
「あぁ、いやお気になさいますな。血気盛んな冒険者ともなれば、あれくらいの物言いや振る舞いは想定できること」
とサビエは鷹揚に笑う。
「まぁ、さすがに侯爵様の御前であのようなことは控えてもらいたいものですが」
「はい!本当に本当によく言って聞かせますので!!」
ギルド長が何度もペコペコと頭を下げて詫びている様を見て、
――この人も苦労しているのだな・・・・・・
とエリスは同情した。
「それで、先ほどレイクスくんのことについてお話しておられましたよね?私も彼のことについては気になっていまして・・・・・・」
ルクシアはおずおずと語り始める。
「あの子は本当に良い子なんです!ギルドへの報告や連絡は勿論しっかりしてますし、少しでも手が空いているときは私たちの仕事まで手伝ってくれるんです!」
「それと、アウローラ様も彼の後についてギルドにいらっしゃることがあるんです。そのときはいつも優しい目でレイクス君のことを見守っていらして・・・・・・」
「精霊がギルドに出入りしているのか?それは結構な噂になりそうだが」
そんなことをして、あの詮索好きのゴーマンの耳に入ったりしないんだろうか、とエリスはいぶかしむ。
「いえ、アウローラ様はお姿を隠して来られてます。ただ、私は透視・鑑定スキルを持っていますので、こっそり拝見できちゃうんです」
とルクシアは少しはにかみながら、自分の目を指さす。
「なるほど」
「それほど目をかけている探索師を突き放すような真似をするはずがない、ということですな?」
サビエがそうたずねると、ルクシアは頷いた。
「ゴーマンたちの話だけではどうにも納得いかないものですから、一度レイクス本人に話を聞いてみないといけないと思っていまして」
ルクシアは大きくため息をつく。
「そもそも、2年間も働いてきたパーティを追い出されたのです。どれほどショックを受けているかと思うと心配で・・・・・・それで今、密かに彼の住まいまで人を遣っているのですが――」
そう話したとき、道の向こうから
「ギルド長ー!」
と言いながら、一人の男が駆けてきた。
どうやらギルド職員らしき彼は、
「今、レイクスの小屋の辺りまで行ってみたのですが、その・・・・・・彼の小屋は跡形もなくなっていまして」
「えっ!?」
ルクシアは手で口を覆い、顔を青ざめさせる。
「地面にも大きな穴が空いていましたから、恐らく・・・・・・」
肩を落とす職員の言葉にルクシアは気絶し、エリスが慌てて支える。
うぅむ、と険しい顔で唸ったサビエは職員に
「すみませんが、私たちをそこへ案内してくれませんか?」
と言った。
「・・・・・・わ、私も行きます」
「っ、ルクシア殿!」
ギルド長の声は弱々しかったが、その眼には光が戻っている。
長としての責任感が彼女を動かしているのだろうか、とエリスは思った。
現場に来たエリスたちは、「これは・・・・・・!」と絶句した。
どれほどの攻撃ならば、これほどの穴が空くのだろうか。
「このマナの反応は、光属性か・・・・・・」
穴に杖をかざしたサビエの言葉に、エリスはハッとする。
「光属性?ということは、まさか精霊が?」
だが、サビエは眉間に皺を寄せたまま何も言わない。
ルクシアは泣き出しそうな顔のまま立ち尽くしている。
すると、職員が大声でエリスたちを呼んだ。
「こっち、こっちに来てくださいっ!」
そちらに駆け寄ってみると、シーツが張られているのが見えた。
「これは、テント?」
エリスが呟くと、その傍で「あぁっ!!」とルクシアが叫んだ。
「ど、どうした?」
ギルド長は木に巻き付けられたロープを見ながら口元を手で覆っている。
「この、結び目、レイクス君がよく使っていた結び、方なんです・・・・・・」
そう言って地面に突っ伏して号泣し始める。
ボロボロになったシーツを結び合わせてテントは作られている。
つまりこれができたのは小屋が吹き飛ばされた後、ということだ!
「よがった、レイ、クス・・・・・・が生きでて・・・・・・!」
「あぁ、本当に良かった・・・・・・!」
子どものように泣きじゃくるルクシアの背中を撫でながら、エリスもまた涙がこみ上げてきていた。
まだ会ったことのない、顔も知らない少年の存在が、既にエリスの心の中を大きく占めていることに気づき驚いていた。
「これは、焚き火の跡か?それにしては燃えかすが少ないが・・・・・・」
痕跡を探しながら歩き回っていたサビエだったが、「なんだ、これは?」と目を見張った。
彼の目の前には固い岩盤に刻まれた二つの穴があった。
まるで金属の杭でも打ち込んだように鋭く穿たれた穴の形状は、どうみても人の靴だった。
「大きさから見て、大人のものではなさそうだが・・・・・・まさか!?」
「レイクスっ、レイクス君のものですよっ!きっとそうです!!」
希望が見つかった途端すっかりハイ状態になっているらしいギルド長は、あぁ、レイくん~!と足跡をなで始める。
「た、探索師というのはこんなに脚力が強い者なのかっ!すごいな!?」
と天然ボケを発揮するエリスに、
「エリス殿、さすがにそれは・・・・・・」
サビエはツッコミを入れる。
「常人にこのようなことは出来ませんよ。恐らく何らかの方法で靴を、もしくは身体を強化して跳躍した、ということでしょうな」
「何らかのって?」
エリスの問いに、サビエはあごひげを撫でながらしばらく思案していたが、
「っ!?」
まるでバネに弾かれたように跳び上がると「そんなっ!だがっ・・・・・・」と呟き、小屋跡のクレーターへと駆け出した。
「サビエ殿!?」
とエリスが呼びかけるが止まらない。
仕方なく追いかけると、老執事は杖で穴の縁を切り崩すと、土を手に取って凝視していた。
「何か判ったのか?」
エリスもしゃがみ込んで聞くと、サビエはゆっくりと振り仰いだ。
「エリス殿、いえ、エリス様。・・・・・・これはあくまでワシの推測ですが」
と断りながら、彼は静かにこう言った。
「聖剣の精霊・アウローラ様は、探索師の少年に味方したのかもしれません!」
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