第12話 勇者、不吉な幻を見る

「エリス殿、おやめなさい」

 と老執事サビエがたしなめると、エリスは涼しい顔でスッと剣をひいた。



 剣を握ったままゴーマンは荒く息をついていたが、盾戦士ワルヨイが

「リーダー」

 と声を掛けると、女騎士を睨みながら座り直した。



――クッソがぁぁああっっ!

 格下のはずの相手に技を止められたことは、ゴーマンにとてつもない屈辱を感じさせていた。



――あのクソガキがぁ、余計なこと書いて俺に恥をかかせやがってぇええっっっ!!

 怒りと恨みの矛先は筋違いにもレイクスへと向かい、どす黒い情念が勇者の腹底に溜まっていく。



 フーッ、フーッと息をついたまま言葉を発せないゴーマンに代って、ワルヨイは大きく咳払いすると、

「まぁ、何はともあれ、アウローラ様は最終的にレイクスの追放を認められたのです」

と言った。



 エリスが驚いた顔をすると、ゴーマンはフッと笑みを取り戻した。

「クッ、フハハハハ・・・・・・!その通りだぜ、アウローラは、はっきりと奴を拒絶したんだ!」



ーーそうだ、アウローラがどれだけあのクソガキのことを買っていたにせよ、最後にゃあのガキを追い出して、この俺を選んだんだ、それは間違いないじゃねぇか!

 再びゴーマンは自尊心を取り戻す。

 エリスに負けたという事実を、優越意識が都合良く拭い去っていく。



 老執事のほうは、再び首をかしげる。

「ふむ、それもよく分かりませんな。評価しているはずの探索師の追放を、追認しているというのが」



「へっ、その評価してるってのもアンタらの推測だろうがっ!だいたい、アウローラがクソガキとつながってたって証拠もない。アウローラが誰かと話をすれば、俺にも聞こえるようになってるしな」

 そう言いながら、ゴーマンは聖剣の柄を撫でる。



「本当はアウローラの行動全部トレースできりゃぁいいんだがな。そこまではできねぇのが残念だ」



 女のプライベート全てをのぞき見しようとするかのような勇者の考えに、エリスは嫌悪を露わにしながら横を向く。



「レイクスの奴は、俺が与えてやっていた聖剣の加護を無駄に使っていた。その加護も元はアウローラのものだ。アウローラからすれば加護を有効に使えない者を嫌うのは当然じゃねぇか?」



 そう言ってゴーマンはソファにふんぞり返る。

「記録だレポートだの、紙切れに書いてあることを部外者のアンタらがいくらこねくり回そうと、実際の結果を見りゃ明らかだ!アウローラの奴も俺が正しいと認めてんだよっ!」



「そのアウローラ様とお話ができれば、はっきりしたことが分かるのですがね。今、この場所にはおられないとのことですが?」



 アウローラが離脱したことも、ギルド長を通じて伝わっているようだったが、ゴーマンは平然としている。

「確かにいないが、問題ない。王都に着く頃には俺の元に戻っている、そう約束しているからな」



「うぅむ、侯爵様との面会を控えたこのタイミングで離脱とは、あまり感心しませんがね」

とサビエはため息をつく。



 すると、ギルド長・ルシテアは慌てて手を振る。

「あ、あの、別に侯爵様を軽んじているわけではないと思いますよ?そう、ですよね?」


 

 その問いにワルヨイが頷く。

「えぇ。アウローラ様は天界にドレスを取りに行かれました。一番良い姿で侯爵様にお目にかかりたいとのお考えなのです」



――ま、本当は俺のために、なんだけどな!

 そう考えながら、ゴーマンは笑みを漏らす。



――それにしても、どんなドレスなんだろうなぁ・・・・・・いや、そもそも1着とは限らねぇぞ!?まさか俺との結婚の婚前披露のために、花嫁衣装を持ってくるって可能性も・・・・・・!

 知らぬうちにニヤニヤと笑い出す勇者から、エリスは完全に目を背けている。



「それなら良いのですが・・・・・・もしお戻りにならなかったらと心配しているのです」

 とサビエはあごひげを撫でる。


 

 ゴーマンはそれを笑い飛ばす。

「馬鹿言うな!戻ってくるに決まってるだろうが!奴はこの俺に心底惚れているんだからなぁ!!」

 勇者の浮かれた声に、エリスは堪えきれないようにプッと吹き出した。



 するとゴーマンは額に青筋を立て、次の瞬間、



 キィンと剣が閃き、ゴーマンの白刃がエリスの眼前へと迫る。

「!」

 エリスが反応して剣を抜こうとするが、その前になぜか、ゴーマンの剣は逸れて、剣風は部屋の壁を砕いた。

 

「っ!?」

 見ると、老執事が突き出した杖の先に、小さな竜巻が渦巻いていた。



風圧が僅かに剣の軌道を反らしたのであった。



――なっ、このジジイ、魔術師かっ!

 驚くゴーマンを見据えながら、老執事は低い声で

「そこまでになされよ」

 と言った。



 呆然とする勇者一行を、サビエはじろっと睨む。

「一度ならず、二度までも不意打ちをなされるか?およそ勇者様のなさることとは思えませぬな」



「う、うっせぇな!いちいち侮辱してきたのはそっちだろうが!」

 とゴーマンは気を取り直し、あくまで剣を退かない態度だ。



「そうですな。お気に障ったことはお詫びいたしましょう。そして、聖剣の精霊があなた様の元に戻られる、という言葉も信じることといたしましょう」

 驚いた表情のエリスを尻目に、サビエは「ただし!」と言葉を続ける。



「もし、あなた方が王都に着き、侯爵様との面会までにアウローラ様がお戻りにならないなら、ただではすみませぬぞ!侯爵様は、あなた方が精霊の祝福を受けたまごうことなき勇者とお思いになって、召し抱えられるのです。もし、その期待を裏切るならば、あなた方は侯爵様を欺き貶めようとした謀反人、大罪人となるのです!」



「む、謀反人?」

 イビータがうろたえた声を出す。

 ワルヨイとタカビィも唇を噛みしめている。



 ただ一人、ゴーマンだけはフンと鼻を鳴らした。

「上等じゃねぇか!じゃあもしアウローラがちゃんと戻ったら、勝手に疑ったアンタらは何かしてくれんのか?」



 それに対して、サビエは静かに頷く。

「そのときは、改めて侯爵様の御前で、貴殿に心からお詫びいたします」



 だが、ゴーマンは不服そうに唇を歪めた。

「ハッ、それで終わりか?精霊との契約は天との契約だぜ!?それを疑うってのはどれだけ重いことかわかってんのかぁ?」



「では、貴方様の言葉が正しかったときは、私が責任を取って執事の職を侯爵様にお返しすることといたします」



「サビエ殿っ!何もそこまで!」

 エリスが思わず口を挟むが、老執事は首を横に振る。

「構いません。仮にも侯爵様の御名を背負って私はここにいるのです。その御名を汚すようなことがあれば、責任を取るのは当然のこと」



「分かった、では私もそのときは、騎士を辞めます」

「エリス殿・・・・・・」

 強い意志を瞳に宿して、女騎士はサビエに頷いた。



「・・・・・・フッ、いいぜ!王都についてからが楽しみだ!」

 そう言ってゴーマンは剣を退いた。



「はい。では、我々は出立の準備をいたします。終わりましたら、お声がけいたします」

 そう言って、老執事は女騎士をつれて部屋を出て行った。



――ケケッ、騎士を辞めるだと?その程度で終わらせるかよっクソアマめっ!てめぇには決闘を申し込んでやる!さっきは寝起きで力が出せなかったし、ジジイの横槍もあったが、今度はそうはいかねぇぞ!?

 

 

 ゴーマンは決闘に敗れたエリスを裸にひき剥いて土下座させる様を想像して、邪悪な笑みを浮かべた。



「ね、ねぇ!大丈夫なのっ?も、もし本当に謀反人になんてされたら、あたしたち・・・・・・っ!」

 イビータは真っ青な顔で震えている。

 領主に対する反逆は重罪だ。最悪の場合、磔になって処刑されてしまう。



「い、いやよっ、あたしまだっまだ、死にたくないっ!!」

 パニックになりかける治癒術士に、ワルヨイは必死に話しかける。

「落ち着けイビータっ!処刑なんてされやしない!そんなことは俺が許さない!」



「そ、そうよぉ!向こうだってそんなホイホイ殺せやしないわよぉ!」

 とタカビィもフォローする。

「もうアタシたちが侯爵家の家来になるってことは世間に知れ渡ってるんだからさ。それを切り捨てたらアッチだって『侯爵様は人を見る目がない』って陰口たたかれるのは目に見えてるんだし――」



「馬鹿言ってんじゃねぇよっ!」

 とゴーマンは会話に割って入った。

「てめぇら、なんでアウローラが戻らねぇ前提で話してんだよ?俺が嘘つきだって言いてぇのか、あぁっ!?」



「いや、そういう意味じゃ・・・・・・」

「そ、そうだ。疑ったつもりはないんだ」

 魔術師と盾戦士は釈明したが、その瞳には動揺が浮かんでいた。



 アウローラが聖剣から離れる様子を見たときは、その場にいる全員が驚いていた。それで大丈夫なのか、と誰もが不安に思っていた。


 

 リーダーがいかにも自信に満ちあふれているために、彼らも一応、アウローラの離脱について納得していたつもりだったが、侯爵家サイドから「謀反」「重罪」という言葉を突きつけられ、仮初めの安心感にヒビを入れられてしまっていた。



 不甲斐ないパーティの様子に、ゴーマンはチッと舌打ちすると、頭を抱えているイビータの前にかがみ込み、

「イビータ」

 と声をかけた。



 治癒術士が顔を上げると、ゴーマンはその頬に両手を当ててじっと相手を見つめた。

「イビータ、大丈夫だ。アウローラは必ず戻る」

「り、リーダー・・・・・・」

 冷たい汗を流し、過呼吸になっていたイビータだが、ゴーマンに見つめられているうち、徐々にその呼吸は落ち着き始める。



「大丈夫だ、俺たちは勇者だ。アウローラに認められた真の勇者だ。侯爵だろうが王だろうが、俺たちを認めない奴なんていないんだ!」



「じゃあ、殺されたりしないのね、アタシたち」

 すがるようなイビータの声に、ゴーマンはフッとキザな笑みを浮かべる。

「当たり前だろう!今まで俺が嘘を言ったことがあるか?」

 そう艶を混ぜた声で囁くと、イビータはホッと息をつき、ほんのりと頬を染めて首を振った。

「うぅん、ないよ」


 

 タカビィはゴーマンを、ワルヨイはイビータを、それぞれ複雑な気持ちで見ていたが、何も言わなかった。



――フン、俺に靡かねぇオンナなんざ、いねぇんだ!そう、あのアウローラさえも俺  は手中に収めているんだからなぁ!

 とゴーマンは胸の内でほくそ笑んだ。



 「あ、あの、お茶でも淹れますね」

 と言って、部屋を出て行くルシテアを横目に見ながら、再びソファに腰を下ろしたとき、



「っ!?」

 ゴーマンの脳内に突然、ボロボロになった聖剣のビジョンが現れた。



 白銀に輝いていたはずの刀身には一面に錆が浮き、傷一つないはずのエッジは刃こぼれだらけになっている。


 

 慌てて抜くと、世界最強の剣は、いつもと変わらぬ美しい輝きを宿してゴーマンの顔を映していた。



「・・・・・・!」

――なんだったんだよ、今のはっ!?

 悪夢でも見ていたかのような気持ちで、じっと刃を見つめる。



「リーダー?」

 ワルヨイが怪訝そうに声を掛けると、ゴーマンは

「・・・・・・なんでもねぇよ」

 と剣を収めた。



――クソが・・・・・・バカどもが妙なことを言うから、俺まで変なもの見ちまったじゃねぇかっ!

 


 ゴーマンはフーッと息を吐くと、扉を開けて階下のルシテアに怒鳴った。

「おい、ギルド長っ!酒だっ、酒を持ってこいっ!」


 

 


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