第11話 勇者、女騎士にバカにされる

一方その頃、勇者たちがいる冒険者ギルドには侯爵家からの迎えが来ていた。



「うぅ、ねみぃ・・・・・・」

 勇者ゴーマンは大あくびをしながら、ギルド事務所内にある応接室へと向かっていた。



「なぁ、マスター。侯爵様の使いが俺たちに聞きたいことってのは何なんだよ?」



 そうたずねると、ゴーマンたちを先導するギルド長は、「さぁ・・・・・・?」と困惑したように首を振った。


「私も詳しい内容はお聞きしていないんです。ただ、『出発前に確認したいことがある』とのことでして・・・・・・」

 とギルド長・ルシテアは言った。



 ルシテアは先代ギルド長の妻で、先代が2年前に急病で亡くなった後を継いで、ギルドを切り盛りしているが、元々受付嬢をしていたせいか、今でも冒険者たちには敬語で接している。



「まさかっ、今さら内定取り消しだなんて言われないわよね?」

 治癒術士のイビータが不安そうな声を上げると、盾戦士のワルヨイは首を振った。


「それはないだろう。『出発前に確認』と言っているのだから、我々が侯爵家に行くことは確定している」



「ビビってんじゃないわよ、イビータ。ここでナメられたら最後、侯爵家に行っても下に見られることになるんだからね!」

 と魔術師のタカビィは胸を張る。



「フン、そういうことだ。こっちが質問攻めにするくらいのつもりでいねぇとな」

 ゴーマンが鼻を鳴らしたとき、一同は応接室へと着いた。


 ルシテアが扉をノックする。

「失礼します」

「どうぞ」


 ルシテアが扉を開くと、ゴーマンたちは中へ入った。

 ソファに座っていたのは、痩せ型の老人と軽鎧に身を包んだ女騎士だった。


――へぇ!なかなかマブい女じゃねぇか!

 ゴーマンは女騎士を見ながら心の中で舌なめずりをした。


 長い髪をポニーテールに結った騎士の年頃はゴーマンと同じくらいに見えた。

 長いまつげに縁取られた緑の瞳は、凜とした光を湛えて、じっとゴーマンたちを見つめている。


 二人は立ち上がると、ゴーマンたちに挨拶した。


「お時間をいただき申し訳ない。私はナマクラン侯爵家に執事としてお仕えするサビエと申します。こちらは護衛のエリス」

 老人がそう言うと、女騎士のほうは静かに礼をした。



 ゴーマンたちも一通り自己紹介すると、

「それで、聞きたいことってなんスか?」

 といいながら、ソファに腰を下ろした。



「ギルド長からお聞きしたのですが、探索師を解雇された、ということですね。それはなぜでしょうか?

 座り直しながらサビエはそうたずねた。



――フン、こいつらもギルド長と同じ事を言いやがるのか!?

 ゴーマンはため息をついた。



 今朝ギルド長に、レイクスをクビにしたと告げたときも、彼女は一瞬何を言われたのか分からないという表情の後「ほ、本当ですか!?」と素っ頓狂な声を上げていた。

「ど、どうしてそんなことを!?」



「そんなの、役立たずだからに決まってるだろ」

 何を驚くのか、とゴーマンは思ったが、ルシテアは「えぇ?」と困惑した顔のまま、

「役立たずって・・・・・・」

 と呟いた。



 イラッとしたゴーマンが「何か不満が?」とにらみつけると、

「あっ、いえ、なんでも・・・・・・」

 ルシテアは視線を逸らして黙った。



 どちらかといえば中小規模のギルドにおいて、ゴーマンたち勇者一行は絶対的なエースであり、機嫌を損ねて出て行かれてはたまらない、と考えるルシテアは、強い態度を取ることができないのだった。



 先代であれば、自身の高い実力と威厳に基づいて、若い勇者たちを押さえつけることもできただろう。

 しかし、ゴーマンたちと5つほども年の違わないルシテアには荷が重かった。



 そのときは、ルシテアの対応に満足したゴーマンだったが、また同じ説明をするのは面倒と感じていた。



 だが、答えないわけにもいかない。

「あいつは俺たちに必要ないからクビにした、それだけです」



 そう答えると、女騎士エリスが眉をピクッと動かした。

 サビエのほうは、ふむ、と首をかしげながら

「必要ない、とは妙ですね」

 と言った。


「彼がギルドに提出していたレポートを拝見しましたが、いやぁ実によく纏められていましたよ!?例えばダンジョン内に出現するトラップについて、それぞれの解除方法を羅列するだけでなく、体系化されていました。モンスターの発生傾向についての分析も興味深かったですし、あれだけの調査能力に優れた人材を手放すとは、ちょっと信じられないのですよ」

 と老人は微笑みながら、レイクスのことを賞賛した。



「レポートぉ?」

 ゴーマンが片眉を上げると、隣に座っていたワルヨイが


「あぁ!そういえばリーダー、いつだったかレイクスがお前の所に来たことがあっただろう?レポートについて読んで欲しい、間違ったところがあれば訂正して欲しいって」

 と言った。



 ワルヨイの言葉で、ゴーマンの頭にもフッと記憶がよみがえった。

「そういや、そんなこと言ってたな。んで、俺に署名してほしいなんてめんどくせぇことほざきやがったから、うるせぇ、テメェでハンコでも作って押しとけ!って追い返したんだった」



 すると、斜め向かいの女騎士はフーッと大きくため息をついた。



――なんだァ?こいつらまであのクソガキを庇うつもりか?どういうことだ!?

 ゴーマンは強い苛立ちを感じた。



――ルシテアがレイクスに肩入れするのは、まぁ、どうでもいい。俺様の広い心で許してやらんでもねぇよ。



 ギルドとの連絡はほぼ全てレイクスの仕事だったから、勇者パーティの中でルシテアと一番接点があったのはレイクスだ。



 そのせいで、ギルド長はレイクスびいきなんだろう、とゴーマンは考えていた。



――だが、会ったこともねぇこいつらがなぜレイクスを持ち上げるんだ?クソッ、気に入らねぇ!



 嫉妬心から奥歯を噛みしめるゴーマンの心中を知ってか知らずか、老執事は変わらない口調で続ける。



「なるほど、彼のレポートをお読みになったことがないのですね?それなら彼があなた方の戦闘行動記録をつけていたこともご存じないということですか」

「戦闘行動記録?」



「そうです。皆さんが戦闘時にどんな陣形で戦ったか、どんなスキルや魔術を使ったか、技の命中率はどうだったか。

それ以外にも、いつ・どこで休憩や補給をしたか、どのアイテムをどれくらい消費したかが記載されていたんです」



「えっ、何それ?」

「てゆーか、そんなのコソコソ書いてたの?キモッ!」



 タカビィとイビータがクスクスと笑うと、女騎士はたまりかねたように口を開いた。



「キモっではないっ!そうした振り返りなしに良い攻略ができるわけがなかろう?戦いの基本だぞっ!」



「は?」

「いきなり割り込んでこないでよ、ウザッ!」

 タカビィとイビータは露骨に嫌悪感を示す



「まぁまぁ落ち着いて。皆さんもウチの人が話しているのを聞いたことあるでしょう?戦いで一番大事なのは準備と反省だって」



 ギルド長が先代の言葉を出すと、ワルヨイは微かに頷いた。

「ふむ。確かにそう言っておられたな」



 ゴーマンはケっと嘲り笑う。

「そんなのが必要なのは弱ぇ奴だけだっての!俺たちくらい強くなりゃ、相手がどうだろうとぶっ潰せる!


 聖剣に選ばれ、精霊に祝福されている俺たちは真の強者なんだからなぁ!」



 ガッハッハっと笑うゴーマンを、老執事は冷ややかな目で見つめる。



「戦うものだけで戦いができるわけではありません。それをまとめ導く者がいなくては」



「だからなんだよ?それをやってたのはアウローラだ!クソガキがでしゃばる余地なんざーー」



「では、その精霊アウローラ様が探索師レイクスのレポートを元に戦闘の指示を出しておられた可能性があることはご存じですかな?」



「・・・・・・は?」

「やっぱりご存じなかったんですね。探索師レイクスがいくら言ってもあなた方が耳を傾けなかったことを、アウローラ様はそのまま伝えたにすぎません。



「記録を読んでいると、半年前までのあなた方はとにかく無駄が多すぎました。回復アイテムを使い切らないうちに次の封を開けるし、休憩の仕方も場当たり的だし。レポートの中でも探索師殿は嘆いていましたよ」



「その状況を変えたのは聖剣の精霊・アウローラ様でした。アウローラ様は休憩や補給についてあなた方に的確に指示して、体力魔力管理を徹底されたんです」



「ふぅん、まぁ前より疲れにくくなっているわね」

「確かに、私が治癒術を使う回数も大分減ったし」

タカビィとイビータは頷きあう。



「レイクスのレポートでの指摘事項が、次の攻略時には改善されている。レポートを読み進めればそうした事例が多く出てきます」



「おいっ、ちょっと待てよ!いつアウローラがクソガキのオナ日記なんざ読んでたってんだよ?」



「いや、アウローラ様が何か読んでおられるのは何度か見ているぞ?リーダー、お前も近くにいたはずだ」

とワルヨイ。



「な、何?・・・・・・そういえば、確かにあいつが何か紙の束を見ていた気も」


「あー、そうそう!んで、リーダーが『何読んでるんだ?』って聞いてさ、アウローラ様が『お前も読んでみるか?』って言ったら、めんどくせぇってリーダーが手を振ったんだよね」

 タカビィが口を挟む。



 女騎士はハァーっと大きくため息をつき、首を振った。

「全く、貴様はバカなのか?そうやって何も知ろうとしないで、よくパーティのリーダーなど務まるものだ」



「ンだとぉ!???」

 ゴーマンはついにブチ切れた。

――このクソアマっ、好き勝手言いやがってぇ!!



 ゴーマンは聖剣を抜き放つと、瞬速でエリスに斬りかかった。



 ギィィン!!

「なっ!」


 ゴーマンは驚きに目を見開いた。

 女騎士はゴーマンの斬りを弾くと、彼の喉元に細剣を突きつけていたからである。



 攻撃判定があった場合、相手のステータスも見られるようになっている。



ゴーマンが確かめると、現在、エリスのレベルは64と表示されている。



――どういうことだっ、レベル80の俺がなぜコイツに!?

 


すると、エリスはフッと息をついた。

「やはり貴様はバカだ。いつでもステータスどおりの実力が発揮できるわけないだろう。

慢性的な寝不足で、今の貴様の能力は落ちているのだ。レイクスの、いやレイクス殿のレポートにもアドバイスとして書いてあったぞ?『ゴーマンさんは起き抜けですと技の威力が4割落ちるので気をつけてください』とな。それを読みもしなかった貴様の負けだ!」



「ぬ、ぉのれぇぇぇ!!」

ゴーマンは歯ぎしりした。

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