第19話 勇者、囚われと仲間割れ

「おい、くそっ、離しやがれえぇぇっ!!」

 薄暗い地下に、ゴーマンの声が響く。



 彼は今、大柄の兵士に担がれて地下牢へと連行されていた。

「てめぇ、俺様は勇者だぞっ!この国を、この大陸を救う英雄相手にこんな真似をして、てめぇらタダじゃ置かね、ぐっ・・・・・・!」

 兵士が無言でゴーマンを牢の中にたたき込んだことで、いったん悪口は止んだ。




 扉に重い錠が掛けられて、ゴーマン、ワルヨイ、そしてタカビィは冷たい石の部屋に取り残されることになった。




「くそっ、あいつら・・・・・・!」

 鉄格子に取り付いたゴーマンだが、空しく鉄の棒を鳴らすことしかできなかった。



***



 数分前。

 リーゼスと名乗った魔術師を前に、勇者一行は凍り付いていた。

 信じられないほど最悪の事態を目の前にして、完全に思考が停止しているのだった。



 魔術師は自室にでも入るような気安さで部屋に入ると、床に転がる聖剣を見て

「おやおや、もったいないことをしますねぇ、まだ使えるのに」

 と言った。



「っ、あのっ、これは!」

 ハッと我に返り、慌てて弁解しようとするワルヨイを、リーゼスはサッと手で制した。



「取り繕う必要はありませんよ、先ほどから全て聞いていましたからね」

 相手が全て言い終わらぬうちに、ゴーマンは魔術師に殴りかかった。



「待てっ、リーダー!」

 ワルヨイは制止しようとするが、勇者は止まらなかった。



――全部聞かれてたってんなら、消さねぇと!

 だがゴーマンの拳は空を切り、いつの間にか、リーゼスは聖剣のそばに立っていた。



「「「「!?」」」」

勇者パーティが驚く中、



「フフフ、活きが良いですねぇ」

 と魔術師は怒った様子もなく笑うと、聖剣を拾い上げてこう言った。

「聖剣の精霊・アウローラは既にあなたたちを見限っています」



「え?」

「見れば判るでしょう?完全に精霊の加護が切れています」

 と言いながら、ぐしゃぐしゃになった刀身を光にかざしている。



「この錆びて朽ちてしまった状態が、本来の”聖剣”の姿なのです。考えても見てください、魔王軍との戦いの中で何十万回も打ち合わされ何万もの血潮を浴びた剣が、その後何百年もの間野ざらしになっていた剣が、美しい輝きや強さを保っているはずがない。そんなことがあるなら、まさに”奇跡”です」



 リーゼスは近くに転がっていた鞘を取り上げ、半ばで折れている剣をしまった。

「ですから、その奇跡を起こしていた精霊がいなくなれば、こうして元の姿に戻るのは当然のことでしょう」



「いなくなるだとっ!?そんなわけあるか!アイツは俺の元に戻ってくると約束したんだ!」

 ゴーマンは声を荒げる。



「役立たずの探索師をクビにしたときも、アイツは俺に賛同していた!俺から離れる理由がどこにあるってんだよっ!!」



「さぁ、理由など知りませんよ。けれど未だ、この場に現れていない。それだけが真実です」

 と魔術師は冷ややかに応じた。



「ぐっ・・・・・・!」

 ゴーマンが反論できないでいると、武器を手にした兵士たちがゾロゾロと部屋に入ってきた。



「さぁ、この不埒者どもを捕らえなさい」

 リーゼスが命じると、兵士たちは素早くゴーマンたちを取り囲んだ。



「くっ!」

「ちょ、どうすんのよ、リーダー!」

 ワルヨイとタカビィは慌てて武器を構える。



「え?え?」

 イビータは状況が飲み込めないのか、もしくは飲み込みたくないのか、棒立ちで辺りを見回すだけだ。



「・・・・・・フン」

 ゴーマンは短剣を抜くと腰だめで構えた。

――例え聖剣がなくても、こんな雑魚どもに遅れを取るような俺じゃねぇぞ!



 だが、スキルを使って駆け出そうとしたとき、

 目の前には、魔術師リーゼスの姿があった。



「!?」

 驚く間もなく、ゴーマンはみぞおちに鋭い痛みを感じた。



「がっ!?」

 気がつくと、リーゼスの杖の先が身体に突き刺さっていた。



――なんだとっ、この俺様が魔術師ごときに白兵戦で負ける!?

 思わず膝をついたゴーマンを、フードの下からリーゼスがあざ笑っていた・・・・・・。



*** 



「畜生っ、スキルが使えねぇじゃねぇか!どうなってやがる!」

 とゴーマンは毒づいた。

 


 さっきから何度か『膂力強化』のスキルを発動させて、鉄格子を曲げようとしているのだが、全くスキルは発動しないのだった。



「・・・・・・結界のせいよ。この屋敷全体にスキルや魔術を無効化する結界が張られているの。私も試したけど、初級魔術すら使えないもの」」

 とタカビィが呟く。



「あのサビエとかいうジイさんにしてやられたわね。

 恐らく、あのとき既にアイツはこうなることを予想していた。

 けれど、まだ聖剣の加護が切れていないアタシたちを拘束することはできない、と考えた。

 だから精霊に逃げられたと知っていながら、アタシたちの攻撃力を無効化できるこの屋敷まで連れてきた、ってことだろうね」



 すると、ワルヨイが立ち上がってゴーマンにつかみかかった。

「おい、お前っ、酒場で精霊が離れたときに『大丈夫だ』って言ってたよなぁ!?」

 盾戦士は目を血走らせながら、勇者の胸ぐらを揺さぶる。



「俺が心配しても、ヘラヘラした顔で『帰ってくるときには俺の花嫁になってる』とか抜かしやがって!何が花嫁だよっ、まるっきり違うじゃねぇかよぉぉ!!」



 ゴーマンもまた、目を大きく見開き、ギリギリと歯を食いしばりながらにらみ返す。

「ぐっ・・・・・・うっせぇな!お前らだってあのとき聞いただろうがっ、アウローラの言葉をっ!」



 そう叫びながら、ゴーマンはアウローラの顔を、声を思い出す。

――あのとき、アイツは確かに俺のためにドレスを取ってくると、そう約束していたはずだっ!


 

 ケッとワルヨイは唾を吐き捨てる。

「それがお前を騙すための芝居だったって言ってんだよっ、まだわかんねぇのか!」



「ん、んなわけあるかっ、この俺様が女に騙されるなんて!」

 今まで異性を泣かせたことはあっても泣かされた経験のない勇者には、今の状況は未知の経験だった。



 愚劣なリーダーに愛想が尽きたのか、ワルヨイは大きくため息をつくと、相手を突き飛ばした。



「クソがっ!てめぇのせいで、イビータまでっ・・・・・・どんな目に遭わされるかわかんねぇんだぞっ!」

 そう言ってワルヨイは自分の頭を抱える。



 そのイビータは今、この地下牢にいない。

 兵士たちによって拘束されたとき、彼女は

「イヤッ、イヤーーーッ、死にたくないぃぃぃ!!」

 と絶叫したあと、気絶してしまった。



 そのため、ゴーマンたちとは別の場所、おそらくは医務室かどこかに運ばれていったようだった。



「・・・・・・別に死にゃしねぇよ。いくら侯爵様だからって簡単に俺たちを処刑したりはしねぇ。そんなことをすれば、雇い主である自分のメンツも潰れるんだからな」



 自分に言い聞かせるようにゴーマンが呟くと、ワルヨイはドンと拳で床を叩いた。



「それは俺やタカビィが言った台詞じゃねぇか!今さら自分の意見みたいに言ってんじゃねぇよ!そもそも捕まるようなことにはならねぇって言ってたのはテメェだろうがっ!!」


「ホント、よく言うわよねぇ?自分の言葉に責任持てないって、オトコとして最低よね」



「ぐっ、ううううううぅ!」

 仲間の言葉に、ゴーマンはプライドをズタズタにされる。



「イビータはお前を信じていたんだぞ!それなのに・・・・・・どう責任取るつもりなんだよっ!」

 ワルヨイがそう言ってなじると、ゴーマンは歯ぎしりしながら

「だったら、お前が愛の力で助けに行けよぉ、騎士様がよぉ?」

 と呟いた。



「なんだと?」

「てめぇはイビータに惚れてんだろ?この状況を何とかすりゃ振り向いてもらえんじゃねぇのか?」

「貴様っ・・・・・・!」



 再びワルヨイがゴーマンにつかみかかったとき、

「全く、こんな場所でも騒がしいのですねぇ、冒険者というのは」

 とリーゼスの声が聞こえてきた。



 勇者たちが身構えていると、現れた魔術師の後ろには別の人影がいた。

「っ、イビータ!?」

 リーゼスに連れられてやってきたのは、間違いなくイビータだった。



「イビータ、無事だったのか!」

 ワルヨイが心底ほっとした声を出す。



 リーゼスが牢の鍵を開けると、イビータはためらうことなく中に入った。

 そしてゴーマンと向き合うと、にっこりと笑いながら彼に駆け寄る。



 フッとキザな笑みを浮かべて彼女を受け止めたゴーマンだったが、

「っああああああああああああああっっ!!」

 声にならない声を上げて、その場にうずくまった。



 イビータの膝が、彼の股間を撃ち抜いていたのである。

「あーーっ、あーーーーっ!!」

 身悶えするゴーマンを見下ろしながら、イビータは唇を歪めて



「死ね、ゴミクズ」

 と吐き捨てた。

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