第20話 勇者 とんでもない失態・・・・・・
股間を蹴り上げられもだえ苦しむゴーマンを尻目に、イビータはワルヨイに近づいた。
「ありがとう、ワルヨイ。私のこと気に掛けてくれてたんだよね?」
そういって盾戦士の厚い胸板に身体を預ける。
突然のことにワルヨイは驚きを隠せないが、すぐに
「いや、仲間の心配をするのは当然だろう?は、ハハハっ!」
と笑った。
そう言いながら鼻の下を伸ばして、そっとイビータの肩を抱くワルヨイを見て、ゴーマンは歯ぎしりした。
――くそっ、なんでそうなるんだよっ!
視線を感じたイビータは、虫でも見たような嫌悪感を露わにしながら、勇者を見下した。
「まったく、アンタのせいで危うく処刑されそうになったわ」
「ん、危うく?」
イビータの言い方にタカビィが首をかしげると、リーゼスが口を挟んだ。
「えぇ、侯爵様のお計らいで、貴方がたはナマクラン侯爵家の臣下として認められましたので」
「「「!」」」
「本当ですか!?」
「しかし、俺たちの元に精霊はいないんですよ?」
タカビィとワルヨイは疑問を口にする。
「それについては、これをご覧ください」
とリーゼスはローブの下から一振りの剣を取り出した。
それは聖剣・・・・・・であった剣、ヴァイスカイザー。
リーゼスがそれを抜くと、勇者たちは息を呑んだ。
錆びて朽ち果て、ゴーマンによって砕かれていたはずのヴァイスカイザーが、元通りになって白銀の輝きを放っていたからだ。
「ちょっ、どうなって!?」
「幻術魔法ですよ。聖剣らしい姿に見えるよう、私が術をかけたんです」
どうぞ、とリーゼスが差し出した剣を受取るワルヨイ。
「信じられねぇ、触っても本物にしか思えんぞ!」
「あり得ない、幻って言われても全然見破れないなんて!」
二人は刀身を撫でながら、驚いたり呆れたりしている。
特に、魔術師であるタカビィは魔術抵抗力も高く、幻術魔法に惑わされないだけの力を持っているはずだが、それを上回るほどリーゼスの術の完成度が高い、ということを示していた。
「おいっ、俺にも見せろっ!」
痛みでまだ立ち上がれないゴーマンの言葉を無視して、リーゼスは「さらに・・・・・・」と言いながら杖を掲げた。
すると、空中に光球が現れて弾け、中から女性が現れた。
それは、聖剣の精霊・アウローラ。
――こ、これも、幻術だってのか?
それはどこからどうみてもアウローラだった。
「イビータさんにお聞きしながら作ってみたのですが、いかがですか?」
リーゼスの言葉に、イビータは得意げな顔をした。
「自分で言うのもなんですが、今回の式の出席者には、これほどの術を見抜く力をもった方はいません。とりあえず、今日の所はこれで乗り切れるでしょう。ただし――」
と魔術師は勇者たちの顔を見回した。
「お判りかと思いますが、これは文字通りただのまやかし、ごまかしです。本物の精霊を取り戻さない限り、解決にはなりません。式が終われば、貴方がたには精霊を探して連れ戻す任務についていただきます」
「探し出す、か・・・・・・」
とワルヨイは顔をしかめる。
確かにアウローラを見つけないことには始まらないが、当てもなく探せるほど時間の余裕はないだろう。
「あぁ、ご心配なく。目星はついていますので」
とリーゼスが言うと、ゴーマンが、「何ぃ!?」と食いついた。
「アイツがどこにいるって?」
「探索師、レイクスのところです」
「・・・・・・は?」
「貴方がたがクビにした、レイクスという少年のもとに、聖剣の精霊はいるだろう、と言ったんです」
予想外の答えに、3人は数秒間あ然としていたが、
「クッ・・・・・・ハハハ、ギャーッハッハッハ!」
バカ笑いで沈黙を破ったのは、ゴーマンだった。
「バッッカじゃねぇのぉぉ!?んなわけねぇだろうが!アウローラは俺らと一緒になってあのクソガキを追い出したんだぜ?なんでそんな話になんだよ?」
「そうですか?サビエ殿はそれらしき証拠をギルド周辺で見つけた、と言っておられましたが」
「ケッ!!あのオイボレの話なら、なおのこと疑わしいじゃねぇか、バカバカしいにもほどがあるぜ!なぁ!?」
ゴーマンはそう言ってワルヨイたちに同意を求めた。が――
「いや、精霊アウローラの行動は、あのとき言っていたこととまるで反対だ。そう考えると・・・・・・」
「アタシたちの目をごまかすために、あえてレイクス追放に加担してたってことも・・・・・・」
ワルヨイとタカビィが神妙な顔をしてリーゼスに同調するのを見て、
「オイっ、お前ら本気かよ?あの役立たずにアウローラが肩入れしてるなんて信じるつもりかよっ!」
とゴーマンは声を荒げる。
勇者の脳内には、手を取り合って歩くアウローラとレイクスの姿が浮かび、激しく歯ぎしりした。
――そんなわけねぇだろっ、そんなバカなことあっていいわけねぇ!
「何言ってんの?アンタの言葉の方がよっっっっぽど信じられないんだけど?」
イビータが吐き捨てると、
「てンめぇえっ!!」
ゴーマンは怒りをエネルギーにして立ち上がろうとする。
だがイビータが杖を振り下ろすと、バチィ!とゴーマンの全身を電流が駆け抜けた。
「ぐぁあああああっっ!」
再び四つん這いになったゴーマンは、見慣れない魔法陣が地面に現出し、その上にいる自分が痺れて動けないことに気づいた。
――な、なんだこりゃあぁ!?
「フフン、いいでしょ?リーゼス様のお力を分けていただいてぇ、こんなこともできるようになったのよ!?」
イビータはニィっと不敵な笑みを浮かべている。
「力を分ける?」
ワルヨイの疑問に、リーゼスは「はい」と頷く。
「私と契約を結んでいただけますと、私の魔力をシェアすることでステータスを上昇して差し上げることが出来ますので。まぁ、さすがに”精霊の加護”ほどの威力はありませんがね」
それでも、治癒術のほかには補助魔術が少し使える程度であったイビータが、こんな強力な拘束魔術を使えるようになるとは・・・・・・と一同は目を見張った。
すると、
「あのぅ、リーゼス様?私も契約しましたら、魔力を分けてもらえるのかしら?」
タカビィがおずおずと手を挙げた。
「タカビィ!?」
と盾戦士が驚く。
「だって、このお屋敷に張られた結界もさっきの幻術も、今まで見たことないくらいすごいんだもの!リーゼス様のお力を借りた方が絶対良いに決まってるわ!!」
「うぅむ、確かに今は精霊の加護を受けられない以上、”代わり”が欲しい所ではあるな」
そう言ってワルヨイが腕組みしたのを見たゴーマンは、「ハァ!?」といきり立った。
「てめぇらっ、俺様に断りなしに何勝手なことしようとしてんだ!薔薇の鷹のリーダーはこの俺――ぐぁあっ!」
ゴーマンの言葉を遮るように、イビータは魔術の出力を上げ、
「なぁにトンチキぶっこいてんのよっ、役立たずがっ!」
と大声で罵った。
「私たちをこんな目に遭わせておいてリーダーぶろうだなんて、よくもまぁそんなことができるわねっ!!」
「その通りだ。このままお前にパーティを任せていては、イビータも俺も身が持たない。一度大将の座から降りて頭を冷やせ、ゴーマン」
ワルヨイの冷たい眼差しに、「何ぃ!?」と勇者は歯をむき出しにする。
「ねぇ、リーゼス様はどう思われますかぁ?」
タカビィが意見を求めると、リーゼスは「うーん、そうですねぇ」と言いながら細いあごを撫でた。
「この精霊奪還作戦についてはこちらのほうで立案していますので、私の指示通りに動いていただく必要があります。ですから、私の言葉に従っていただけないのであれば、リーダーだろうと誰だろうと、パーティから抜けていただきたいんですよねぇ?」
「なっ!?」
驚きに目を見開くゴーマンの前にリーゼスは、かがみこむ。
「いかがですか?アウローラ様を奪還するまで、私に従うと誓っていただけますか?」
そう言って見下ろしてくる魔術師を、勇者はにらみ付けていたが、やがてフッと笑みを漏らすと、
「ケッ、だぁれが誓うかよ」
と吐き捨てた。
「ロクに顔も明かさねぇような不審者のいいなりになるなんざゴメンだっ!」
「おいっ、ゴーマン!」
啖呵を切る勇者を、ワルヨイはたしなめようとするが、
「ハッ、てめぇらは好きにしろよ!そんなにこの魔術師様のクツを舐めてぇってんなら勝手にしろ!」
とゴーマンは突き放す。
「だが俺も俺で好きにさせてもらうぜ!てめぇの力なんざ借りねぇ!俺自身の力でアウローラは取り返すっ!」
勇者は低い声でそう唸った。
――クソがっ、どこの誰だか知らねぇが、俺のオンナに手ぇ出すとは良い度胸じゃねぇか!
レイクスがアウローラを奪ったなどとは皆目信じていないゴーマンは、まだ見ぬ”敵”に激しい憎悪を滾らせていた。
――俺様は勇者だ!この国で一番実力が高いのはこの俺っ!それをたっぷりと味合わせてやるぜっ!
すると、リーゼスは「ほぉ」と小さく呟いた。
「素晴らしい!鋼メンタルとはこのことですねぇ。さすが、Aランク冒険者パーティを率いてきただけのことはあります」
と言って立ち上がると、冷たく告げた。
「では、ここで死んでいただきましょうか」
「・・・・・・は?」
間抜けな声を出したゴーマンを無視して、リーゼスは
「イビータさん、拘束魔法の強度を上げてください」
と指示を出す。
「ちょっ、待て――ぐああああっっ!!」
バチバチと電撃が強まり、ゴーマンは蛙のように地面に押しつけられた。
目だけで見上げると、リーゼスの持つ杖の石突きが、槍のように鋭く変化したのが見えた。
「お、おい!てめぇまさか――」
「ハッ、まさかも何もねぇだろうが、えぇ?ゴーマンさんよぉ!?」
魔術師は急に荒い口調になって勇者に呼びかけた。
「精霊に逃げられたアンタは本来、侯爵様に恥をかかせた罪で裁かれるべき大罪人!それを助けてやろうってチャンスを蹴ったんだ。じゃあ罪人に戻って処刑されるしかねぇよなぁ?」
「くっ、待て本気か――」
慌てて逃げようとするが、指一本動かすことが出来ない!
「うぉおおおおおおおああああああっ!!」
「執行っ!!」
ズンっ!!!
鋭い切っ先が脳天を貫き――
「あああああああああああ!」
「きゃああああああっ!!」
ゴーマンの叫びとタカビィの悲鳴が交錯し――
「・・・・・・へぁ?」
ゴーマンは間の抜けた声を出した。
目の前には、地面に深々と突き刺さった杖がある。
――生き、てる?
気がつくと、いつの間にか拘束魔法も消え、自由になった腕で自分の頭を慌てて撫でる。
「プッ、ハハハハハハハッ!!」
リーゼスはさも可笑しそうに高らかに笑った。
「幻術ですよ、げ・ん・じゅ・つ!見事に引っかかりましたねぇ!」
「いくら何でも、侯爵様の許可なく罪人を処刑できるわけないじゃないですか!本っ当にバカですねぇ!」
「てめぇっ・・・・・・!」
奥歯をギリっと噛みしめたゴーマンだったが、そのとき違和感に気づいた。
鼻を突く小便の匂いと、自分の股間にまとわりつく湿った感触。
「っ!!!」
股間に大きく染みのできた自分のズボン。
周囲を見ると、女性陣はさっき悲鳴を上げて、さっさとゴーマンの視界から逃げていて、リーゼスとワルヨイも、憐れみのこもった目でゴーマンを眺めていた。
「全く。妙な意地を張らなければ、そんな目には遇わなかったろうに」
とワルヨイは呟いた。
「あぁ……あぁ……っ」
ゴーマンは真っ青な顔で、目の前の現実を拒絶するように首を振ると、
「アあアアアウアアアウオアアア!!!」
喉も割けんばかりの声で叫んだ。
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