第21話 探索師、ゴーレムを手なずける

 カァン!と乾いた音が響いて木剣が宙を舞う。

「フッ!」

 僕が木剣の先を突きつけると、お姉ちゃんは「ま、参りました・・・・・・」と降参した。



 魔族軍を退けて今日で4日。

 あれ以来、城の周りに怪しい動きはないから、ひとまず魔族は完全に退却したみたい。勿論、油断大敵だけどね。



 ここは、お城近くの演武場。

 僕たちはこの場所を借りて稽古をしたり、周囲を見回ったりしながらゆったり過ごしている。




 ふぅ、これでお姉ちゃんに勝つのは5回目か!

 最初はマグレ勝ちだったけど、少しずつコツがつかめてきた気がするぞ!?



 大きく息を吐きながら切っ先を下げると、バッとお姉ちゃんが抱きついてきた。

「すっごーい!レイくん、予想よりずっと速く上手くなってるよっ!」



「あ、ありがとう・・・・・・」

 勝利の感覚には慣れてきたけど、お姉ちゃんの甘い香りにはなかなか慣れずにドキドキするな・・・・・・



「うぅん、このままじゃ私が教えること、すぐに無くなっちゃうなぁ」

 と少し寂しそうな顔をするお姉ちゃん。



 それが切なくて、慌てて僕はフォローする。

「そんな!お姉ちゃんが勝つ方が多いんだし、僕はまだまだだよ。それに1対1で勝つだけじゃきっとダメだから・・・・・・」




「?どういうこと?」

「決闘ならそれでもいいけれど、自分の後ろにいる人を、お姉ちゃんを護れるようにならないと、って」



 そう言うと、お姉ちゃんはバッと身体を離した。

瞳と口を丸く開けて驚いているお姉ちゃんを見て、

 あれっ、さすがに生意気言い過ぎたかな?と思っていると、



「レイくん」

 とお姉ちゃんは真剣な目で見つめてきた。

「は、ハイ!」

 僕も思わず緊張してしまう。



「全身キスしていいですか?」

「え、え~~~~!!」

「いやぁ~、もう本当にそれっくらい愛おしくなっちゃったんだも~ん!!」

 お姉ちゃんは表情を崩しながら、頭や頬にキスの雨を降らせてはぎゅうぎゅうと抱きしめられる!



 あぁ~、レイくぅ~ん!とわしゃわしゃに頭を撫でられる僕。

 弟っていうか、もはや犬か猫になったような気分だけど、まぁ喜んでくれたならよかったかな。



 すると、「あのぅ・・・・・・」と遠慮がちな声が聞こえてきた。

「!?」

 驚いて振り向くと、ドルフェルン伯爵に仕える兵士の人が、こちらに会釈した。



「むっ!こ、これはその、く、組み討ちの練習をしておったのだ!このようにフンっ!」

「ちょ、ちょっと待っておね・・・・・・じゃない、アウローラ様っ!」

 急にヘッドロックを掛けようとしてくるお姉ちゃんに僕も慌てて対応する。



 今のところ、お姉ちゃんは表向きは「クールで気高い精霊」を演じ続けるつもりらしく、僕やファナ以外の目の前では、こうやって冷徹な鬼軍曹スタイルを貫こうとしてるんだけど・・・・・・



「は、はぁ。いえ、お取り込み中申し訳ございません」

 兵士さんも反応に困っている。これ、もうバレてるんじゃないかな?

 僕が言うのもなんだけど、お姉ちゃんは割と抜けているというか隙が多い気がするんだよね・・・・・・。



「実は、お二人に見ていただきたいものがございまして」

 という彼の言葉に、僕たちは顔を見合わせた。

 一体、なんだろう?



 1時間後。

 ファナを連れて砦の地下に潜った僕たちは、巨大な空間にたどり着いた。

 そこにうずくまっていたのは、間違いなく魔導石で作られたゴーレムだった。



「これは・・・・・・!」

「見回りの者が、ここに通じる隠し通路を見つけまして」

 と案内してくれた兵士が言った。



 ゴーレムは一体だけでなく、あと数体ほどが洞窟の奥にいるのが見えた。

「魔族め、いつの間にこんなものを持ち込んでいたんだ?」

 とお姉ちゃんは腕組みして唸る。



「いや、こいつらは元々ここに眠っていたものだよ」

 魔族たちがゴーレムの周りに作ったらしい足場を上りながら、ぼくは言った。



 ゴーレムの表面は磨かれてるから新しい物のように思えるけど、関節部には所々苔や泥がこびりついている。



 きっと、魔族はこれを起動させようと、掃除をしたり調べたりしてたんだろう。

 もしかして、この砦が築かれたのも国境を侵すためってより、コイツらを調べるためだったんだろうか?



 そう考えていると、ボウっとゴーレムの表面が光った。

「っ!」

 急いで足場から飛び降りると、ゴーレムはギシギシと耳障りな音を立てながら、身体を囲んでいる足場を壊し始めた。

 もしかして、精霊の加護の力に反応したの?



「う、うわぁっ!」

 周囲にいた兵士たちが逃げる中、

「レイクスっ!」

 とお姉ちゃんが鋭く叫ぶ。

「うんっ!」

 と応えて背中の剣を抜くと、ゴーレムは太い腕をこちらに振り下ろしてきた。



 僕は難なく避けると、地面を割った腕に乗り、一気に奴の肩まで駆け上がる。

「ハァッ!!」

 剣を横薙ぎに振ると、剣風がゴーレムの首をザッと切り離した。



 岩床へと落ちた首は砕けることなく、金属っぽい音を立てながら転がった。

 すると、ファナが首のところへダッシュして、前脚で何やらいじり回し始めた。



「オイオイ、ファナ。それはボールじゃないぞ」

 さすがはフェンリル、モンスターの首にビビらないのは良いけれど、周囲の兵士たちはドン引きしちゃってる。



「ち、ちがうよぉ・・・・・・ここのいし、とりたくて・・・・・・」

 とファナはゴーレムの頭を爪で指し示した。



 見ると、確かに額の中心には、直径30センチほどの宝玉が嵌まっていて、内側では濃い紫の霧が渦を巻いている。

 きっと、これがゴーレムを動かしていたんだな。



「待ってて」

 僕は宝玉と額のくぼみの間に短剣を差し込むと、てこのようにして引き剥がした。

 その途端、ギラギラと光っていたゴーレムの目から光が消えて全く動かなくなった。



「ありがとう、れいさま・・・・・・これ、きれいにできるとおもうの」

 そう言ってファナは肉球で宝玉に触れた。



 すると宝玉は白い光に包まれて、1分もすると中にあった紫の霧が晴れていた。 

「すごいよファナっ、浄化魔法が使えるだなんて!」

 と褒めると、ファナは「えへへ!」とはにかむように笑った。



 うぅむ・・・・・・と小さく声が聞こえたので振り返ると、お姉ちゃんは目を輝かせてファナの前脚を見つめていた。


 僕とファナの視線に気づいたお姉ちゃんは「っ!」と少し頬を染めると、

「ま、まぁ、勇者の供を務めるならこれくらいできて当然だ」

 と言った。



 フフっと僕とファナは顔を見合わせて笑った。めったにファナを褒めないお姉ちゃんだから、(僕も”表”ではあまり褒められないけど)こういう時はなんだか僕も嬉しいなぁ。

 さて、この宝玉をもう一度ゴーレムの額に嵌めてみると・・・・・・



 再び、ゴーレムの目にカッと光が入ったが、今度は白く輝いている。

 十分に気をつけながら首を元の位置に戻すと、すぐに首は自動修復され、ゴーレムは恭順の意を示すように膝をついて僕に頭を下げた。



「おぉ!」

「勇者様がゴーレムを従えられたぞっ!」

 どよめきと歓声が上がる。

 よし、この調子でどんどん浄化するぞ!



 合計6体のゴーレムを引き連れて、僕たちは地上へと戻った。

「それで、こいつらをどうするの?」

 とお姉ちゃん。



「とりあえず、この砦の修復をやってもらおうかなって。直せたら今のお城の出城にできるし」

 あと、魔族軍が戻ってくるかはわからないけど、もしその時が来ても、このゴーレムたちが心強い戦力になってくれるはずだ。



 そのとき、

「あぁ、レイクス様、アウローラ様っ!」

 と伯爵の部下の方が駆け寄ってきた。

「殿下がお二人をお呼びです」



「ドルフェルン様が?」

 どんなご用だろう?

 今、ドルフェルン辺境伯は、領都や王都との連絡でお忙しいようだけど。



「実は、ナマクラン侯爵家から使者が来ているのです」

「!?」



 ナマクラン侯爵は、現勇者パーティである”薔薇の鷹”を雇うことになっていた貴族だ。

 侯爵本人は魔王討伐軍の司令官となることが内定していて、「勇者パーティ」と「聖剣の精霊」を軍の補佐役として欲している、ということだけど。



「ついに来たか」

「うん、行こう」

 そのとき、お姉ちゃんの手が少し震えていることに気づいた僕は、周りから見えないようにしながら、お姉ちゃんの手を取った。



「っ!」

「大丈夫、必ず僕が護るから」



「・・・・・・ありがとう」

 お姉ちゃんは頬を紅くして、一瞬目を潤ませた。

 そしてすぐに凜とした表情に戻ったお姉ちゃんと一緒に、僕は城へと向かった。

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