第18話 勇者、聖剣の異変に気づき、パニックになる

 レイクスたちが魔族を撃破した数日後。

 

 勇者ゴーマンたちは王都にあるナマクラン侯爵家の屋敷に到着していた。



「うぅ、ん・・・・・・」

 用意された部屋の中、高級ソファにもたれながら、ゴーマンは深く息をついた。

――ちっ、少し飲み過ぎたか。



 冒険者ギルドを出発してから約1週間。

 馬車で立ち寄る街ごとに、ゴーマンたち勇者一行は歓迎され、連日連夜、宴会でもてなしを受けていたのである。



「大丈夫か?リーダー」

 盾戦士のワルヨイが声をかける。



「今日はいよいよ、侯爵様のお目にかかるんだ。万が一にも失礼があっては――」

 何回目かのワルヨイの繰り言に、ゴーマンは面倒くさそうに手を振った。

「あぁ、分かってる」



 そう答えながら、ゴーマンはエリスのことを考えていた。

――ったく、あのアマ、どこに行きやがったんだ・・・・・・!



 ゴーマンたちが冒険者ギルドを出発したとき、すでにエリスの姿はなかった。

 一緒に来ていた執事のサビエに尋ねると、

「エリス殿は、先に王都へと旅立ちました」

 と言われた。



 だが、いざ侯爵家に来てみても、女騎士の姿はどこにもなかった。

――くそ、あのジジィ適当なこと言いやがって!



 そのサビエも『侯爵様に報告をせねばなりませんので』といって部屋を出て行ってしまっている。



 大方、ゴーマンからの報復を懸念してエリスをどこかに隠したのだろう、と推測された。



――まぁいい。そうやってネズミのように隠れ廻ってるがいいぜ!今日明日には俺たちは侯爵様第一の家来になる。そうなりゃエリス、お前は俺の部下になるんだ!


――俺様が呼び出しの命令を出せば聞かないわけにはいかないはず。そんときゃお前の身体を好きなだけむさぼってやる!



 ゴーマンがどす黒い妄想で下腹部を滾らせていると、

「リーダー、アウローラ様はまだなのか?」

 とワルヨイが再び声をかけた。



 聖剣の精霊・アウローラが「天界に一度帰る」と言ってから1週間。

 彼女は、今くらいの時期には、ゴーマンたちの元に戻ってくると約束していた。



 ナマクラン侯爵との面会までもう2時間足らず。

 その前には合流してもらわなければならないのだが・・・・・・



「フッ、そう”花嫁”をせかすもんじゃねぇよ」

 と、ゴーマンはキザな笑みを浮かべた。



 アウローラは舞踏会のためのドレスを取りに天界へ行き、今は身支度している最中かもしれない。



――俺と踊るための特別なドレス、か。どんな感じなんだろうなぁ・・・・・・

 ゴーマンの脳内には、花嫁らしい愛らしい衣装に身を包んだアウローラが振り向く光景が浮かんでいた。



 アウローラはゴーマンの姿を認めると、恥ずかしそうに頬を染めながらゴーマンのもとへと駆けてくる。



 美しい精霊が走るたびに彼女の豊かな胸元が揺れるのを妄想しながら、ゴーマンはだらしなく口元を緩めている。



「リーダー?」

 怪訝そうな顔をしたワルヨイの声に、



――っと、いけねぇ!

 慌てて口元を拭うと、

「あぁ、わかったわかった」と頷いて、ゴーマンは聖剣ヴァイスカイザーを手にした。



 この剣を介することで、例え距離が離れていても、勇者と精霊とは意思疎通ができるようになっている。



「アウローラ。そろそろいいか?」

 そう剣に呼びかける。




 だが、反応はなかった。


「おい、アウローラ!もう王都についたぜ?約束の時間だ。出てきてくれ」

 もう一度呼びかけるが、やはり何も起こらない。

 いつもなら、サッと光が流れ出て、その姿を現すはずなのに。



「リーダー・・・・・・」

 ワルヨイの心配そうな声に、ゴーマンは舌打ちする。

「っせーな、黙ってろ!」




――ったく、どうしたってんだ?

 いつもなら、一言でも返事をよこすはずだが。



 ジリジリとした不安が胸の端を焦がし始める。

 まだ寝ているのだろうか?



 ゴーマンは再び舌打ちすると、柄に手を掛けた。

「おい起きやがれアウローラっ!!」

 そう言ってゴーマンは鞘から聖剣を抜き、



「っ!?!?」

 その変わり果てた姿に、たちまち絶句した。



 眩しいほどに白く輝いているはずの刀身には一面びっしりと錆が浮いている。

 そして傷一つないはずのエッジや切っ先は刃こぼれだらけになっている。



「なんだ、これはっ・・・・・・!」

 とワルヨイも言葉を失っている。



 そのとき、ゴーマンの脳裏に幻がよみがえった。

 冒険者ギルドを出発する直前、今と同じようにボロボロになった聖剣の姿を、勇者は幻として見ていた。

――あンとき見たのは、これか!?



 足下から全身の血が流れてしまったかのように血の気が引く。

 とんでもないことが起こったと、勇者の頭の片隅で警告が鳴り始める。



「おい、アウローラ!こいつはどういうことだっ!?」

 慌てて聖剣に呼びかけるが、全く応答はない。



「アウローラ、説明しろっ!!」

 ゴーマンが大声を上げたとき、



「なぁによぉ、騒がしいわねぇ」

 と魔術師タカビィの声が聞こえてきた。



 隣室の扉が開いて、タカビィと治癒術士のイビータが顔を出す。

 気が早いことに、二人ともバッチバチにメイクを決めて、ドレスに身を包んでいる。



「ったく、こっちは衣装合わせで忙しいってのに集中できないじゃない!・・・・・・って、何やってるの?」

 と愚痴ったタカビィは、怪訝そうにゴーマンとワルヨイの顔を眺めた。



「・・・・・・せ、聖剣が!」

 とワルヨイは声を絞り出す。



「聖剣?」

「あーっ!どうしたの?それぇ?」

 イビータはさび付いた聖剣を指さす。



 それを見たタカビィは、

「っ!?」

 たちまち顔面蒼白になって、男たちに詰め寄った。

「ちょっと、なによそれ?ボロボロじゃないの!?」



 だが、ゴーマンは青ざめた顔で聖剣を見つめたまま、何も言わない。

「どうしてそんなことになってんのよ!?それ聖剣でしょっ!?完全にガラクタになってんじゃないのよっ!!」



 かみつかんばかりのタカビィに

「るせぇんだよっっ!!」

 とゴーマンは怒鳴った。



「っ・・・・・・!」

 その剣幕に魔術師は喉をひきつらせて黙り、

「やだぁ、いきなり怒鳴んないでよぉ・・・・・・」

 イビータは既に涙声になっている。



 肩で荒い息をつきながら、ゴーマンは低い声で呟いた。

「判らねぇが、今さっき抜いたらこうなってやがったんだっ!」



 そう答えながら、勇者は頭を必死に回転させていた。

――くそっ、一体どうなってやがるんだ?何もしてねぇのにどうしてこんな状態になる?なんでアウローラは応えねぇんだ?アイツはあのとき約束したはずだ、この時この場所に必ず帰ってくると!



 酒場でのアウローラとのやりとりを思い出す。一言一句、何度思い返してみても、ゴーマンには、自分が何か勘違いしているとは思えなかった。



 勇者は額を押さえて、クソクソッと呟きながら頭を巡らせる。

――落ち着け、落ち着け俺っ!俺様の頭脳なら、落ち着いて考えりゃ判るはずだ、どうしてこうなったのか・・・・・・

 ゴーマンはここに来るまでのことを思い出し始める。



――っつっても、このところ毎晩宴会続きだったからな、てんで覚えてねぇ・・・・・・って、そうかっ!

 ゴーマンはハッと表情を明るくすると、



「ハーッハッハッハ!!」

 と豪快に笑った。



 リーダーの豹変に顔色を変える仲間たちを前に、ゴーマンは

「こいつは聖剣じゃねぇんだよ!」

 と言い出した。



「は?」

「誰かが取り違えやがったんだ!宴会をしたどっかの会場で、そっくりの剣を持ったバカが間違えて聖剣を持ってっちまったんだよ!」



ーーきっとそうだっ、だからいくら呼びかけてもアウローラが応えるわけがねぇんだよ!

「酔ってて聖剣から目を離したときがあったからな、きっとそのときにーー」



「・・・・・・バッカ言ってんじゃないわよ」

 そう震える声を出したのはタカビィだった。

 彼女は、聖剣に向けて杖を向けている。



「あぁ?」

「それは聖剣で間違いないよ、今鑑定魔法で観たから」

 


 そう言ったタカビィの前に、鑑定結果ウィンドウが大写しになる。

 そこには確かに『ヴァイスカイザー』と出ていた。



「っっっっ!!」

 厳然たる事実に、ゴーマンは背筋が凍り付いた。



「ホントに寝ぼけたこと言ってんじゃないわよ!」

「だいたい、聖剣をなくしたってだけでも大失態だろう。笑い事じゃねぇよ!」

 タカビィとワルヨイは心底呆れたような声を出す。



「ぐぬぅぅうううぅっぅ!!」

 ゴーマンはギリギリと歯ぎしりをした。

 思いつきの発言で思わぬ恥を晒してしまい、大いにプライドを傷つけられた勇者は、



「あああああっっっ!!」

 聖剣を思い切り床にたたき付けた!



「「「っ!?」」」

 凍り付く仲間たちを尻目に、ゴーマンはハァハァと息を吐きながら、やり場のない怒りをぶつけるように叫び出す。




「おいっ、アウローラっ、何の真似だぁぁこれはっっっ!」

 しかし広い部屋に声がむなしく響くだけで、何も聞こえてこない。




――そうだ、これはきっとあいつの悪戯だ!ったく、趣味の悪いことしやがって!

 その一方で、




――けど、あのクソ真面目なアウローラがこんなフザけたことするか?

 と疑問が自身の中に湧き上がってくる。




――いや、アイツ以外に誰がやるってんだよ!

 ゴーマンは首を強く振る。




 そして、ハッと乾いた笑いを吐き出すと、両手を広げて虚空に呼びかける。

「おい、何だよアウローラ?こんなことをしてよぉ?もしかして、俺の愛情を試そうってのか?俺様の度量を図ろうって魂胆なのか?えぇ、アウローラよぉ?」




「あぁ、お前の気持ちは判ったよ。マリッジブルーってやつなんだろ?いざ俺様と結婚しようって段になって不安に襲われてこんなことをしてんだろ?けどなぁ、今はそういうバカやってる暇はねぇんだよ。もうすぐ侯爵様にも会わなきゃならねぇんだ、いい加減出てきてくれよ、アウローラ」

 今度はなるべく優しく聞こえる声音で呼びかけるが、やはり反応はない。




「な、んだよ、なんだってんだよ・・・・・・」

――俺様を無視しようってのか?最強の勇者のこの俺様をっ!誰もが尊敬する誰もが憧れるこの俺様をよぉお!?




 今までに味わったことのないほどの屈辱に、

「ああああああああああああっっっ!!!」




 腹底から唸るような雄叫びを上げると、

「クッソアマがああああああああああっっっ!!」




 鉄靴で思い切り聖剣を踏みつけ始めた。

「う゛う゛っ、う゛う゛っ!!」



 まるで幼児が地団駄を踏むように、体重をかけてガンッガンッと踏みつけると、錆びだらけの刀身はあっという間にゆがみひしゃげていく。




「り、リーダー・・・・・・」

 ワルヨイは呆然と立ち尽くし、女性陣はリーダーの”壊れ”た様子に恐怖し完全にドン引きしている。




 そこに、

「全く、騒がしいですね」

 と聞き慣れない声が入ってきた。




「「「「!?」」」」

 一同が振り返ると、部屋の扉が開き、ローブ姿の何者かが現れた。




 フードを目深に被ったその者は、わずかに見える口元を綻ばせて、こう名乗った。

「私は、リーゼス。この侯爵家の専属魔術師です」

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