第9話 探索師、ドラゴンを退治する

ドルフェルン辺境伯か・・・・・・

古くから武門貴族として知られ、今の伯爵であるグリスノルド様自身も勇名高いことから、国境警備の重役を担っているって聞いてるね。



「密命、というのは?」

「はい。ただ今、グリスノルド様は国境付近にある城を拠点にし、魔族が築いている砦の破壊を目指して戦っておられるのですが、進捗が捗らず困っておいでです。その原因を調べたところ、どうも作戦が敵に漏洩しているということが明らかになったのです」



 そう言ってバイヤルさんはため息をついた。

「しかし、逆に裏切り者のほうもまた、伯爵様に裏切りがバレたと気づいてしまった。自分が消されるかもしれないとお思いになった伯爵は、そのとき城にいた私に命じて、ご領地の留守を守っておられる奥様に事を知らせようとなさったのです」



 なるほど、その途中で盗賊団に襲われたってわけか。

「バイヤルさんがお城を出られたのはいつですか?」

「5日ほど前です」



「とすると、既にその裏切り者によって城内は制圧されているかもしれませんね」

「あぁ、グリスノルド様はどうなったのでしょうか?もしやそいつらの手によって・・・・・・」



「いえ、その可能性は低いでしょう。内通しているという魔族側がそれを許さないと思います。国境警備軍の司令官ならば、人質として十分価値があるでしょうから」



 侯爵様はもう、その敵側の砦に囚われているかもしれないな。

 そこから魔界へと連行されてしまう前に取り戻さないと!



「バイヤルさん一つ、提案があるのですが、これから私は伯爵様を奪還しに行きたいのですが、良いでしょうか?」


「っ!そのようなことできるのですか?」

「えぇ。あなた様の護衛はできなくなってしまいますが」

 

「いえ!伯爵様をお助けいただけるのなら、私のことは構いません!どうぞよろしくお願いいたしますっ!」

 とバイヤルさんは深く頭を下げ、


「では、これをお渡しします」

 懐から通行手形を取り出した。



「この先の街道には関所がございますから、そこでお示しください」

「いえ、これはそのままバイヤルさんがお持ちください。そうでないと、あなたが伯爵領に入れないでしょう?」

「そんな!私の事は良いのです!それより早くお城に行かれて伯爵様をお救いいただきたいのです!」



「大丈夫です。僕は関所のない峠のほうを通っていきますから」

 そう言うと、商人は目を円くした。

「峠ですと!あそこはモンスターどもが行き交う魔の森ですぞ!とても通れる場所では――」



「僕を信じてください。それに、峠を通った方が近道になりますから、早くたどり着けますよ。バイヤルさんは早く伯爵の奥方様にお伝えください」

 にこやかに言うと、バイヤルさんは少し戸惑っていたけど、



「分かりました、ではお任せいたします」

 と頷いてくれた。



「ありがとうございます、では行って参ります!」

「はい、ご無事をお祈りいたしますっ!」

「えぇ、バイヤルさんもお気をつけて!」

 そう言い残すと、僕は爆速で駆け出した。



 その峠までは半日とかからなかった。

 うっそうとした木立の中に入ると、まだ陽が高いはずなのに、夕闇のように薄暗い。

 道はもうほとんど原型をとどめていなくて、倒木や崩れた土砂を避けるように飛び跳ねながら進んでいく。



 しばらく進むと、お姉ちゃんがうぅんと唸った。

「なんだか妙ね。モンスターが一匹も出てこないわ」

「そうだね、遠くから僕たちを見ているってわけでもなさそうだし」



”ぬののぼうし”にかかった加護のおかげで、気配察知スキルも上限まで上がっているから、半径5キロ内の生き物たちの様子は全て分かっているけれど、彼らは皆、ひっそりと息を殺してじっとしている。


 すると、ピンっとスキルに引っかかるものがあった。



 なんだ、この反応は大きいぞ!?

 何か強力なモンスターがこの先にいる!

「気をつけてね、レイくん」

「うんっ!」



 やがて、その正体が分かった。

 森が開けて、木立がまばらになった峠道の向こう、1キロほどさきの頂上に巨大な影が見えた。

「あれは、ドラゴン!?」



 翼を広げて、地上へ向けて炎を吐き出している。

 そして、目玉だけをギョロッと動かしてこっちを見た。



「来るよ、レイくん!」

「うんっ!」

 奴は翼をすぼめながら一気にこっちに向かって飛んでくる。



 僕も迷わず、ドラゴンへ一直線に駆け出した。

 やがて、奴の頬がわずかに膨らむのが見えた。



 炎を吐き出すつもりだな!

 そのタイミングを見極めると、僕は一気に空中へと躍り上がった。



 ゴォっと僕がいた地面を紅蓮の炎がえぐっていく。

 その熱を感じながら奴の頭上まで一気に飛ぶと、まっすぐに木の棒を振り下ろした。

 


「はぁああっっ!!」

 ズバァアアアアアァッッ!!!

 たちまち剣風がドラゴンに襲いかかって真っ二つにする。



 断末魔を上げる間もなく、ドラゴンは無数の光の粒と弾けた。

「っ!」

 地面に降り立つと、残った光が雪のように振ってきた。



 すごいな、ゴーマンさんが聖剣でモンスターを倒してもこんな風にはならずに死骸は残ったのに。

「フフッ、当然よ!全力加護を受けた”聖剣”は聖なる力に満ちているんだから、対象物を全てマナに分解することが出来るの!」

 とお姉ちゃんが得意げに笑う。



 そして前回同様、経験値の通知音が鳴る。

『今回の戦闘では、617,226の経験値が得られました。レベルは93になります」

 レベルが90を越えると一気に必要な経験値が上がるから、そんなに簡単にはレベルアップしないみたい。

 いや、十分すごいんだけどね、なんか感覚がマヒしてきてるなぁ・・・・・・


「おや?もっとレベルアップしたかった?」

 僕がビミョーな顔をしていたのか、お姉ちゃんはそんなことを言ってきた。

「えっ!?」


 

「もっと”加護”を渡せたら、聖武具のスペックも上がるからね、もっと速く敵を倒せて、その分経験値もボーナス加算されるはずだよ」



「ボーナス?」

 思わず反応するとお姉ちゃんは「そうだよぉ」と言いながら、背中からぎゅっと抱きついてきた。



 そして耳元に息がかかるほどの近さで、

「”加護”をより多く渡すにはね、一糸まとわぬ状態で抱き合うと一番効果があってぇ・・・・・・」

 


「え、えぇ!?」

 思わず脳内にビジョンが広がりかけたとき、お姉ちゃんはコロコロと笑った。



「ウッフフっ!冗談、冗談だよぉー!」

 ぎゅっとハグされて、頭を撫でられる。



「レイくんってば、本当にからかいがいがあるなぁー!」

 なっ!ちょっと信じちゃったじゃん!

 

 

 頭を撫でながら、お姉ちゃんはご満悦だ。

 よほど僕の反応が楽しかったのか、見上げるとお姉ちゃんの顔も真っ赤になっている。



 全く、純真な少年の心を弄んでっ!

 そう思いながら目線を落とすと、

 

「ん、あれは?」

 地面に大きな光の塊が落ちているのが見えた。



 近づくと、パッと光は弾け、中から大きな牙が現れた。

 これは、ドロップアイテムってこと?

 長さは1メートルほどで、乳白色の表面には傷一つなく、ノコギリのようなエッジは鋭く輝いている。



「へぇ、いいのが採れたね~」

「うんっ、こんなに良い状態のものなら、きっと100万ルッソ以上で売れるはず!」

 と言いながら持ち上げようとして、

「おっ!?」

 まるで羽根みたいに軽いことに驚いた。



 そうか、これもまた”聖具”になったから軽いんだね・・・・・・ん、いいこと思いついたぞ?


「どうしたの?レイくん」

「いや、気が変わったんだ。僕、これを武器にするよ!」

 僕は、牙の根元の中心に木の棒を突き立てた。

 ザクっといい音がして、棒は深く突き刺さった。



 剣の”柄”になった棒の部分をもって何度か振ってみる。

 うん、良い感じだ!



「素敵~!」

 とお姉ちゃんはパチパチと手を叩いている。

「へへっ、良いでしょ?」

 木の棒でも悪くはないけど、こっちのほうが盾にも使いやすいし、何よりカッコいいもんね!



 僕はあり合わせの布と革紐を使って仮の鞘を作ると、牙の剣を入れて背負った。

「すごーい!レイくんはやっぱり器用だねぇ!」

 とお姉ちゃんはうっとりしている。

「えへへ、まぁこういう仕事の方が僕の本職だからね」

 さぁ、先へ進もう!



 と思ったとき、「グ・・・・・・誰か・・・・・・」と微かなうめき声が遠くから聞こえた。

 どこだ?

 耳を澄ますと、さっきドラゴンが炎を吐きかけていた場所から聞こえてくるようだ。


 誰か旅人が襲われていたのかな?

 僕は峠道を進んで声の元に向かった。



 でもそこに居たのは人間ではなくて、一頭のアイスウルフだった。

 驚いていると、アイスウルフは弱々しく口を開いた。

「あ、あなたは、勇者、さま、ですか・・・・・・?」

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