第2話  探索師、美しき精霊に愛され、”弟”になる!?

 何でアウローラ様がここにっ?

 と驚いていると、彼女は見る間に泣きそうな顔になり

「レイくーーんっ!」




と再び叫んだ。


 えっ!と思う間もなく、温かな感触と花のような香りに包まれた。

 気づけば、僕はアウローラ様に抱きつかれていた。

 彼女の髪がほどけて、光と共に流れるように広がった。


 

「ごめん、ごめんねっ、レイくんっ!!酒場で助けてあげられなくて本当にごめん!殴られて蹴られて痛かったよね、あんな風に罵られて嫌だったよね、なのにかばってあげられなくて――」



 どうなってるんだ!?

 なぜレイくんと親しげに呼んでくるのか、なぜ僕を労ってくれるのか、まるでわからない!



「ちょ、ちょっと待ってください!どういうことなんですか?」

 フリーズしかけた思考を戻して、僕は声を上げる。



「あのっ、さっき僕は勇者パーティにいらないって、貴方に言われたと思ったんですけど・・・・・・?」



『真の勇者のために”加護”の力を使えないのであれば、この場から立ち去らねばならない』と確かに彼女は言った。



 そうやって突き放した後に優しい態度を見せるのは、どうにも腑に落ちない。

 いや、何か企みがあるんじゃないかって、誰でも思うよね?



 すると、アウローラ様はサッと後ずさると、バッと床に手をついた。

「そのことは本当にごめんなさい!キミを傷つけてしまったのは申し訳ないって思ってるの!」



「それと、時間がかかってごめんなさい!本当は酒場を出てすぐに謝りたかったのに、ゴーマンが放してくれなくて!村外れに歩いていくキミのことは追跡魔術で見えていたけど、思いつめたキミが自分で命を絶ったりしないか不安でしょうがなくて……だから、ちゃんと会えて良かった」

 そう話すアウローラ様の声は震えている。


「……!」

そっか、そんなに落ち込んでるように見えてたんだな。


確かに消えてなくなりたいくらいの気分ではあった。

僕には家族がいるから自殺なんてしないけどね、でもアウローラ様にちゃんと気遣ってもらえてたんだな……


「受け入れてもらえるかはわからないけど、どうしても本当のことを話したいと思ってここに来たの!だから、聞いてもらえない、かな!?」

 そう言って顔を上げた精霊の目には、切迫さがこもっているように僕には感じられた。



「・・・・・・分かりました、お聞きしましょう」

 僕だって、それは聞きたいと思っていたんだ。

 話してくれるというなら、願ってもないことだ!



 アウローラ様は大きく目を見開き、心底ほっとしたような表情を見せた。

「ありがとう、レイくん!キミの優しさに感謝しますっ!」



「っ!」

 アウローラ様って、微笑むとこんな感じなんだな、なんてことを思ってしまう。



 彼女は居住まいを正すと、こう話し始めた。

「まず、私のスタンスから話していくね。私は勇者ゴーマンの味方、というわけじゃない。もっとはっきり言えば、奴は勇者にふさわしくないって思ってる!」



「・・・・・・!」

 思いもかけない言葉にびっくりするけど、アウローラ様は言葉を続ける。



「意外に思ったかな?でも、レイくんも分かるでしょう?アイツの傍若無人っぷりを!」

 そう言うと、精霊は握りこぶしを固めた。



「ゴーマンときたら、大した剣の腕もないくせに自分は天に選ばれたんだーって調子に乗っちゃってさ!そりゃ聖剣を手に入れれば誰だって最初は浮かれるものだけどアイツは異常よ異常!おまけに自分になびかない女はいないって感じでこっちまでエロい目で見てくるんだから気持ち悪いったらないわ!まぁ最初からイヤな予感はしてたから、ナメられないように男っぽく振る舞ってたんだけどさっ!」

 


 え?なんかめっちゃ語るね!?

 勝手にクールキャラだと思ってたけど、こんな感じのヒトだったんだな。

 いや、今、本人が言ったみたく、リーダーを寄せ付けないようにあえて男勝りを演じてたってことなのか。



 まぁ、確かにゴーマンさんには傲慢なところが結構あったな。

 冒険者というのは大概荒くれ者で、気難しかったり態度が大きかったりするのは珍しくはないけど、聖剣を手に入れてからのリーダーは度を過ぎていたと思う。

 


 何か気に入らないことがあれば聖剣をチラつかせて相手に言うことを聞かせようとしたり、気に入った女性は誰彼構わず侍らせようとしたり。



「言っておくと、聖剣を抜けば勇者になれるわけじゃない。それはあくまでも聖剣と相性が合ったってだけ!ゴールじゃなくて、ただのスタートなのよ!」

 


 アウローラ様は天を仰ぐ。

「そういうことを教え諭して、聖剣が選んだ者を本物の勇者へと導くのが私たち”聖剣の精霊”の役目。そう思ってやってきたんだけどね・・・・・・」



「そうだったんですね。僕はてっきり、アウローラ様がゴーマンさんを勇者としてお選びになったんだって思ってました」



 僕の言葉に、アウローラ様はフッと苦笑する。

「やっぱり、皆そう誤解してるんだね。だから、あのバカ勇者にも全然話が通じなくてさ!『私がお前を選んだわけではない』って何度言っても、アイツときたら『いや、俺たちが会うのは運命だったんだ!』とか『照れ隠しでそんなことを言ってるんだろ?』とかっ、もーーっキモいことしか言わないんだよっ!?もうほんっとに無理無理!何なのアイツ!」

 思い出しただけで寒気がする!と精霊は両腕をさすっている。



「あの、ご苦労されてるんですね・・・・・・」

 と僕は同情していた。ベクトルは違うけど、アウローラ様もゴーマンさんには手を焼いていたんだな、って思うと、なんだか勝手に親近感が沸いた。



 すると、精霊は柔らかい微笑みを浮かべた。

「そう言ってくれるなんて、やっぱりレイくんは優しいね。だから私は、キミを真の勇者にしたいって思ったんだ!」



「・・・・・・え?」

 僕を、何だって?

 真の、勇者に?



 呆然としている僕を、アウローラ様は真っ直ぐな瞳で見つめながら、こう言った。

「私があのバカパーティにとどまっていたのはね、レイくん、キミがいてくれたからなんだよ!」



「キミが、キミこそが真の勇者だって、私はそう思ったからずっとあの場所に――」

「ま、待ってください!僕が真の勇者、ってどういうことですか?」



 慌てて言葉を遮ると、アウローラ様は瞳を輝かせてこう言った。

「そのままの意味よ。私はレイくんこそが本当の勇者としての素質を持っているって思ってる」



 僕に勇者の素質!?

 全く考えてもいなかった言葉が飛び込んできて、再び思考がフリーズしかける。

 でも、胸底から沸いてくる素敵な予感に、僕は震え始めていた。



「ゴーマンも、その取り巻きも、本当にくだらない連中だった!でも、レイくんだけは違った!キミだけはいつでもパーティのことを思って、真面目に仕事に取り組んでたよね!」

 とアウローラ様。



「ルート探索は勿論だけど、いつだってトラップ解除の手際はいいし、奴らの好き嫌いに合わせて食事も用意してるし、奴らの武器を磨くのも言われる前にしっかりやってるし――」



「・・・・・・!」

 えっ、ちゃんと僕のこと見ててくれたの?

 思わず熱いものがこみ上げてくる。



「攻略前の物資準備もきちんとしてるし、帰ってきてからの記録作成も怠らないし、模型を自分で作ってトラップ解除の練習もしてるし、ダンジョン内で採取した岩石を調べて地下の組成も研究してるし!」



「そんなことまで?」

「うん。ゴーマンが眠った後、こっそりこの小屋までキミの様子を見に来てたからね。レポートも読ませて貰ったし」



 確かに一人でいるはずなのに誰かの視線や気配を感じることがあったな・・・・・・

 全然、嫌な感じがしなかったからそのままにしていたけど、あれはアウローラ様だったの?



「そのレポートを参考にして、ゴーマンたちに補給や休憩の指示も出してたの、レイくんは気づいてたかな?」



「っ!」

 アウローラ様が僕の意見を取り入れてくれてると思っていたのは、やっぱり間違いじゃなかったんだ!



 気がつくと涙が頬を伝っていた。

 自分がやってきたことは無駄じゃなかった、そう分かっただけで報われた気がした!



「本当は、攻略についてレイくんと直接話したかった!どんな準備をしようかって、一緒に考えてみたかった!それに、ダンジョンの攻略が上手くいったときはキミと一緒に喜びたかった!!でも、それは出来なかったの。私が話すことは全部、あのゴーマンに筒抜けになっちゃうから。だから、たった一言でも声を掛けることはできなかった」

 とアウローラ様は目を伏せる。



「あいつ、滅茶苦茶嫉妬深いのよ。私が他の男に何か声を掛けると、その人をボッコボコにするの。何でもないただの連絡事項だったとしてもよ!?頭おかしいでしょう?」

 そう言って、彼女はため息をつく。



「レイくんをそんな目に合わせたくなかった。だから、黙ってゴーマンのさせるままにしてて・・・・・・本当にごめんなさい!」



「そんな、謝らないで、くだ、さい・・・・・・」

 話している途中から、嗚咽が止まらなかった。



 そんな風に思ってくれていたなんて、そうやって見守ってもらえていたなんて!

「うっ、うぐっ、ありがとう、ございま・・・・・・っ」

 やっぱりアウローラ様はお優しい方だ、僕は心底嬉しかった!



 気づくと、僕は自然にアウローラ様へと手を伸ばしていた。

 アウローラ様も、感極まったように目を潤ませると、優しく笑ってもう一度抱きしめてくれた。

 僕はただ、優しいぬくもりに包まれながら、肩を震わせながら泣いていた。



 どれほど、そうしていたんだろう?

 僕はハッと気づいてたずねた。


「あの、じゃあ、こうしてアウローラ様とお話できている、ってことは・・・・・・」

 聖剣の精霊は、うんっ!と力強く頷いた。

「ゴーマンとの契約は、こっそり破棄させてもらったの!」



「っ!」

「1週間前に、キミをクビにするって話をゴーマンたちがしていて、そのときに決意したの。キミがいないんじゃ、あそこに留まる理由はないからね」



 アウローラ様はちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「私としては、あいつらが契約破棄に気づくタイミングを遅らせたかった。そうすれば、あいつらから遠く離れるための時間が稼げるからね。それで、ゴーマンたちを油断させる作戦を取ったの」



 油断・・・・・・そうか、ようやく合点がいった。

「リーダーたちに『精霊は自分たちの味方だ』と思い込ませるために、あえて僕を突き放すようなことをおっしゃった、というわけですね?」

「そのとおり!」

 とアウローラ様は頷いた。



「あぁ、良かった!ちゃんと誤解を解くことが出来て!」

 心底ほっとした顔をした後、

「さぁて、これからはレイくん、キミを勇者にするために全力で頑張るからねっ!」


 

 勇者っ!

 そうなれる、と言ってもらえるのは嬉しいけど、何かイメージできない。

「気持ちはありがたいんですけど、僕に勇者なんて・・・・・・」



「大丈夫大丈夫っ!ちゃぁんとお姉ちゃんが付いているから!」


 ・・・・・・え?お姉ちゃん?

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