第26話 探索師、足止めされる

「まちの、においがする・・・・・・」

 とファナがつぶやいた。



「ここから一番近い街といえば、バーセローかな?」

 僕の声に、エリスさんが

「では、このあたりで私を下ろしてください」

 と言った。



「いいんですか?王都はもう目と鼻の先ですけど」

 そう言って振り返ると、エリスさんは申し訳なさそうに苦笑した。

「いえ、ここまでで十分です。後は私自身で何とかしますから」



 なんとかする、といっても簡単な話じゃない。

 救出対象であるサビエさんだけでなく、エリスさん自身もナマクラン侯爵家に対する謀反人として指名手配されているはずだからね。



「その者の言うとおり、ここで分かれるべきだ。これ以上の義理立ては必要あるまい」

 とお姉ちゃん。



 そうだね、僕とお姉ちゃんの目的は、国王様の前で勇者としての証をたてること。それを見失うわけにはいかない。



「レイクス様、ここまで本当にありがとうございました!」

 ファナから降りると、エリスさんは深く頭を下げてきた。

「一度は刃を向けた私に、これほど親切にしてくださるなんて・・・・・・本当になんと感謝申し上げたらよいか!」



「いえ、そんな・・・・・・旅は道連れといいますし、僕に出来ることをしたまでですよ。サビエさん、無事に助け出せるといいですね」

 


「っ、はいっ!私もレイクス様のご武運をお祈りいたしますっ!」

 エリスさんは感極まったように大きな瞳を潤ませながらほほえんだ。

 


 そうして笑い合っていると、背後からものすごい殺気がした。

 うっ、これはマズいかな?

 お姉ちゃんの頭に角が生えているイメージが頭に浮かんで、僕は身をすくませた。



 ま、まぁあまり長話してる場合じゃないのは確かだよね。

「それでは、これで」

 エリスさんも身の危険(?)を感じたらしく、短く礼をすると街道脇の森へと入っていった。




 ファナに乗り直して少し行くと、肌がひりっとするような感覚がした。

「レイくん」

 お姉ちゃんの声に頷く。

「うん、誰かいるみたいだね」


 

 ひるむことなく進むと、

「待てっ!」

 茂みをかき分けて十数人の人影が現れた。


 

 いずれも金属の軽鎧をまとった兵士たちだ。

 その中でも飾りのついた兜をつけた人が、大声を張り上げた。

「我が名はシッタ=パーデスっ!このバーセローの守備隊を預かっているっ!貴様がレイクス=ファンダムだな?」



「そ、そうですが」

 僕が頷くと、パーデスさんはギラっと目を光らせ

「やはりそうかっ、貴様の悪行は聞いているぞ!不遜にも勇者をかたり王国の人心を惑わしているとな!」



 あぁ、予想はしていたけど、やっぱりそういう噂を流されちゃってるんだね。


「しかしそれもここまでだ!この30年間、バーセローの門を守り続けてきたこのパーデスがいるからには貴様のようなニセモノ勇者など一ひねりよ!!さぁ大人しく降参しろ!」



 すると、お姉ちゃんがファナから降りて一歩進み出た。

「我は聖剣の精霊アウローラ。我が勇者を侮辱するということは、我を侮辱し、ひいては天界を侮辱するということになるが、それでよいのか?」



 けれど、お姉ちゃんの威嚇にも、パーデスさんはどこ吹く風だ。

「ハッ、ソイツはただの幻影だろうが!そんな子供だましが通用するものか!」



 そう言って隊長はプっと吹き出した。

「っていうかクソガキよ、その幻はお前が操ってんだろ?もうすぐチ○毛が生えてくるかってくらいの奴が気色悪いお人形遊びしやがって!そういうのがやりたけりゃ、お家でママに相手してもらいな!」



 彼の言葉に、部下たちもギャハハゲラゲラと笑っている。

 すると、お姉ちゃんはフッと口の端で笑った。

「なるほど。さすが、鼻の穴から陰毛を生やしている者は言うことが違うなぁ?」



「なっ!?」

 パーデスさんは慌てて鼻の下を押さえた。

 確かに鼻毛が出ていたような気がするけど、お姉ちゃんもよく見てたね?



「貴様のほうこそ、母親に身だしなみを整えてもらったほうが良さそうだなぁ?」

 とお姉ちゃんが煽ると、パーデスさんの後ろにいた部下たちもブフっとこらえきれずに笑った。



「おいっ!!」

 隊長が顔を真っ赤にして振り返ると、慌てて彼らも表情を引き締めたけど、それで恥が消えるわけもない。



「ぬぅぅぅっ、貴っ様ぁあああっっ!」

 逆上したパーデス隊長は剣を抜いて切りかかってきたけど、

「ガウッ!!」

 ファナは牙を鳴らし、フウっと小さく息を吹いた。

 


 たちまち隊長の足下まで凍り、彼は尻餅をついて転がった。

「ひぃいぃ!あっ、脚がああああっっ!!」

 白く凍った右足を抱えて、パーデスさんは悲鳴を上げる。



「れいさまを、わるくいうの、ゆるさない・・・!」

「こ、コイツしゃべったぞっ!」

「ま、まさか本物のフェンリル!?」



 動揺する兵士たちに

「ばっ、ばばばばバカなことを言うなっ、そんなわけあるかぁ!さっ、さっさと始末しろぉ!?」

 裏返った声で隊長が発破をかける。



 やれやれ、引くに引けなくなっちゃってるのかな?

 仕方ない、剣風で軽く吹き飛ばしておこうか。

 地面に落ちる前に、もう一回風を起こしてクッションを作れば、けがをさせずに済むだろうし。



 そう思って牙の剣を抜こうとしたとき、

「た、大変だーっ!!」

 と声がして、一人の兵士が街の方角から駆けてきた。



「どうした!?」

 同僚が聞くと、兵士は息を切らせながら報告してきた。

「じょ、城壁の近くにモンスターパレードがっ!」

「何?」

「街の南東方向から何百体も押し寄せてきてるんだっ!」



 モンスターパレード!?

 じゃあ、ここでモタモタしてるわけには行かない!

「レイくん!」

「うん、急ごう!」

 


 ファナに方向転換してもらって、僕たちは街道のわき道へと向かうことにした。バーセローそのものからは離れるけど、モンスターたちがやってくる街の南東にはこっちの方が近い。



「お、おいっ!」

 というパーデスさんに、

「あなた方は街の守備に専念してくださいっ、僕のほうでモンスターは引きつけますっ!」

 と応えて、僕たちは加速した。

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