第24話 勇者、罠にはまる

ここは、ナマクラン侯爵家の屋敷。

魔術師リーゼスは一人静かに大理石の廊下を歩いていた。


耳を澄ませば遠くから、宴に興じる人々の声が微かに聞こえてくる。

聖剣の精霊アウローラを侯爵家に迎えたことを祝する宴は、夜が更けても一向終わる気配がなく、誰もが侯爵家の一層の繁栄を確信して酔いしれているのだった。


ーーフッ、愚かな・・・

リーゼスは嘲笑を禁じ得なかった。


自分たちが救世主と信じて止まない精霊様は、リーゼスが生み出した幻術にすぎないことに、侯爵も彼の親族たちも全く気づいていない。


ーーまぁ、それも仕方のないこと。私の幻術がそれだけ強力だということだ。


実体を伴わないがらんどうを有り難がっている者たちに、魔術師は憐れみすら覚えていた。


 執事のサビエだけは、状況証拠からアウローラが偽物だと見抜いていたものの、幻術を破ることはできなかったために、周囲はただの言いがかりとしか受け取らなかった。


ーーあの執事も、魔術師としてはなかなかだが所詮は人間。私の敵ではない!


そうほくそえんだとき、

「リーゼスッ!!!」


と大声が飛んできた。

リーゼスがゆっくりと振り返ると、肩で大きく息をしながらゴーマンが立っていた。


身にまとった儀礼服が彼の美男子ぶりを引き立てているが、本人は鬼のような形相をしている。


「おや、どうされました?ご婦人方のお相手はもうよろしいのでーー」

リーゼスが言い終わらないうちに、ゴーマンは瞬歩スキルでひとっとびに駆けて、魔術師の胸ぐらを掴んで壁にたたきつけた。


「この、クソ手品野郎がっ・・・!」

フゥフゥと荒く息をつきながらゴーマンは罵声を浴びせる。


「よくも恥かかせてくれやがったなぁ!この屋敷を出たら、てめぇは必ずぶっつぶす!!」


「・・・」

 リーゼスは静かに起きあがった。

 勇者のタックルは避けようと思えばできたが、あえてそうしなかった。

 理由の一つは、避けたところで、勇者はあきらめずにつっかかってくるだろうし、それを避け続けるのも面倒だからだ。

 

 どうせ殴られたとてダメージは0なのだから、攻撃を受けて相手の気が済むほうが面倒は少ない、とリーゼスは判断したのだった。


ーー恥をかかせた、というのは地下牢での話か。

 とリーゼスは思い返した。


 鋭くとがらせた杖の先で頭を貫かれる、という幻術を体験したゴーマンは、仲間の前で失禁するという失態を犯していた。


「てめぇがこの屋敷に張ったクソみてぇな結界の外に出りゃ、俺は攻撃力を取り戻せるんだからなぁ!そンときは覚悟しろやっ!!」


 そう言って口から泡を飛ばすゴーマンに、魔術師は余裕の笑みを見せた。


「おい、何笑ってんだよォ!!」

 再びぶちギレた勇者はリーゼスをつかみ上げて床にたたきつける。

 石の床は割れんばかりの音を立てるが、やはり魔術師はピンピンしている。


「いえ、申し訳ありません。"手品野郎”という言い方はなかなか的確だと思いましたので」

 胸ぐらを捕まれたまま、リーゼスは弁解した。

 既にローブのフードは脱げているが、長い前髪が顔にかかっていてどんな目をしているのか、ゴーマンからは分からない。


「ンだとぉ?」

「では手品とはそもそも何か、ゴーマン殿はご存じですか?」


「あぁ?」

 何を言い出すのか、と言いたげなゴーマン。


「主に使われているのは視線や意識の誘導です。手品師は観衆の目を意のままに引きつけ操り、彼らの盲点や死角をつくようにしてモノを移動させたり思わぬ場所から出現させたりする」


「私は魔術師ですから幻術も魔力を使っていますが、そうした手品の手法もよく参考にしているのですよ」

「チッ!ごちゃごちゃと訳のわからねぇことをーー」


「お気づきになられませんか?既にあなたは私の術中にはまっているのです」

 リーゼスがそう言ってゴーマンを指さすと、


「!?」

 ふと首もとに違和感を感じたゴーマンは、自分の喉に触れてみる。

 すると、金属の冷たい手触りがした。


「なっ!」

 いつの間にか首輪をはめられていることに気づき、慌てて外そうとするが、


バチッ!

「ぐぁっ!」

 首輪から電流が走ってゴーマンは叫んだ。


「外そうとなさらないほうがいいですよ。文字通り自分の首を絞めることになります」

 勇者の手から逃れた魔術師は口角を上げてほほえむ。


「てめぇ、いつの間に!?」

「当然、今ここで。私を痛めつけようとあなたは集中なさっていましたからね、これくらい簡単な芸当ですよ」


「くそが、ぐっ・・・!」

再びリーゼスにつかみかかろうとしたゴーマンだが、首輪が徐々に締まり始めていることに気づいた。


「なっ、クソっ!」

 思わず首輪に手を伸ばして再び電撃を受けると、リーゼスは笑った。

「ククク、まるで学習しませんねぇ?・・・さて、これでおわかりですね。あなたの主人が誰なのか」


「て、めぇ・・・」

 ゴーマンににらまれても、リーゼスは涼しい顔をしている。

「さぁどうしますか?もう二度と私に逆らわないと誓っていただけるなら、首輪をゆるめて差し上げますよ」


「誰が、ぐっ!」

抵抗するゴーマンだが、首はますます締まっていくばかりだ。


「強情ですねぇ、というか時分の立場を分かっているんですかね?」

 前髪ごしに、リーゼスの眼がギラっと光る。


「そもそも私が幻術で精霊を出してあげなければ、あなた方は牢にぶちこまれ処刑されてもおかしくなかったのですよ?」


「ぐ、あああああああっっっ!!」

 見えない腕に捕まれたかのように、ゴーマンの身体は首のところから吊り上げられた。

 

「命の恩人である私に対して、もう少し敬意というものを持っていただいても良いと思うのですがねぇ?」


「ぐっ、かっ・・・!」 

 涙と涎を垂れ流しながら苦しんでいるゴーマンを、嗜虐的な笑みを浮かべながら眺めていたリーゼスに、


「リーゼス様」

 女の声が届いた。


「どうした?」

 と応じた魔術師の傍に、フードを被った女がいつの間にか降り立っていた。


「精霊アウローラの所在が分かったようです」

「ほぅ」

 小さく応えながら、リーゼスはゴーマンを放り投げる。


 放物線を描いた勇者は、中庭に造られた池へと落ちた。

「うぇっっほっ!ゲェエッホッ!!」


「リーゼス様のお見立て通り、アウローラはレイクスという者と共に行動しています」

「やはりな」


「ゲェッホ、ガボボ!!助ゲロっ!俺ば泳げねぇんバボロロロ!!」

首輪が緩んだものの、溺れかかっているゴーマンを無視して二人は話し続ける。


 彼の声を聞きつけてやってきた使用人たちを見送りながら、リーゼスと従者の女はその場を去る。


 人どおりが絶える頃には、二人の頭には巨大な角が現れた。


「あの勇者がバカだったせいで少々予定が狂ったが、ようやく魔宮に良い報告ができそうだ!」

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