第7話 探索師、今後について作戦を考える
「う、うぅん・・・・・・」
鳥のさえずりが聞こえて、僕は目を覚ました。
「あれ?ここは!?」
いつもの小屋とはまるで違う光景に驚いてから「そっか、昨夜は・・・・・・」と思い出す。
隣を見ると、シーツにくるまったお姉ちゃんがスヤスヤと眠っていた。
どうやら、あの後は特に何事もなく一夜が過ぎていったみたいだ。
ほっと安堵する気持ちと、ほんの少し残念な気持ちが自分の中で交錯する。それにしても・・・・・・
「夢じゃ、なかったんだな」
勇者パーティから追放されたこと。
天界から命を狙われたこと。
そして、僕が聖剣の精霊アウローラ様の弟?になったこと。
朝の涼しい風が僕の頬を撫で、お姉ちゃんの綺麗な髪をそっと揺らすのを見たら、昨日の出来事を改めて実感できた。
お姉ちゃんの優しい寝顔を見ていると、胸の中に温かなものが流れ込んでくるような幸せな気持ちに成れる。
お姉ちゃんが僕のことを、僕の頑張りを認めてくれたこと本当に嬉しかった。
これまでも、精霊様が味方になってくれたら、と思うことは正直あった。
ゴーマンさんから罵られたり、無理を言われたりしたときとかね。
だから、本当に味方に、しかも僕だけの味方になってくれるなんて!
もちろん、今の状態は安定したものじゃない。
ゴーマンさんたちが気づいて、お姉ちゃんを探し出すのは時間の問題だ。
それまでにこちらも体勢を整えないと・・・・・・
そう思ったとき、ぐぅっと腹が鳴った。
「まずは、腹ごしらえをしないとな」
準備運動を兼ねた薪割りが終わっても、まだお姉ちゃんは夢の中にいるようだった。
昨日までなら、誰よりも早く起きて剣を振っていたのに。
街外れの草原で稽古に励むアウローラ様にご挨拶すると、うむ、と短く頷いて稽古に戻られる。
そんな凜々しい姿を見るのが僕の日課になっていたんだけど、今思えばあの稽古には、そういう”威厳のある精霊”ってイメージを保つ目的もあったのかな?
天幕を広げると、テントの中に光が差し込む。
まだ全然起きる気配がないお姉ちゃんを見て、なんだか僕は嬉しくなった。
だってきっと、僕の前では素の自分でいい、って思ってくれてるんだろうから。
「お姉ちゃん、朝ですよ」
そう言いながら何の気なしに近づくと、お姉ちゃんは形の良い鼻をピクっとさせて、
「・・・・・・レイくん?」
と小さく呟く。
次の瞬間、僕の眼前にはお姉ちゃんの手が迫っていた!
「ふぃっ!?」
我ながら奇妙な悲鳴を上げて、僕は間一髪その手から逃れた。
「ハァ、ハァ!」
尻餅をつきながら、僕は荒い息をつく。
お姉ちゃんは相変わらず眠ったままだ。
あ、危なかった!きっと捕まっていたらシーツの中に引きずり込まれてた!
「ていうか、今、お姉ちゃんの腕伸びなかった?」
そんなわけが・・・・・・いや、でも何かで読んだことがあるぞ?
確か、ヨーガっていう特別な修行によって腕を伸ばす能力を手に入れた者が大陸の東部にいる、とかなんとか。
「さすがお姉ちゃん!眠りながらでもそんな武技が使えるなんて、やっぱり一流の武人は違うなぁ!」
僕は思わず呟いた。
きっと夜襲してくる敵に備えてそういうスキルを身につけたんだろうね。
ともあれ、今後は寝ているお姉ちゃんには近づかないでおこう、と決意するのだった。
火を起こして湯を沸かすときも加護の力は役に立った。
なんせ、マッチ棒よりも小さな枝1本でドラム缶いっぱいの湯を沸かせるんだから、便利なものだよね!
近くの川で予め身体を洗うと、僕はドラム缶風呂に入ることにした。
「うーん、気持ち良いなぁ!」
ちゃんと湯につかるなんてどれくらいぶりだろう?
いつもなら薪がもったいないから、こんなことできないんだけど。
でも、お姉ちゃんと一緒に旅をするのに、僕が薄汚い格好のままでいるのは申し訳ないからね。
・・・・・・それにしても、さっきから誰かに見られているように思うのは、気のせいかな?
まさか、ギルモアの手の者がまだ潜んでいるの?
僕は急いで出ると、新しい服を着て、朝ご飯の準備に取りかかることにした。
調理道具を取りにテントに行くと、お姉ちゃんはもういなかった。
起きて顔でも洗いに行ったのかな?
ドラム缶風呂の近くに戻ると、お姉ちゃんが座っていた。
「あっ、おはよう!♡ レイくんっ♡」
お姉ちゃんはパッと顔を輝かせると、僕に抱きついた。
「お、おはようございます、お姉ちゃん・・・・・・」
ん?なんかちょっとお姉ちゃんの様子が変わってる?
いや、朝の光の中でお美しく輝いておられるのはいつも通りなんだけど、めっちゃ恍惚の表情で、満足そうに息をついているんだよね。朝からそんなに良いことあったのかな?
「あの、すみません、先にお風呂沸かして入っちゃったんですけど」
「うぅん、グッジョブよっ、レイくん!♡」
そういいながら、ぐりぐりと頭を撫でられる。
「私もさっきお風呂いただいたから!」
「えっ、そんな!言ってくれたらお湯取り替えたよ?」
僕の垢で汚れたお湯にお姉ちゃんを入れたりはしなかったのに!
「何言ってるのっ、そんなもったいないことできるわけないでしょっ!」
フンッと、鼻息をついたお姉ちゃんはなぜかケプっと可愛く息を吐いた。
「そう?」
まぁ、お姉ちゃんがそれで良かったならいいけど。
それにしても、あんな短時間でお風呂に入れるなんて、お姉ちゃんは入浴の達人なのかな?
朝食の用意をしていると、空から見たこともないような鳥が見えた。
羽ばたくたびに、虹色の光の粒が舞い散るその鳥は、お姉ちゃんが空に手を差し伸べると、そちらへとスッと降りてきた。
細い指の上で、鳥は細かくさえずり、お姉ちゃんは何度か頷きながらそれを聞いている。
長いまつげを伏せて真剣な表情で聞いている様子は、とても神々しく見える。
精霊界の三美人の一人と言われているのも、うなずけるなぁ。
と見とれていると、鳥はサッと光に溶けて消えていった。
「今のは、天界から?」
ときくと、お姉ちゃんは頷いた。
「えぇ、ウィンベル様から伝言をいただいたの」
「それで、なんと?」
「私がレイくんについていくことが天界で承認された、と」
良かった!と少しほっとする。
昨日のウィンベル様やお姉ちゃんの口ぶりから大丈夫だとは思っていたけど、正式に決まったんだね!
「まぁ、正確に言うなら、消極的に黙認ってところみたいね」
とお姉ちゃんは苦笑する。
「ギルモアみたいな私たちへの介入行動は認めない、ということだから、これ以上天からの邪魔は入らないけど逆に言えば、助けてももらえないということなの」
「昨日のように、ウィンベル様が仲裁をしてくださることも、今後は期待できないということですね」
「そのとおり。ゴーマンたちが追いかけてきて私を取り戻そうとしても、天はそれを止めない。どちらが真の勇者であるとか、そういうことも言わない。地上でのもめ事は地上で解決しろ、って方針なのよ」
「自分たちで解決する、となると、決闘ということになりますね」
どちらが本当の勇者なのか。
どちらが聖剣の精霊にふさわしい者なのか。
それをかけて、ゴーマンさんと戦うことになるんだろう。
「そうね、決闘での決め事は命よりも重い。一度決着が付けば、例えあいつらがゴネても、世の中はそれを許さない。一番有効な方法と言えるわね」
決闘・・・・・・そういうのは戦士や貴族のものだと思っていたけど、まさか自分がすることになるとはね。
思わず自分の手をじっと見ると、お姉ちゃんはぎゅっと抱きしめてくれた。
「大丈夫だよ、レイくんならもうしっかり強いからね。本番になれば私の加護はあげられないけど、今のレイくんでも、1対1なら絶対にアイツに負けないから!」
「お姉ちゃん・・・・・・」
僕が負ければ、お姉ちゃんはゴーマンさんの元に戻ることになる。
けれど、今の彼女はそんな不安を少しも感じていないように澄んだ瞳をしている。
どこまでも僕のことを信じてくれている。
だったら、それに真っ直ぐ答えなきゃ!僕だって男なんだ!
「不安なら、どこかのダンジョンでも攻略して経験値積んでみる?例えSランクダンジョンでも、今のキミなら半日とかからずに攻略できると思うよ」
「いえ、大丈夫です!」
と僕は首を振る。
「あと問題があるとすれば、僕のバックについてくれる人がいるかどうかですね・・・・・・」
「決闘にはルールがあって、必ず双方から決闘介添人を出す必要がある。『薔薇の鷹』にはナマクラン侯爵家が介添人を用意するだろうね」
「まぁ、精霊に逃げられた勇者パーティなんて、貴族からも見捨てられると思うけどね」
「そうなる可能性はあるよ。でも、そうじゃない可能性が高い」
「貴族というのは、メンツを重んじると聞いてる。せっかく雇った冒険者たちが勇者としての力を失っていたとしたら、雇用主である貴族も面目を失ってしまう」
「そのメンツを失ったまま貴族がだまっているはずがない。だから、勇者を全面的にバックアップして精霊を取り戻そうとするってことね」
「そう。もし精霊を取り戻すことができたなら、貴族にとっても名誉の回復が出来るからね」
「それで、こちらも介添人を用意しないといけないけど、慣習上、介添人は成人男性でないといけないんだ。だから僕の家族の誰かに頼むことはできない」
「だけど、貴族を敵に回してまで介添人を引き受ける、もしくは用意してくれるような人は周りにいない、ってことね?」
「もし、そんな人がいるとしたら、侯爵家と同等の貴族だ」
つまりどこかの侯爵様に認められる必要があるけど、貴族相手にそう簡単にお目通りは叶わない。
思いつく方法としては、冒険者ギルドに登録して、何か大きなクエストをこなして名を上げて、地元の有力者とのつながりを築いて、そこから侯爵様を紹介して貰う、みたいな感じかな?
結構な時間と手間がかかる方法だな・・・・・・
「まぁ、悩んでても仕方がないよ」
「そうだね、とにかく行動あるのみだ!」
そう決意したとき、
遠くのほうに土煙が上がるのが見えた。
一台の馬車が猛スピードで草原を駆けていく。
そしてその後ろを、馬にまたがった男たちが猛然と追いかけていく。
「あの馬車、追われてるのか!」
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