第6話 幕間 女神・ウィンベル視点

所変わって、ここは天上界。

小さな浮島の一つに、地上の様子を見るための観測所がある。



そこで今、女神ウィンベルが巨大なスコープを覗いていた。

天界でも指折りの美貌と気品を備えると言われるウィンベルだが、今はまるで子どものようにワクワクとした顔でレンズに目をくっつけている。



そこに一人の天使がやってきた。

「ウィンベル様!やはり、こちらにいらっしゃったんですね!」



天使は呆れたような表情で腰に手を当てると、

「お急ぎください、定例会議が始まりますよ!」

と声をかけた。



 しかし、ウィンベルは、

「ちょっと待ってて。こっちも仕事なの」

 と言った。



――仕事ですって?

 と思いながら天使は、観測所の中に入る。


 

 円形の部屋に据えられたスコープの傍には、大きなモニターが据えられている。

 天使はタッチパネルのように触って操作すると、モニターは低い音とともに起動して、映像が現れた。



「ちょっとぉ、勝手にのぞかないでよぉ」

 とウィンベルは口を尖らせる。

「地上をのぞき見してるあなたに言われたくないですよ!」

 天使は思わずツッコミを入れる。



 モニターには、地上のとある酒場の様子が映り、雑然としたフロアの音も聞こえてくる。

 若い冒険者の男と、彼に剣を突きつけられている少年。

 その男の顔に、天使は見覚えがあった。



「聖剣を抜いたという、例の勇者ですか・・・・・・そういえば、この男と契約している精霊・アウローラが、天界に異議を申し立てているそうですね」

 と天使は腕を組む。

 


「勇者を変更したいだなんて、すごいことを言いますよね!この天上界でも、それを認めるべきかどうか、意見が割れてますし」



「現場にいる精霊が、勇者不適格と言うならそれを尊重すべし」と、アウローラの上司であるウィンベルは考えていて、それに賛同する神も出てきているが、その一方で、あまりに前代未聞の事態に反発し、そのような勝手は許されない、と反対する神も少なくない。



 この天界を二分する騒動については、今のところ主神であるゼベルが判断を保留しているため、目立った動きは全くない。



 ただ、勇者たちの身辺について引き続き注視せよ、というお達しは出ていて、ウィンベルはその任を自ら引き受けている、と言いたいのだろう。



――まぁ、この人の場合、半分趣味でやってる気がするけど・・・・・・

 と内心、天使はため息をつく。

 

 以前から、この観測所に籠もって地上を眺めている女神の姿を、天使はたびたび目撃しているのだった。



「おや、でも、アウローラは勇者のほうを選ぶようですよ?」

 と天使はモニターを指さした。



 そこには、勝ち誇ったように笑う勇者と、うなだれて膝をつく少年が写っている。

 すると、女神は小さく首を振った。



「いえ、逆よ。確かに『真の勇者のために能力をつかえないのならば、この場を去らなければならない』とアウローラは言ったけど、それは彼女の決意表明よ」

「決意表明?」



「そうよ、真の勇者とは、彼女にとってあの少年のこと。そして彼のために力を使えないのなら、『自分は』この場を去らねばならない、そう言っているのよ」



「しかし、あの者たちは誰一人、そうとは思っていないようですね、精霊を囲んで宴を再開したようです」



 天使の言うとおり、喧噪はすぐに戻って、アウローラはゴーマンの隣に座らされている。

 二人が並んでいる様子を見て、天使はため息をつく。



「うーん、あの勇者も顔だけなら、アウローラと釣り合いがとれそうですけどねぇ」

 伝え聞く話によれば、確かにあのゴーマンという男は性格に難があるようだが、かなりの美形ではあるから、アウローラとお似合いに見えなくもない。



「そうねぇ、でも、私としてはあのレイクスって子もなかなか悪くないと思うのよねぇ」

「え?」



 女神はレイクスにスコープを合わせたらしく、モニターにも、肩を落として歩き去って行く少年の姿が映っている。



「あぁ、あんなにボロボロになって!それでも、必死に前を向いて生きていこうとする小さな背中っ!なんだか胸がキュンとしてこない?」



 女神のうっとりとした声に、

「は、はぁ・・・・・・」

 と天使は言葉を濁す。



ーーそれっていわゆる「可哀想なのが可愛い」的なことでは?

 ウィンベルは優秀で有能、目下の者に対する目配りも良いと評判は良いが、ちょっと性癖がゆがんでいるのが珠に傷、と天使は密かに思っていた。



「お、ついに動き出すみたいね」

 と女神が声を弾ませる。



 モニターを見ると、アウローラはゴーマンを見つめながら、自分を一度天界に帰らせて欲しいと言っているようだ。



「晩餐会に着るためのドレスを取りに行きたい」というアウローラの言葉に天使は唖然とした。



「え?これって、勇者ゴーマンと踊りたい、って意味ですよね?」

「あらそうかしら?」

「いや、そうでしょ!どういうことですか?」



 アウローラは勇者を嫌っているはずなのに、これではまるであべこべではないか?

「別に、アウローラは『嘘は』ついてないわよ」

 と女神は事もなげに話す。



「確かに『アウローラは私からもらったドレスを着て晩餐会に参加して、舞踏会では大切な人と踊りたい』と思って、そう発言したわ。でもよく考えて?別に、ナマクラン侯爵家で開かれる晩餐会で着たいとは言ってないし、『大切な人』が誰なのかアウローラは言っていない。天界に行くという言葉だって、いつ行っていつ帰ってくるかハッキリさせてない」



「それを、ゴーマンのほうが勝手に解釈して舞い上がっているだけだ、と?」

 天使の問いに、ウィンベルはフフッと悪戯っぽく笑うだけだ。



 呆れた、と言わんばかりに首を振る天使に、

「天使であるあなたには意地悪に見えるかもね。でも、大切な人のためならこれくらいの駆け引きは当然だし、それに――」

 と女神は小さく息をつく。



「それに、あのゴーマンにしたって今までどれほどの女性をたらし込んでは捨ててきたことか!だまされて捨てられ、心を病んで命を絶ちかけた者もいるくらいよ?そんなクズに私の可愛いアウローラを任せられやしないわ」



「それで、あの少年の元に行かせるのですか?彼なら大丈夫だと?」

 ウィンベルは「もちろん」と即答する。



「まぁ、ひいき目があることは否定しないわ。アウローラったら、私に会うごとにあの少年の、レイクスのことばかり話すんですもの。彼の影働きがどれほど優れているか、家族への仕送りのためにどれほど切り詰めているか、徹夜で思わず眠り込んでしまった彼の寝顔がどんなに愛おしかったかを」



「だから、こうやって見ていると私もなんだか目を離せなくなってくるのよねぇ!けなげでひたむきで――」



 ほぅっと甘い吐息をついた女神の様子に、天使は思わず

「ちょっと、ウィンベル様?」

 と咎める。



「フフッ、冗談よ。私だって、妹分のオトコに手を出したりしないわ」

 ウィンベルはクスクスと笑いながらスコープから目を離す。



「聖剣の精霊に任じられてから500年もの間、アウローラはずっと孤独の中で眠ってきた。そんなあの子が会えた「初めての人」なんだから、邪魔なんてしないわ」

 そう言いながら女神は愛しげにモニターを見つめる。


 そこには、思いの丈を伝え合って抱き合うアウローラとレイクスの姿があった。

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