第5話 一方、勇者は・・・・・・

 さて、こうしてただの探索師であったレイクスは、聖剣の精霊アウローラとともに旅をすることになったのだが、果たしてアウローラはどのようにして、勇者ゴーマンの元を抜け出し、レイクスの元へと走ることができたのか。

 それを知るには、少し時間を遡ることになる・・・・・・



 ここは勇者たちがたむろする酒場。

 勇者たちは、レイクスを追い出した後も変わらず宴を続けていた。



「ヘッ、あのクソガキを追い出せて清々したぜ!」

 と勇者ゴーマンが笑うと、仲間たちも同調した。



「ほんとほんと!何の能力もない子どものくせして、いっぱしの口利こうとするんだもの!むかつくったらなかったのよぉ!」

 魔術師のタカビィはそう言いながらグラスを飲み干す。



「そうだな、思い上がっている者にはしっかりと現実を見せるのも、大人の責務というものだ」

 盾戦士のワルヨイはしきりに頷く。



「あの程度の探索師ならいくらでも雇えるもんねー」

 と言いながら、治癒術士のイビータはメイク直しに余念がない。



 その中心には、精霊アウローラがいる。

 レイクスを追い出した後、ゴーマンによって再び呼び出された彼女は、彼のそばで酒席に付き合わされていた。



「お前はどうだ?アウローラ?」

 話を振ってきたゴーマンに、アウローラは静かに答える。

「これで良かったと思う。この場所にあの者はふさわしくない」



 その答えにゴーマンは満足そうな笑みを浮かべる。

ーーそうだ、俺が、俺こそが正しい!こいつもようやく、それを理解したってことだ!


 そして、コイツにとっても、俺だけが居れば良い、ということだ・・・・・・



 ゴーマンはこのところ、レイクスを煩わしい存在と考えていた。

 それは、レイクスが役立たずであるから、というだけの理由ではなかった。

 ゴーマンには、アウローラがいやにレイクスの肩をもつように感じられたのだ。



 ダンジョン攻略においてレイクスの臆病っぷりが酷い、そのうえ補給や休憩にいろいろ口出しをしてウザいとゴーマンたちは考えていたが、そのことを話してもアウローラは「用心するに越したことはない』と、どこかレイクスに同調するようなことが何度かあったのだ。



――だが、まぁいい。あの女も最後にはこの俺様を選んだのだからな!当然のことさ、俺が一番判断力でも行動力でも優れているんだ、イビータの言うとおり、最初からクソガキが俺たちに意見する余地なんてなかったんだ!


 

 ゴーマンのその感情は間違いなく嫉妬であった。

 だが、ゴーマン自身は自分がレイクスに嫉妬を抱いていることを自覚していなかったし、指摘されても認めようとはしなかっただろう。



「それより、大丈夫か?明日は王都に向けて出発しなければならないのだろう?」

 とアウローラが言うと、ゴーマンは鷹揚に手を振った。

「早く寝た方がいいってか?心配すんな、ナマクラン侯爵家からの迎えの馬車は、午後でないと来ねぇよ」



 ナマクラン侯爵家。

 ゴーマンたちは、王国屈指の武門貴族として知られるこの家の家来になることが内定している。



 現在、この世界では5年後に魔王が復活すると予言され、王国を中心とした大陸同盟では、魔王討伐軍が編成されつつある。

 その司令官をナマクラン侯爵が務め、ゴーマンたちはその補佐役としてスカウトされた。



――つまり、俺たちは勇者一行として正式に認められたってわけだ!

 明日の午後、侯爵家からの迎えの馬車が到着する。

 ゴーマンたちはそれに乗って王都に行き、侯爵家の屋敷で臣下として認められる。



――これで俺たちは、成り上がれる!

 思えば長かった、とゴーマンは過去に思いを馳せた。



 幼なじみ4人でパーティを組んで冒険者デビューしたのが2年前。

 レイクスを雇い、しばらくはB級ランクパーティとして活動していたが、転機が訪れたのは半年前のこと。

 たまたま訪れた聖なる洞窟で聖剣を抜いたことで、ゴーマンたちの名声は一気に高まった。



 しかし王国は、直ぐにはゴーマンを勇者として認めず『国内各地の高難度ダンジョンを攻略して実力を示せ』と言ってきた。

「聖剣を手に入れたんだからそれでいいじゃねぇか!?」とゴーマンは不満に思ったが、命令とあれば従うしかなかった。



 だがしかし、ついに自分たちの実績が認められる時が来たのだ!とゴーマンは充実感に浸っていた。



 祝い酒だと言って、酒を接ごうとするゴーマンを、やんわりと制止しながら、アウローラはこう切り出した。

「すまぬが、ゴーマン。お前に頼みがある」



「っ!?」

 ゴーマンは思わず杯を落としそうになった。

 アウローラが自分に頼み事など、したことがなかったからだ。



「な、なんだ?」

 珍しく緊張するゴーマンを真剣な顔で見つめながら、アウローラは言った。

「少し私に時間をくれないか?天界に用事があるのだ」



「天界に?」

「あぁ。取りに行きたいものがあってな」

「ほぉ?」

 それはなんだ?と問いたげな視線を投げると、アウローラは目を逸らすようにうつむき、



「ドレス、を取ってきたいのだ」

 とためらいがちに言った。



「あ?」

 凜々しい武人の口からこぼれた意外な言葉に、ゴーマンはあっけにとられていた。


「ウィンベル様からいただいた特別なドレスがある、のだ。それを着たい、と思って・・・・・・」

 急にたどたどしく話すアウローラ。



――し、信じられねぇ、あのアウローラが・・・・・・!?

 と思いながら、ゴーマンはフッと笑みを漏らした。



「侯爵様との謁見式で着たいってのか?別にいつもの鎧姿でいいと思うぜ?ってか、そっちのほうが聖剣の精霊らしい――」

「いや、そうではない!その・・・・・・晩餐会とか、ぶ、舞踏会とかあるだろう?そんなところに甲冑でなど・・・・・・」



「おい、アウローラ、お前っ・・・・・・!」

 まさか、と思いながら、ゴーマンの胸の中には期待が膨らんでいた。

――もしかして、こいつは俺と・・・・・・!?



「私だって、大切な人と踊るときには、それに値するだけの身なりでいたいのだ」

 そう言って真剣な目で見つめてくる精霊を見て、ゴーマンは



ーーき、キタアアアアアアアアアアアアアッッアアアアアアッッ!!!

 一瞬、頭が真っ白になるほど感情が頂点に達した。



「ハッ、ハハ、お前それって――」

「皆まで言うな、恥ずかしい」

 と仏頂面で視線を逸らすアウローラを見ながら、



「ッハーハッハッハッハッハッハァァ!!」

 ゴーマンは店中に響くような声で笑った。

 何事かと驚く仲間や客たちをよそに、勇者は何度もガッツポーズをした。



――ついにっ、ついに、アウローラが俺のモノになった、なったぞぉ!!

 しびれるような快感に酔いしれながら、ゴーマンは腕を組み、



「いいぜ、行ってこいよ、天界に!」

 と叫んだ。



「そうか、感謝する。ただ、天界で少々手続きが必要でな。地上に戻るまで1週間ほどかかってしまう。お前としては少しでも早く私に会いたいだろうが――」


「あぁ、構わねぇよ!1週間といやぁ、ちょうど俺たちも王都に着く頃だ。それまで楽しみにしてるぜっ!!」



「それと、その間”聖剣”を使っての意思疎通もできなくなる。だから剣を抜いて私に呼びかけても無駄――」


「あぁ、分かってるって!王都に着くまで抜きゃしねぇから!」

 とゴーマンが鷹揚に手を振ると、アウローラはホッと息をつき、


 

「頼んだぞ」

 無表情で呟くと、光になってサッといなくなってしまった。



「おい、リーダー!聖剣からアウローラ様のお名前が・・・・・・!」

 とワルヨイが叫ぶ。



 聖剣のステータス表示に銀色で表示されていたアウローラの名前から光が消えて、灰色の表示になるのを、ゴーマンは笑って眺めている。



「大丈夫だ、気にするな!フッ、次に会うときには俺の花嫁になっているんだ、最後の”実家”くらいゆっくり過ごせてやろうじゃねぇか!」



 そう言ってゴーマンは高らかに笑う。

「だーっはっはっはっはっは!サイコーだっ、最高の夜じゃねぇか!」



 そして、実際そのとおり、この夜がゴーマンの人生最高の瞬間であり、このあとは転げ落ちていくばかりなのであるが、彼自身がそれを知ることになるのはもう少し先のことである。

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