夕暮れの国-6 旅路の果てに

 タイリク横断列車がどんどん小さくなり、やがて見えなくなった。


 降り立った夕暮れの18番駅は、小さな無人駅だった。

 心細さを振り払うように、ボクは深呼吸をひとつした。

 夕陽に染まった粗末な駅舎が目の前に建っている。

 小声で「ヨシッ」と自分に気合を入れ、改札の外へ一歩踏み出した。


 町と呼ぶのがはばかれるほどのとても小さな町だった。

 駅前に三軒ほどの建物があるだけだ。店らしきものもなく、人が住んでいるかどうかも怪しい。人影は全く見当たらない。

 まるでゴーストタウンのようだ。建物の扉や窓は総て閉められ、丸まった枯れ草が風に転がっていった。

 淋しい駅で降りちゃったなと、後悔の気持ちが頭をよぎる。


 さてどうすればいいんだろう、どこに向かえばいいんだろう。誰かに尋ねようにも、人っ子一人いない。

 たった一人の不安な気持ちを、ありったけの勇気をかき集めて必死で押さえ、足を踏み出す。

 しかし体は正直だ。不安な気持ちが両足から力を奪う。膝に力が入っていないのが自分でもわかる。

 数軒あった建物を通り過ぎると、すぐに赤土の荒野が広がった。

 所々わずかな草木を生やしただけの大地がどこまでも続く。夕景の寂しげな荒野が延々と広がっている。


(ボクは歩みを止めない)

(とにかく前に進まないと何も始まらない)


 心細さと戦いながら、自分にそう言い聞かせて足を前に進める。


 どれぐらい歩いただろう。しばらく歩くと視界が徐々に黄色くなってきた。黄色いモヤが立ち込めてきた。

 気づけば足元の道が石畳に変わっていた。


 黄色いモヤに石畳の道……


 あっ、これ!

 いつかの!


 そう思ったと同時に、地鳴りのような音が後ろから聞こえ始めた。

 地面が小刻みに震え、足元の石畳がカタカタと音を立てだした。


 なに?地震?


 地面から伝わる震動は徐々に大きくなり、振り返って遠くに目をやると、煙りのようなものが上がっているのが見えた。

 しかし黄色いモヤのせいで、その煙りが何なのかがわからなかった。


 大地の揺れが更に大きくなる。足から伝わる震動で上半身もガタガタと震え、じっと立っていられない。

 遠くの煙りが段々と近づいてくるにつれ、やっとそれが何かがわかった。


 大変だ!!

 地面が崩れ落ちている!


 遠くの方から大地が崩れ、地の底にガラガラと落ちていっているじゃないか!

 煙りのように見えたのは、崩れた大地が巻き上げている土煙だ。


 ボクは懸命に走り出した。

 大地の崩壊がどんどんと近づいてくる。

 追いつかれないよう懸命に走る。

 とてつもない轟音が後ろから迫ってくる。

 もう振り返って確かめる余裕もない。

 足元の石畳にも大きなひび割れが走った。

 石が崩れ落ちるガラガラという音がすぐ間近に迫ってきた。


 ああ、もうダメだ。

 落ちてしまう……


 足が浮いた。


 落ちる!


 ボクの伸ばした手は宙をつかみ、思わず目をつむった。


 ダメだ!

 落ちていく!



 あーーーーーーっ!!





 頭を抱えてしゃがみ込んでいた。


 さっきまでの轟音が消えている。

 ボクは目を開けてヨロヨロと立ち上がった。


 ここは……


 言葉を失って、ただその場に立ち尽すしかなかった。


 見慣れた光景がそこにあった。

 古びた青いスチールのベンチがあるバス停。明かりが点いたコーラの自販機。いつもの場所にたたずむポスト。右には葉を落としたプラタナスの並木道。

 懐かしささえ感じる夜の三叉路にボクは立っていた。


 えっ、

 戻って来た?

 戻って来たの?


 停車したバスから降りてきた人たちが、目の前を足早に歩いていく。


「発車します。ご注意ください」


 バスの案内音声が聞こえた。

 動き出したバスの後を追いかけるようにして、ピザ屋のバイクが走り抜けていった。


 戻ってきたんだ!

 元の世界に戻ってきた!

 ボクは元の世界に戻ってきたんだ!


 なんで?

 どうやって?


 訳がわからないが元の世界に戻ってきていた。

 だけどそんなことはどうだっていい。

 ボクは一目散に左の道を家に向かって走り出していた。


 何ヵ月経っただろう。

 何て説明すればいい?

 すごい所に行ってきたよ。

 多分、誰も行ったことがない、すごい世界を見てきたよ。

 でも絶対に誰も信じてくれないだろうな。

 誰が信じるもんか。

 ボク自身が我が身に起こった出来事が信じられないんだから。


 三年のクラス替えはどうなっただろう。

 一回目の進路希望調査はもう終わっただろうな。

 今から三年に編入できるのかな。

 中学で留年なんて絶対イヤだ。最悪だ。

 でももうすぐ家族に会える。

 皆にも会える。


 次から次へといろんなことが頭に渦巻いて、息を切らしながら家の玄関のドアを勢いよく開けた。


「たっ、ただいまっ!」


 間違いない、我が家の玄関だ。

 父さんが物産展で買ってきたシーサーの置物、母さんが育ててる観葉植物の鉢植え、紐のほどけた弟のスニーカー。


 帰ってきた。

 ボクの家に帰ってきた。

 なつかしい……

 自然と涙が込み上げてきた。



「タカシ?」


 エプロン姿の母さんが出てきた。


 母さん、母さん、会いたかったよ。

 久しぶりに母さんの顔を見て、涙がこぼれそうになる。

 言葉が出てこない。


 母さん、なんて言えばいい?

 ボク、ボク、本当に……


「あんた、何時だと思ってんの!」


 ?


「どこ寄り道してたのよ。もう七時でしょ。遅くなるんならちゃんと連絡しなさい!」


 母さんは直ぐにキッチンに引っ込んでいった。



 え?



 想像した涙の再会シーンと違う。


 どういうこと?

 やっと久しぶりに帰宅したというのに、今の母さんの態度はなに?

 え?え?なに?

 どういうこと?


 訳がわからず、二階の自分の部屋へ階段をかけ上がった。

 机の上はあの日の朝のままだった。

 図書室で借りた宮沢賢治の本と、作りかけの対戦ロボのプラモデル。

 本棚に置いた水槽の中で、カメキチがゴソゴソ動いている。

 二段ベッドに寝転んでマンガを読んでた弟も、ボクの姿に驚くでもなく、ぼそっと「おかえり」とこっちも見ずに言った。


「ご飯できたわよ。タカシが言ったから今日はカレーにしたわよー」


 下から母さんの声が聞こえ、弟が先に降りていった。


「タカシも早く着替えて降りて来なさーい。あとお弁当箱早く出して。浸けとかないとご飯粒落ちないんだから」


 母さんと弟の態度が理解できない。

 ボクはキツネにつままれた気分だった。


 階下からカレーの匂いが漂っていた。





次回、いよいよ最終話

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