夜の国-3 消えてしまう
「あー間に合ったー」
通信屋と名乗った男と入れ替わるように乗り込んできたのは若い男だった。
ギターケースとボストンバッグを肩に担ぎ、頭にはカナリアのような真っ黄色の羽毛がびっしりと生えている。抱えていたギターケースを大切そうに上の網棚に乗せた。
ガマガエルに馬の脚、次はカナリアか。次から次へといろんなのが出てくるな。もうそれぐらいではボクは驚かなくなっていた。
「車掌さーん、夜の7番まで」
「はいはい、承知しました。今日も精が出ますね」
「いやー、さっき終わったばかりでさあ、急いで走ってなんとか間に合ったよ」
「それは良うございました」
「今日はかけもちなんだ」
「この後はどちらの会場へ?」
「セブンスヘブン。いつもやってるライブ小屋だよ」
「左様ですか。わたくしも久しぶりにお聴かせいただきたいものですな。次の非番の時にでもまた行きましょうかね」
「うん、是非また来てよ」
ガマガエルが小脇に挟んでいた黒革の手帳に何やら書き込んだ。どうやら二人は顔見知りのようだ。
二人のやり取りを聞いていたボクに向かって、ガマガエルがこう言った。
「わたくしはタイリク横断列車の車掌で、〝あまたの旅の記録係〟でございます。総ての方のワカンナと行き先をこの手帳に書き記します」
胸を張った姿が誇らし気だ。
「乗客全員の分を記録するんですか?」
「はい、全員分」
「大変ですね」
「そんなに大変でもないですがね」
「何のために記録してるんですか?」
「この列車はお乗りになった方々のワカンナを燃やして進むんです。手帳に書かせてもらったページを炉にくべて」
ガマガエルは口をへの字にし、手帳のページをちぎって前に差し出すようなポーズを見せた。
「ワカンナを燃やす?」
「左様です」
「石炭とかじゃなくて?」
「はい。いいワカンナは良く燃えますよ」
「誰がそんなもの作ったの?」
「そりゃあ大王さまに決まってるじゃないですか」
「大王さま?」
誰、それ。
「タイリクの総てを司るお方です」
つかさどる?って。
「タイリクの四つの国が平和に過ごせるよう、総ての決まりごとをお決めになっておられます。この列車の運行も何もかも」
総てを一人で決めてるって、大王さまってそんなにすごい人なのか。
「ですから、あなた様のようにワカンナが決まってないお方は困るんです」
「困るって何が?」
「記録できませんので」
「記録できませんって、記録しないとどうなるの?」
「はい、消えてしまいます」
え、、、
今なんて言った?
「消えてしまうんです」
ガマガエルが当然のことのように、落ち着いた声できっぱりと言った。
「消える……って……」
予想もしない言葉にボクは固まった。
「消えるんです。この世から。いなかったことになります」
いなかったことって、そんな。
ボクは言葉を返せずにいた。
ガマガエルが話を続ける。
「あなた様がお乗りになったのがゼロの駅。列車は四つの国を横断したら、またゼロの駅に戻るんです。つながってますからね。
そこで総てが一度リセットされるんです。リセットする時に消えてしまいます」
リセットって、ゲームじゃないんだから。
なんで消されてしまうのよ。
「ワカンナを決めない者は生きる価値がないという、大王さまのお考えです。
言っておきますが、ワカンナを決めないまま勝手に降りたり、申告駅と違う駅で降りたりしてはいけませんよ。ちゃんと正しくご乗車くださいましね。不正乗車をいたしますと、改札を出た時点でこれまた消えてしまいますから」
不正乗車って、ボク、そもそも乗りたかったわけじゃないんだよ。
「ボク、乗りたくて乗ったんじゃないんです。乗せられちゃったというか、なんというか……さっき降りた通信屋さんにぶつかって、その……」
「そう言われましても、乗り合わせてしまった以上、ワカンナをお決めにならないと、この列車から降りることはできません」
「降りれないって、そんなバカな」
「バカと言われましても、こればかりはわたくしの力ではどうしようもできません。大王さまがお決めになったタイリクの決まりごとです。ハイ」
何が決まりごとだよ。
その大王さまって一体何考えてるんだよ。
そんなの無茶苦茶だよ。
「ワカンナをお決めにならないと……」
ガマガエルはボクの顔をのぞき込み、閉じた右手の指先を上に向けてポンと開いた。
消えてしまう、、、
「おわかりになりましたか。決まり次第教えてくださいませ」
「そ、そんなあ……」
急にそんなこと言われても……
えー。
ボクは困って、横でやり取りを聞いていたカナリア男を見た。
「オイラかい?オイラは〝夢追い人〟の歌うたいさ。車掌さんオイラのこと覚えてくれてるから、さっき名乗らなかったけど」
笑顔でそう言った。
「夢追い人?歌うたい?」
「そうさ。夢は追いかければ必ず叶うんだ。だから今もずっと追いかけ続けてるのさ」
夢は叶うって……またすごいこと言ってるな。本当に?
「歌を歌ってるんですか?歌手?」
「うん、自分で作ってもいるよ」
シンガーソングライター?
「君はまだワカンナを決めてないの?」
「はー、そうみたいです……」
「そっか。じゃあ早く決めないといけないね。オイラに何かできることがあったら言ってよ。手伝うから」
カナリア男は少し心配そうな表情を見せ、ガマガエルと顔を見合わせた。
「消えるのはイヤでございましょ?」
そう言い残し、ガマガエルは隣の車両に歩いていった。
ワカンナ……
何者……
消えてしまう……
って、ボクどうしたらいいの。
この世から消えてしまうと聞いて、一気に恐怖心が押し寄せてきた。
ど、どうしよう。
ど……どうしよう……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます