夜の国-4 夢追い人
ガマガエルが車両から出ていくと、夢追い人と名乗ったカナリア男は、バッグからサンドイッチを出して食べ始めた。
細長パンに太いソーセージと野菜がはさんである。
それを見たらお腹が鳴った。
お昼に母さんの作ったお弁当を食べたきりだった。
「いやー全然食事の時間なくってさ。やっと食べれるよ」
ボクの視線に気づいてカナリア男が言った。
「どうしたの?君もお腹すいたの?」
「あ、はい」
「5番駅まで行けば何か買えるよ」
「5番駅?」
「お金持ってる?持ってないの?」
お金?
あ、そうだ。
ノートと消しゴム買うからって、今朝母さんに五百円もらったんだ。
確かここに入れた。
通学カバンのチャックに手を突っ込んで、五百円玉を取り出した。
「何それ?」
カナリア男が不思議そうな顔でボクの手元をのぞきこむ。
「え、五百円です」
「君、ひょっとしてあっち側の人?」
「はい、どうやらそうみたいです。よくわかんないですけど」
「そうか、大丈夫だよ。5番駅には両替所もあったはずだから」
「両替所、ですか」
「うん。タイリクには四つの国があるからね。それぞれ使ってるお金が違うんだ。夜の国の通貨はどこでも使えるから、それに替えた方が便利だよ。ちょっと重いけどね」
なんだかこのカナリア男は親切そうだ。
明るい笑顔でいろいろ教えてくれる。不安な気持ちが少し和らぐ。
「これも両替できますか?」
「さあ、大丈夫じゃないかな。両替所で聞いてみてよ」
「は、はい」
カナリア男は二つめのサンドイッチをパクついた。
また、お腹が鳴った。
「オイラのワカンナは夢追い人。ずっと小さな頃から夢を追いかけようと決めたんだ」
ボクが聞かずともカナリア男が話を続ける。夢追い人って、なんだかかっこいいな。
「ワカンナは自分で決めたんですか?」
「そりゃそうだよ。自分で決めなきゃ誰が決めるの」
そ、そうか。
「君の人生は君が決めなきゃ」
「は、はい」
自分の人生は自分が決める。そりゃ、そうだよね。
でもまだそんなこと考えてこなかった。
進路希望もまだ決めてないのに……
「オイラ今はこうして一人でやってるけど、最初はもう一人の相棒と音楽を始めたんだ」
「相棒?」
「うん。一緒に始めたんだけどね、やっていくうちにお互いやりたい音楽が違うことに気づいてさ」
方向性の違いってやつだ。
「それで別々でやっていこうって話し合って決めた。ケンカ別れしたわけじゃないよ。今だって仲良いし、はは」
この人は笑顔がいいな。
「相棒はそっから猛練習してさ、今じゃタイリクいちのギター弾きさ」
「タイリクいちのギター弾き?」
「ワカンナは〝大地を揺るがす奏での雷神〟さ。エレキギターでタイリクいちデカい音を出すから、誰かが雷神って呼び始めたんだよ。夜の国で野外演奏してて、隣の朝の国から『うるさい』って苦情がきたくらいさ。笑っちゃうだろ。
本人もその〝雷神〟がえらく気に入っちゃってね。今じゃ自分でそう名乗ってる。四つの国を飛び回ってるよ。だからなかなか会えないのがちょっと寂しいね。またご飯でも一緒に食べたいよ。頑張ってるよな、あいつ。オイラも負けてらんないな」
へーどんだけ大きな音出すんだろ。耳痛くならないのかな。
「すごいだろ、オイラの元相棒」
そう言って笑ったカナリア男の顔は自慢気で、友達のことを照れもせずに誇れる関係が、素直に素敵だなとボクは思った。
「今日はこれから夜の7番駅のライブハウスでコンサートなんだ。いつもよくやってる場所なんだけどね。
大きな会場から小さなライブ小屋まで、呼んでくれたらどこへでも行くよ」
カナリア男が話し続ける。
「いろんな所を回ってるんですか」
「先月は昼の国で横断ツアーをやったよ。いろんな人が大勢来てくれて楽しかったあ」
「忙しいんですね」
「うん、おかげさまでね。オイラ、歌うことが好きだからさ。歌さえ歌えればいいんだよ。
物心ついた時には将来歌うたいになるって決めてたかな」
ボクは将来何になりたかったんだろう。
幼稚園の頃はバスの運転手さんって言ってたような気がするけど、今は何になりたいって特にない。
「人前で歌うって、めちゃくちゃ気持ちいいんだぜ。聞いてくれてる皆がハッピーな顔をしてくれたら、これ以上の幸せはないって思えるんだ」
ハッピー、幸せ、か。
「夢は追いかければ叶うんだよ」
「夢は、叶う?」
「そうさ、夢は必ず叶うんだよ」
カナリア男の顔は太陽のように飛びっきり明るくてまぶしかった。
ボクには自分の夢がなんなのかがわからなかった。
ガマガエルが戻ってきた。片手に抱えたゆで玉子を殻ごとムシャムシャと頬張っている。
「あなた様は初めてのご乗車ですので、運行に関してご説明しておきます。
タイリク横断列車は5番、10番など5と0のつく駅で長めの停車をいたします。飲食のお求めなどにご利用ください。車内販売はございません。
停車時間はわたくしがワライドリの玉子を十個ゆでる時間。出発の合図に汽笛をまず一度鳴らし、その後しばらくして汽笛を二度鳴らしますので、お乗り遅れがありませんよう。
当列車は時間厳守がモットーでございます。くれぐれも定時運行にご協力くださいませ。
はい?停車時間?鍋が小さいもので、十個はそれなりに時間はかかります。
は?それなりはそれなりです。
痛てててて、さっき口の中火傷しちゃいましてね。本当は殻むいた方が好きなんですけども。
えへん、失礼しました。
乗り遅れますと次の列車をお待ちいただくしか仕方ありません。列車の運行に関しては総て大王さまがお決めになっております。
ちなみに次の列車は夜の国時間で、青い月が三度昇った後と発表されております」
大王さまとか青い月だとか、いったい何?全然意味がわかんない。
「はい?両替所ですか。主な停車駅には必ずございます。改札近くの赤テントの屋根が目印なので、すぐおわかりになるでしょう。あとは何か?」
ガマガエルがボクを見た。
「えーと、えー、あー、あ、五……」
いろいろわからない事だらけだけど、五百円玉が両替できるかを聞こうとした時、
「ちょっと、車掌さーん、こっちお願いしまーす」
向こうの席から声がかかった。
「はいはい、只今参りまーす。あー忙しい忙しい。間もなく夜の5番駅に到着いたしまーす。
あー痛たたた」
ガマガエルは口元を押さえながら、呼ばれた向こうの席へ行ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます