夜の国-5 石ころ五つ

 列車が夜の5番駅に到着した。

 カナリア男はお腹がいっぱいになったのか、腕組みして居眠りをしている。

 ボクは少し不安に思ったが、初めて列車から降りてみることにした。


 ホームに降り立つと、ガマガエルに教えられた通り、赤テントがすぐに目についた。

 天秤ばかりの絵が描かれた看板がランプに照らされている。あれが両替所だろう。

 ホームや駅舎の中にはいろんな店が並んでいた。

 大鍋で煮込んだ肉のようなものをご飯に盛りつけている店、白い湯気を立てた饅頭売りのようなワゴン、色とりどりの果物を並べた屋台。

 どこからともなく良い匂いも漂ってきて、列車から降りてきた人たちがいろいろ買い求めている。

 見上げると今にも降ってきそうな満天の星が、群青色の夜空に広がっていて、驚いたことに月が二つ出ていた。

 今にも転がり落ちそうな真ん丸の青い月と赤い月が、右と左に離れて浮かんでいる。

 ボクはもの珍しさに夢中になってあちこち覗いて回り、あやうく両替することを忘れるところだった。


 そうだ。この五百円を使えるようにしなくちゃ。

 ボクは急いでさっきの両替所に戻った。



 え、今度は虫?


 両替所の中に入ると格子窓があり、その向こうに人ぐらいの大きさの虫が二匹並んで座っていた。

 頭から背中一面が光沢のある緑色で、天井からぶら下がった裸電球の光の具合で、金色や赤色にテラテラと輝いている。


 コガネムシ?


 虫の表情はわかりづらく、背格好も同じなので二匹とも全く同じに見える。見分けがつかない。

 触覚をしきりに動かしながら、訳のわからない言葉で何やら二匹でおしゃべりしてる。


「コガコガ」

「ネガネガ」

「コガコガ」

「ネガネガ」


 そう聞こえた。

 窓口に近づくと二匹は会話をやめてボクを見た。

「りょ、両替お願いします」

 ボクは五百円玉を窓口に置いてみた。

 左側のコガネムシがその五百円玉を黙って手に取り、何度か裏表をひっくり返したり、裸電球に近づけたりして、しげしげと調べるように見た後、右側のコガネムシに何やら話し掛けた。


「コガネムシワ?」

「カネモチダ」

「カネグラタテタ?」

「クラタテタ」

「アメヤデミズアメ?」

「カッテキタ!」


 二匹の会話の意味は全くわからなかったが、ボクの耳には確かにそう聞こえた。

 左側のコガネムシが引き出しから何かを取り出すとボクの前に置いた。

 ゴロゴロっと音がした。

 テニスボールぐらいの大きさの黒くて丸い石ころが五つ。所々でこぼこしている。


 ?


 ボクは固まってコガネムシの顔を見たが、その小さな黒い目は一体どこを見ているかわからない。

 小首を傾げて何か言いたげだ。


 ……?


 ボクが黙って立ったままでいると、コガネムシは何してるんだと言わんばかりに、指先で机を三度叩いた。

「ちょっと、早くしてくれる?」

 後ろから女の人の声がした。

「あ、すいません」

 ボクは急き立てられるようにしてその黒い石を両手で抱え、後ろのベンチまで運んで一旦そこに置いた。


 五百円がこんな石ころ五つになった。

 これがお金?

 騙されたんじゃないのか。

 心配になったが、後ろに並んでた女の人も同じような石ころを抱えて出て行った。


 これがこの国のお金か。

 運びにくいな。どうしよう。

 通学カバンを開けて中に入れようとしたが入りきらない。

 仕方なく空の弁当箱を出して石ころを入れてみると、なんとか五つ収まった。

 カバンを肩から提げてみる。


 重っ。


 その時、長い汽笛の音が一度響いた。

 出発の合図だ。何か買って列車に戻らなくちゃ。


 急いでさっき見つけておいた果物屋に寄った。

 虹色のカボチャのような形をしたもの。緑色に発光している細長いもの。真っ白の粒々が房のようになったもの。

 屋台の上には見たこともない様々な色や形の果物が並んでいる。


「やすいで、うまいでー。採れたてぴっちぴちのフルーツいらんかー。やすいで、うまいでー」

 つるぴか頭に鉢巻きを巻いた男が呼び込みの声を上げていた。

 この人、下半身がタコだ。吸盤のついた足が何本も伸びている。

 これじゃまるでタコおやじだ。ボクは笑いそうになったのをなんとかこらえた。

「へい、らっしゃい。どれもこれもうまいでえ。うちはなんせ新鮮さが命やさかいな」

「これ、使えますか?」

 ボクは黒い石を見せた。

「おーけー、おーけー、おやじの毛ーはツンツルテン。夜のお金はオールマイティ、バッチグー」

 

 そう言って指でOKサインを作った。なんかおかしなこと言ってる。この人。

 でもよかった。やっぱり、これがお金なんだ。


「はいはい、どれしましょかね」

 見慣れないものを買う勇気がなかったので、リンゴのようなものをひとつ手に取った。色も形も全くリンゴだ。

「それでええのん?え、一個?一個だけ?三個買うたら安うするでえ」

「いえ、ひとつでいいです。ひとつください」

 石をひとつ渡した。

「そうかいな、ふん。ではこれお釣り、と」

 タコおやじがビー玉ぐらいの白い石をまとめてくれた。数えると十一個あった。

「ぼん、買い物初めてかいな」

「あ、はい」

「黒石一個が白十二個や。リャンゴの値段は白一個」

 リャンゴ?このリンゴみたいなものの名前?

「ぼん、どこまで行くんや」

「いや、あーそれが」

 この人もワカンナあるのかな。聞いてみよ。

「あの、あなたのワカンナは何ですか」

「なんや唐突に。ワシのワカンナ?そんなん聞いてどうすんの?まあ、別にええけど。

 ワシは〝自由を求め自由に生きる兄弟〟や。弟と二人でこの店やってんねん。今ちょっと買い出し行っとるわ。ワシら子供の頃からいろいろ縛られてたからな、今はこうして自由を満喫してんねん」

 タコおやじがそう言って笑った。自由を求め自由に生きる兄弟。そんなに自由がなかったのかな。

「ワシら手足が八本あるやろ。せやからモノ掴んだり動かしたりは得意中の得意や。フルーツ並べんのなんか朝飯前。その分、自由な時間が増えるっちゅうわけや。ワカンナは自分の強みを活かさんとな。

 ま、リャンゴは食べてのお楽しみや。おおきに!」

 タコおやじはそう言ってウィンクをした。


「おーけー、おーけー、おやじの毛ーはツンツルテン。ツンツルテンはかしこい証拠。

 やすいで、うまいでー。採れたてぴっちぴちのフルーツいらんかー。やすいで、うまいでー」


 果物の値段が白い石一個か。それが安いのか高いのかよくわからない。お腹いっぱいにはならないけど、少しは空腹が満たされそうだ。

 生まれて初めて外国で買い物できた気分になり嬉しかった。

 ボクは混雑する人混みをかき分けて、列車へと急いだ。


 自分の強みを活かす、か。

 しかし、カバンが重い。

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