夕暮れの国-2 同じ体験者

 ゴトン


 列車の揺れで目が覚めた。

 考え事をしているうちに居眠りをしていたようだ。

 こちらに来てから時間の感覚が狂っているので、短い睡眠を途切れ途切れに繰り返すようになった。

 昼のリズムに慣れたと思ったら、今度はずっと夕暮れが続く。やれやれ、夕陽がやけにまぶしいや。


「……左様ですか、はーそんなことがあるんですねえ。ええええ、信じますとも。承知いたしました。これはまた何とも珍しい、珍しい、ほほほ。

 では後ほど」


 いつの間にかメガネ男が向かいの四人席に移ってきていたが、居眠りで男と車掌さんのやり取りを聞き逃してしまった。

 車掌さんはボクをチラリと見た後、大きな口をギュッと閉じて隣の車両へ出ていった。


 メガネ男。

 席はいっぱい空いているのに、なんでそこに移ってきたんだよ。

 気になるな。

 黙ってカーテンの隙間から外を見ている。

 レンズの薄い縁なしメガネが夕陽に反射して、その横顔は疲れているように見えた。


 時々ボクを見ているような気がして、そっちに視線をやると、また窓の外に目を移す。

 あまり他人と話したくない人なんだ、放っておこうと思った。


 サラリーマンって皆疲れていそうで、不機嫌そうなつまらない顔をしている。

 人生ってそんなに疲れるのかな。面白くないのかな。

 そう考えると余計に将来のことが憂鬱になる。サラリーマンにだけはなりたくないなと思った。


 窓の外を流れていく景色を眺めていると、家族や友達の顔が浮かんでは消えていく。

 自分ひとりが無性に孤独に感じられ、淋しさばかりが膨らんでいく。


 早く帰りたい。

 早く元の世界に戻らなきゃ。

 その為にも自分が何者かを早く決めないといけない。

 賢者さまの謎の言葉も頭の中をグルグルしていた。


 ボクのワカンナ……

 一体、何なんだろう……


「ずっとこんな景色を見ていると、寂しくなってくるよなあ」


 突然、メガネ男がボクに話しかけるように声を出した。


「やっぱり太陽が昇って沈んで一日一日進む方が、変化があっていい」


「春夏秋冬、起承転結。人生もそうだよな。山あり谷ありか」


 独り言のように言葉を続ける。

 どういう意味だろう。

 ボクにはよくわからない。


「旅に疲れてホームシックになったって顔してるね」


 ボクをしっかりと見て言った。


「旅は残してきた人を想う時間でもあるからな」


 残してきた人?

 確かにさっき家族や友達のことを考えていた。

 不思議なこと言う人だな。

 歳は父さんと同じぐらいだろうか。


「あの、人間ですか?」

 不躾かとも思ったが聞いてみた。

「ははは、僕はれっきとした人間だよ。そうだな、こっちでは動物がしゃべってるし、半人半獣みたいなのもいるもんな」

「ハンジン?ハンジュウ?」

「車掌さんみたいなの」

「ああ、そういうこと」

 カナリア男や通信屋の姿も浮かんだ。

「虫も見ました」

「ああ、いたいた」

 メガネ男が笑った。


「ひょっとして、突然黄色の世界に入りました?」

 ボクはもしかしてと思い尋ねた。

「そう、歩いてたら突然真っ黄色になった」

「しばらく行くと石の門があって」

「そうそう、大聖門」

「駅が突然現れて」

「うん、ゼロの駅な」

「そしてこの列車に……」

「乗った!」

「一緒です!!」


 なんと、ボクと全く同じ体験をした人が目の前にいる。

 さっきまで胡散臭そうに見えていたこの人に、急に親近感を持った。

 よく見れば、笑った顔が少し父さんに似ているようにも思えた。

 髪には白いものがちらほら見え、父さんが洗面所の鏡を見ながら気にしている姿を思い出した。


「だったら、ワカンナなんて決めずに乗ったんでしょ」

「あ、あー、ああそうだったね」 

「ワカンナ、決めましたか?」

「うん、まあね」

 そうか、決めたんだ。

 決めたのか。

 大人なら決められそうな気がする。


「列車から降りた後、元の世界に戻るにはどうしたらいいか知ってますか?」

 それもずっと考えてた。列車から降りられたとして、どうやって元の世界に戻るんだろ。

「え?ああ、どうだろうな」

 ボクの質問に、言葉を濁すような言い方をした。

 そか、この人も戻りたいのにわからないのか。

「ボク戻りたいです。でもワカンナを決めろなんて、そんなこと言われたのこっちに来て初めてで」

 本当にそうだ。

 急に言われて決められるものじゃない。

 ずっと考えてるけど、まだわかんない。


「まずワカンナを決めなくっちゃな」


 男が言った。

 そんなの、もうわかってる。

 とっくにわかってる。

 言われなくてもわかってる。

 わかってるから困ってる。


「自分のワカンナってどうやって決めたんですか」

「それは当然自分で考えて決めたよ。誰かに決めてもらうものなんかじゃないさ」

「あ、はい」

「自分で考えて決めるんだよ」

「教えてもらってもいいですか」

「僕のワカンナを?」

「はい!」

「いや、それはどうかな。うん」


 口ごもって教えてくれなかった。

 なんだ、けち。


「君の得意なものってなんだい?」

「得意?ですか」

「そう、これなら自信があるっていうもの」

 ボクにはそれがないのかな……

「……特にありません」

 羨ましいことはいっぱいある。

「興味があることは?」


 興味って言われてもな……


 あーあ、なんか歳が離れているせいか、話が噛み合わない感じがする。

 ふーん、やっと同じ境遇の人を見つけたと思ったんだけどな。

 やっぱり大人って自分目線でしか話をしないし、ボクたちのこと全然わかろうとしてくれないもんな。

 担任のアオキもそうだ。

 進路を決めろって言われても、それがわかんないから悩んでしまうんだろ。決め方をまず教えて欲しいんだよ。


 黙り込んだボクを見て、男は困っているようだった。


「あのさ、良かったら次の駅でご飯でも行かないかい。しばらく誰とも話してなかったから少し話をしたいんだ」

 しばらく間があって男が聞いてきた。

「あ、はい。あー、でも……」

 お腹はすいてるが、手持ちのお金が心細い。

「大丈夫。僕におごらせてよ」

「えっ、ホントですか!」

「うん、いいよ。ご馳走するよ」

 それはラッキーだ。助かる。


「はい!ではお願いします!」

「うん、わかった。ところで、君を何て呼べばいい?」

「ボク、タカシです」

「うん、そか。タカシくんか」

 メガネ男はボクの目を見て二度うなづいた。

「僕は、そうだな。うーん、おじさん、でいいよ。じゃあ行こう」


 そう言って名前は教えてくれなかった。

 でもそんなことはどうだっていいよ。

 ご飯ご馳走してくれるんだったら。


 列車が夕暮れの10番駅に止まった。

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