ワカンナをさがして ~タイリク横断列車と四つの国~
コロガルネコ
起点 - ゼロの駅
今朝もお腹が痛くて遅刻しそうになった。
長かった一日の六時間目。
「三年になったらすぐに進路希望調査表を出してもらうからな」
担任のアオキがそう言った。
葉を落とし冬支度を急ぎ始めた街路樹が、薄暗い夕空をバックに立ち並ぶ。
ひとりで帰る下校道。
赤や黄色の落ち葉がアスファルトの歩道に舞っていた。
風がもう冷たい。
ふー
歩きながらため息をついていた。
来週提出の木版画がまだ仕上がっていないので、さっきまで美術室に残っていた。
タカスギはテニスの中学校全国大会出場に向けて、順調に勝ち進んでいる。マエダは英語弁論大会の学校代表に決まった。ヨウタには彼女ができた。
ふー
最後のホームルームの時間に、進路希望の話が出た。
そろそろ決めろって言われても、ね。
とりあえずは高校に行く。
じゃあ、その先は?
一体、ボクってどうなっていくんだろう。
ふー
また、ため息がでた。
将来何になるって、
そんなの、
まだ、わかんないよ。
わかんないよ……
うん?
ぼーっと考えごとをしていて気づかなかった。
周りの風景がおかしい。
道は確かにいつもの道だ。
校門を出て左に真っ直ぐ、郵便局がある交差点を右にしばらく行って、バス停のある三叉路まで来た。
この左の道を進めば、家が見えて……
家が見えて……え?……こない。
家が見えてこない。
ボクの家が……ない。
え?
ボクは立ち止まった。
道の両側の家や建物がいつもと違う。
一階にコンビニが入っている見慣れた右側のビルはいつものままだが、その隣の新築マンションがない。なくなっている。
その場所から竹林がずっと道の先まで続いていて、真っ直ぐに伸びた青竹がうっそうと茂っている。
道の反対側は、ずっと並んでたはずの戸建住宅が全部消え、何もない原っぱがどこまでも広がっている。
道の少し先に小さな祠のようなものが見える。
後ろを振り返ってみた。
そこまでの道は間違いなくいつもの通りだ。
今立ち止まったここから先が、おかしなことになっている。
気づけばボクの周りから人も車も消えた。
なんだこれ。
…………
祠が気になる。
ぽつんとあるあの祠が気になる。
好奇心が勝り、その祠の前まで行ってみた。
見るからに古い祠は扉が閉じられ、何が奉られているかはわからない。
閉じた扉の前に玉子がひとつ供えてある。
扉に付けられた白い紙飾りがヒラヒラと風に揺れた。
祠の向こうには池があって、ポチャリと音がして波紋が広がった。
姿は見えなかったが、カエルか何かが飛び込んだようだ。
気づけばアスファルトの歩道が、古い石畳の道に変わっている。
足元のひとつひとつの石は、長い時間使い込まれたように、角が丸まってテカテカとした光沢がある。
なんだ、これ。
どうしよう。
進んでみるか、戻るべきか。
しばらく迷ったが、ボクはもう少しだけ歩いてみることにした。
やがて竹林が途切れると、黄色の絵の具を溶かしたバケツの中にでも入ったかのように、視界が総て黄色くなった。
景色が消えて、石畳の道しか見えない。
黄色い空間の中をただ一本の道が、向こうまで真っ直ぐに伸びている。道の先は濃い黄色にモヤってよく見えない。
心がヤバいヤバいと叫び始めた。
来たことを後悔した。
立ち止まって周りを見渡すが、やはり何もない。
誰もいない。
音がない。
怖い。
訳のわからない所に迷い込んじゃった。
急いで元の場所に戻らなきゃ。
振り向いて今来た道を戻り始めた。
しかし歩けども歩けども、景色の無い黄色い一本道が続くばかりで、三叉路もコンビニのビルも出てこない。来た分の距離はとっくに戻っているはずだ。
何度か立ち止まるが、何も状況が変わらない。仕方なくまた歩き始める。
もうどっちが前だか後ろだか、方向がわからなくなってきた。
どうなってんの。
わかんない。
泣きそうになってきた。
どれくらい歩いただろう。真っ直ぐ伸びた石畳の先に影がひとつ見えてきた。
とにかくあれを目指そう。
無音の世界に一人でいることが、ただただ不安と恐怖を掻き立てていた。
近づいていくと、影の正体が姿を現した。
門だ。大きな石の門だ。
巨大な石門が現れた。
近くまで寄って見上げる。
特に装飾のない大理石でできたような石門の一番上には、象形文字のようなもので何やら書かれてあるが意味はわからない。文字のひとつひとつはエビかカニを象っているように見える。
その象形文字の下に大きな「○」のようなマークがある。縦に少し長いので、玉子の形かゼロにも見える。
巨大な石門がただぽつんと、堂々とそびえている。うちの学校の四階建て校舎よりも高い。
実物を見たことはないけど、まるでパリの凱旋門のようだ。
ど、どうしよう。
後ろに戻っても黄色い一本道が続くだけだ。
仕方がない。迷ったが、ボクは恐る恐るその石門をくぐり、その先に足を踏み入れてみた。
すると途端に黄色の世界が暗転して、辺り一面が夜の景色に変わった。
すぐ目の前にお寺の山門のような、こうこうと灯りを点した厳めしい建物が現れた。その向こうに黒塗りの列車が止まっているのが見える。建物は駅舎だろうか。
その建物の屋根の上にも大きく「○」が書かれた看板があって、やはり玉子のようにも見えるしゼロにも見える。
停車している列車は何両か連なっているようだが、暗くて両端がよく見えない。
とんでもない所に来てしまっている。
どうしよう。
ボクはゴクリと唾を飲み込んだ。
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