夜の国-1 謎の黒塗り列車

 夜のホームに列車が停まっている。

 長い汽笛が一度、ポーと響いた。


 急に大勢の人の気配がして、ガヤガヤとしたざわつきが突然降ってきたように周りに聞こえだした。

 気づけば輪郭しかない人影が、駅舎の中やホームの上を行き交っている。


 その人影にはビクリとしたが、ボクはその列車に吸い寄せられるように近づき、ホームの端に立って目の前の車両を見上げた。

 ボルトがむき出しの無骨な鉄の車両は全体が黒一色で、行き先らしきものは何も書かれていない。窓は総て閉まっていて中の様子がうかがえない。

 暗くて両端が見えないが、ざっと十両以上は連結してそうだ。

 おっかなびっくりで腰が引けたが、ドアが開いていたので、そっと首だけ中に入れて覗き込んでみた。

 車両の中は真っ暗だった。いや、真っ暗というより真っ黒だ。墨のように真っ黒な空間で全く何も見えない。

 この列車、一体どうなっているんだろう。


「どうすんだよ。乗るのか乗らねえのか。出ちゃうじゃねえか」

 後ろからいきなり男の声が飛んできた。


「え、あ、すいません」

「じゃまだじゃまだ、どけどけ、ヒン」

 輪郭だけの人影が肩にぶつかった。

「あっ」

 その勢いに押される形で列車の中に入ってしまい、前に転んで両手をついた。

 周りを見回すが、上下左右全部真っ黒だ。何も見えない。光りひとつ射していない真っ黒の空間だ。

 両手の感触からして、床はちゃんとある。手触りからすると木の床みたいだった。


 ポーーー ポーーーーー


 ガッチャン


 お尻をついて座り直した時、汽笛が二度響き、アナウンスもないまま列車のドアが閉まる音がした。


「え、あっ」


 思わず声を出したが、列車がゴトリと音をたて、ゆっくりと動き出してしまった。


 列車が動き出すと、霧が晴れるように次第に周囲が見えるようになってきた。

 今閉まった目の前のドアのガラス窓から、駅舎の風景が流れていくのが見える。

 そのドアの横には、ステンドグラスをはめ込んだ引き戸が半開きになっている。ガラスの模様はハスの葉に乗ったカエルの絵だ。車掌室と書かれてあるが、中に人はいなかった。  

 机の上には小さな鍋が転がって、壁に白いものが飛び散っていた。

 左右を見ると、それぞれ車両につながっているような扉があって、動き出した列車の揺れにガタゴト音をたてている。


 どうしよう。

 これ、どこへ行く列車だろう。

 まずい、まずい。降りなきゃ。

 ドアに手をかけてみたがびくともしない。

 列車はスピードを上げている。 

 降りれそうにない。


 迷いはしたが、こんな連結部分にいても仕方ない。ボクは勇気を出して右の扉を開けてみることにした。

 車両の中は混みあっていて、輪郭しか見えていなかった人の姿がはっきりとしてきたが、どの顔も知らない顔ばかりだった。

 少し奥に進むと四人席がひとつ空いていたので、取り敢えずそこに腰を下ろし、肩から下げてた通学カバンを脇に置いた。

 二人掛けのベンチシートが向き合って、座席には申し訳程度の薄いクッションがついてある。

 窓から外をうかがうと夜の景色が広がっており、街灯や家の灯りが後ろに流れていく。


 行き先のわからない列車に乗ってしまった。益々家から離れてしまう……


「お、さっきのボウズじゃねえか」


 通路をはさんだ四人席から声がしたので振り向いた。

 え、江戸時代?

 思わずそう思った。声の主は藍染めの着物を着た浅黒い顔の男だった。

 伸ばした髪を後ろで縛り、長い棒のようなものを持っている。まるで時代劇に出てくるような格好だ。

 ははあ、映画か時代劇の撮影なのかな。


「おめえも結局乗ったのか。さっきはぶつかって悪かったな。急いでたからよ」


 乗ったのかじゃないよ。あんたに押されて乗っちゃったんだよ。

 気が短そうな男に見えたので、声には出さなかった。


「どこまで行くんだい」


 どこまでって、別に自分で乗ったわけじゃないよ。


「しかしおめえ、妙な格好してんな」

 男はいぶかしそうな顔をして、ボクのことをジロジロと見た。

 ボクは紺のジャージの体操着を着ていた。 

 一年の時はちゃんと学生服で通っていたが、こっちの方が楽なので二年になってからはもっぱらこの格好だ。


 妙な格好って、妙な格好はそっちだろ。


「おめえ、まさか、あっちの世界から来たのか」

「あっち?」

「いるんだよね時々。おめえみたいにこっちの世界に来ちゃうのが」


 あっちの世界って、どういう意味?


「おーい、車掌!」

 男が辺りを見回して叫んだ。


「はいはい、何かご用ですか」

 オリーブ色の制服姿の太った男が現れた。

 ボクはその姿を見るなり腰を抜かしそうになった。

 でっぷりとしたその男は、首から上がなんとガマガエルだったのだ。

 押し潰したような平たい茶色の顔に、ギョロリとした大きな目。これまた大きな口がムンと横に広がり、頭には制服と同じ色の帽子をちょいと乗せている。

 ガマガエルが今しゃべった。


「このボウズ、あっちの世界から来ちまったみたいだぜ」

「あらあら、そうですか。久しぶりですな」

「時々いるんだろ」

「そうですな。えっとこの前の方はいつだったかな。随分と前でしたね」

「そんで、そいつどうなったんだよ」

「いや……それは言わない方がいいでしょう」

「そか、そういうことか。ヒン」


 何かを確認しあったように二人はうなずき、まじまじとした目付きでボクを見た。


 え?何?どういう意味?

 何、この人たちは?

 あっちの世界?って、ここは一体どこ?


 ボクどうなっちゃうの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る