昼の国-1 旅の日記
長い鉄橋を渡っていた。
朝もやは消えて空の色が次第に明るくなっている。
海か大河かわからないが、眼下には満々と水をたたえた景色が広がっている。それは深く濃い紺色で、潮の香りはしない。
水面が太陽をキラキラと反射してまぶしい。鉄橋を渡る列車の音がその水面に反響し、大きく響いている。
こっちの世界に来て何日経っただろう。
ボクは窓の外に広がるそんな風景を見やりながら、列車に乗ってからの出来事をひとつづつ思い出し、日記をつけようと思い立った。
一日の区切りがわからず、果たしてそれを日記と呼べるかどうかだが、この不思議な体験をしっかり記録しておこうと思った。
後々読み返せば今わからないことだって、いずれわかるようになるかもしれない。
そんな期待も持ちながら、国語のノートを横書きにして書き始めた。
まずカナリア男のこと。
夢は叶う
諦めない
仕事のゴールは笑顔
そして何よりあの人が持っていたのは「歌いたい」という強い思いだ。
ボクはどうだろう。
そんな強い思いを持っているかな。
土日は友達から誘われるままに合わせているし、運動クラブを決める時も特に希望がなかったので、ユウタに誘われるまま何となくテニス部に入った。
そして基礎練習がきつかったので一週間で辞めた。
なんかボクっていつも自分の意思で決めずに、周りに流されている気がする。
次に一ツ目の大男のこと。
仕事の意味
お金を稼ぐことの意味
そして、幸せは自分が決める
でもお金は絶対必要でしょ?
普通の生活はしたいし。
だったらお金を多く稼げる仕事の方がいいんじゃないのかな。
少ない稼ぎで我慢するよりも、絶対そっちの方がいいんじゃないのかな。
幸せは自分が決める、か。
どうなんだろ。
自分が決めるって言っても、やっぱり人にどう見られているかは、無視できないし気になる。人と違うことは怖い。
周りと違うことをするには勇気がいる。
そんな勇気は簡単には持てない。
でもそれって、他人の尺度に自分を合わせているってこと?
人からどう見えるかを気にし過ぎているってこと?
でもやっぱり自分だけが思う幸せよりも、皆から見ても幸せに見えることの方が絶対いいんじゃないのかな。
どうだろ。
わかんない。
わかんない。
ボクにはわかんないことだらけだ。
しばらくしてやっと対岸が見えてきた。
久しぶりに見る青くまぶしい空がとても嬉しい。
そのかんかんに晴れた青空の下を列車が走っていく。
やがて現れてきたのは一面のヒマワリ畑だ。無数の黄色の大輪が太陽の光を受けて風に揺らいでいる。
よく見るとヒマワリは一本一本が樹木のように背が高く、その根元は大人が二、三人がかりでやっと抱えられそうなぐらいの太さだ。花は子供が四、五人乗れそうなぐらいに大きい。
これは畑じゃなくて森だ。巨大ヒマワリの森だ。
ガマガエルが言っていたタイリクの一番大きな国、昼の国に入ったようだ。
そうだ。
あいつをずっとガマガエルって呼び捨てにするのもどうかな。
最初は怖かったけど、悪い奴ではなさそうだし。
じゃあ、なんて呼ぼう。
ま、車掌さんでいっか。
朝の13番駅のホームで大男の背中を見送ってから、幾つか駅を過ぎてきたが、しばらく人の乗り降りはまばらだった。
一人の時間がたっぷりとあり、日記を書きながらこの列車に乗ってからのことだけでなく、いろんなことが頭を駆け巡った。
こんなに自分自身と向き合った時間は、初めてのことかも知れない。
学校のこと
友達のこと
家族のこと
生まれてからのこと
将来のこと
好きなもののこと
嫌いなもののこと
そして、自分自身のこと
あと……気になっているあの子のことも。
まだ何も話したことがない。
それより何と言っても自分のワカンナを早く決めなくちゃ。
昼の国がもう三つめだから、残りの国は後ひとつ。
リセットされて消されてしまうなんていやだ。
ボクにはまだやってないことの方が多すぎる。
それが何かが今はわからないけど、やりたいことをやる前に消されるなんて絶対に絶対にいやだ。
ワカンナを決めればこの列車から降りれるって、車掌さんは言った。
とにかく元の世界に戻るには、まずこの列車から降りないと。
でも、自分が何者かなんて、いくら考えても出てこないよ。
無理やり絞り出そうとしても全然浮かばない。
皆、どうやって決めたんだろ。
ボクにはその決め方がわかんない。
列車は更に進み、昼の3番駅からバタバタと大勢の人たちが乗り込んできて、車内が急に賑やかになった。
「あんたたち、こっちこっち。こっちよ。もう走り回ったりしないの」
向かいの四人席に座ったのはアルマジロの親子連れのようだ。
お母さんと、子どもが二人、いや三人。
「はー、間に合った間に合った。もう勝手に冷蔵庫開けてケチャップの瓶ひっくり返したりするから、出しなに母さん慌てたでしょう。チョロチョロしてるからそうなんの。
だいたいなんでケチャップ触るのよ、ご飯食べた後で。あんたよ、あんた。わかってんの。お兄ちゃんなんだからね、しっかりしてよねー」
勢いにすっかり見入っていたボクと、そのお母さんアルマジロの目が合った。
ボクは軽く会釈をした。
「あらー、騒々しくてごめんなさーい。うちはいつだってこうなのよ。迷惑かけないようにするわ」
「あ、いえそんな」
「ほら、あんたたちお行儀よくすんのよ。うちの中じゃないんだからね。良い子にしないとお父さんに言いつけるわよ。わかった?」
子どもたちは歳が近そうなのが二人と、ふた回りほど小さいのが一人。
三人ともちゃんと鎧のような背中を丸くし、小さな耳をピクピクさせている。円らな黒い瞳がかわいい。
上の二人はお母さんの話を聞いているのかいないのか、席に座るなり窓に張り付いてホームを行き交う人を夢中で見ている。
一番小さい子はお母さんの隣にちょこんと座った。
賑やかな家族を乗せて、タイリク横断列車がゴトンと動き出した。
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