昼の国-2 六つの宝物

 間もなくガマ、いや車掌さんがやって来た。


「ご乗車ありがとうございます」


 お母さんアルマジロが手提げバッグをごそごそとさぐりながら答える。

「子どもたちと乗るのは久しぶりだわ。昼の20番までお願いします。アタシはビーズ売りでこの子たちの母親。ワカンナは〝六つの宝物を手に入れた幸せ者〟。

 この子たちはまだいいわよね。十三歳からでしょ、ワカンナの申告は。上が九歳、年子の八歳と、この小さいのはまだ三つ」

「はい、承知しました。ご乗車はお久しぶりで?」

「アタシは仕事で時々使うけどね。子どもたちは久々よ。アタシもいつも近場だから、こんな遠くまではホント久しぶりね」

「ご家族でご旅行ですか」

「ま、ご旅行ってほどでもないけどね。皆でこの子たちの父親に会いに行くのよ。旦那いま出稼ぎでね。会うのは三か月ぶり」

「あー左様でございますか。それはそれは。ではごゆっくりお過ごしください」

 車掌はちらりとボクを見たが、忙しそうに次の客のところへ行った。


「坊や、ポカン食べる?」

 ポカン?

 お母さんアルマジロが、バッグからミカンそっくりなものをひとつ取り出し、ボクに差し出した。

「あ、どうも。ありがとうございます」

 断るのもどうかと思い、いただいた。

「しばらく騒がしいかも知れないから、よろしくねー」

「あ、はい。こちらこそ」

「ポカンはビタミンCがたっぷりよ。免疫力アップアップ」

 どこからどう見ても、これはミカンだ。

 皮をむいて、一房を恐る恐る口に入れた。

 大丈夫だ。ポカンはミカンの味だった。


「坊や、一人?」

「え、あ、はい」

「いくつ?」

「歳ですか?」

「そりゃ、この流れなら歳のことでしょ。多分」

「多分って。十四です」

「そっか。どこまで行くの?」

「えっと、それが、えー」

「ああ、言いたくなかったらいいのよ。人それぞれ事情あるもんね」

「いや、その」

「うちはさっき聞いてたでしょ。旦那、この季節は毎年出稼ぎに出てくれてんの。ここんとこずっとお世話になってるヒマワリ農場でね。知ってる?ヒマワリの種からナントカ酸って成分が多い良い油が採れるんだって。なんて名前だっけ、あれ。忘れた。ははは。

 うちにはさ、この子らの上にあと三人いてんの。子ども六人育てるってそりゃ大変よ。旦那が働き者でホント良かったわあ。一番上はこの春独立して家出たんだけど、大家族は生活大変なのよ。毎日戦争よ」

「うちは弟がいます」

「あらそう。それでその一番上がさ、まあしっかり者の長男なんだけどね、来年結婚するのよ。ここだけの話、彼女にできちゃってさ。そう、子供よ。赤ちゃん。まあ良い娘さんだから良かったんだけどね。来年アタシおばあちゃんよ。信じられる?」

「あー、おめ、おめでとうございます」


 相当のおしゃべりさんだな。一度話し出したら止まらない。相づちを入れるのも難しい。

 これはしばらく騒がしくなりそうだ。


「えー何?もうお弁当食べんの?ダメー、まだ早いでしょう。さっき家出る前に食べたとこでしょう。がまんしなさい。もう本当によく食べるわ。母さん、一日中ご飯作ってるよ。じゃあポカンでも食べときなさーい」


 お弁当……

 あっ!


 思い出した。

 夜の国の両替所のベンチに弁当箱を置いて来てしまった。

 二匹のコガネムシの姿が思い浮かんだ。


 その時だ。



 ギギギギギーーギッキキキギッーーー



 列車が大きな異音を立てて急減速し、車掌さんが慌てて前方の車両へパタパタと走っていった。

 停車はしていないが、列車は今にも止まりそうな速度になり、ゆっくりと進んだ。


「あらら、どうしたんかねー」

「事故かなんかですかね」

「いやだわー。あんたたち、お外に何か見える?」

 子ども二人が窓に張りついて、前方や後方をのぞき込んでいる。


 間もなくして、汗を拭き拭き車掌さんが戻ってきた。

「皆さまー。車両故障が発生しました。このまま速度を落として次の8番駅まで徐行運転で参ります。

 修理でき次第の発車となりますので、降車されましてもあまり遠出されませんようお願いしまーす」

「どれぐらいかかんの?」

 お母さんが車掌に聞いた。

「さて、どうでしょう。ブレーキ部分の故障でして、修繕屋に部品を届けさせないとなりません。近くの修繕屋がすぐつかまればいいのですが。いやー、しばらく時間が掛かるかと。はい」

「困ったわねえ。発車時間がわからないんじゃねー」

「申し訳ございません。修理が終わりましたら大聖堂の鐘を鳴らしてもらい、お知らせしますので」

 額の汗をハンカチでしきりに拭きながら車掌さんが答えた。

「この列車は年季ものですからね。わたくしが生まれる前から走っております。そろそろ寿命ですかねえ、頑張って走ってるんですけどねえ、代替わりしないといけませんかねえ。大王さまに報告しないと、いやはや」

「大王さまの宮殿は遠かったわよね?近くだったらこの子たちと見に行くんだけど」

「8番駅からだと歩いてはちょっと遠いかと。コンチネントの丘に建っておりますので、遠目に見ることはできると思います」

 宮殿が見えるのか。どんな宮殿だろ、大きいのかな。

 オオザリガニの大王さまっていう人も一体どんな人だろ。一目見てみたいな。


「それでは皆さまー、鐘を合図にお戻りくださいましー」


 車掌の声が聞こえ、列車がゆっくりと昼の8番駅に停車した。

「あんたたち外出たいの?だったらお帽子ちゃんと被りなさーい。外は暑いよー。おつむテンテンになっちゃうよ」

 窓から外を見た。確かに日差しが強そうだ。

「夏は二つめの太陽が昇るからねー」

 今こっちは夏なんだ。

「太陽が二つですか?」

「そうよ。東の太陽と西の太陽。子どもは東、西って言ってもわかんないでしょう。昼の明星が北にずっと見えてるからね、明るいお星さまを見てお箸持つ方が東、お茶碗持つ方が西って、ずっと上の子たちに教えてきたの。そしたらさあ、この一番下が左利きでさあ。ははは」

 お母さんが女の子の頭を撫でた。


「ネコ、ネコ」

「えーどれどれ。あーあれはワンワン。ネコじゃないよ。ワンワン。この子やっと言葉覚えだしたんだけどさ、いま何見てもネコって言うのよ」


 女の子が窓の外を真っ直ぐ指差している。

 修理にはしばらく時間がかかりそうだ。ボクは駅の外に出てみることにした。

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