昼の国-5 大切なもの
列車の修理が終わったことを知らせる大聖堂の鐘が鳴り響いた。
急いで座席に戻ると、ボクの帰りを待ってたかのようにアルマジロお母さんが声を掛けてきた。
「意外と早かったわねー。もっとかかるかと思ったけど。まあ旅にハプニングはつきものだから。人生と一緒よ。思い通りになんかいかないんだから。
その帽子買ったの?カッコいいよ、似合ってる」
誉められたらお世辞でも照れくさい。
「ネコ、ネコ」
女の子がボクの帽子を指さした。
「なに?お兄さんの帽子が気に入ったの?」
フンフンとうなずいている。
「この子、赤色が好きだからさあ」
「ネコ、ネコ」
ずっと帽子を指さしている。
「よかったら、差し上げます」
「ホント?でも買ったばかりでしょ?そんなの悪いわよ」
「いえ、よかったらどうぞ」
「ホント?ホントにいいの?なんか悪いわねえ。じゃあ交換しましょ。ポカンしかないけど」
お母さんがミカンいやポカンを五つくれた。食べ物の方が嬉しいかも。
女の子は手にしたボクの帽子を、嬉しそうに被った。というより、背中に背負った。
「賢者さまに会いました」
「ケンジャサマ?誰それ?」
「何でもご存知の人。いろいろ言われました」
「へー何て?」
「えーと、雲は風に流れるとか、ツバメが巣を作るとか」
「何それ?そんなの当ったり前じゃない。何言ってんの?おっかしい」
「そ、そうなんですけど」
確かにそうだ。
当たり前のことだ。
はは、有り難くノートに書き留めた自分がおかしくなって笑ってしまった。
やっぱり特に意味はないのかな。
うーん、でも気になるけどな。
「こっちはさ、この八歳のが急にいなくなってね。探したわよ、本当にもう。誰かにさらわれたんじゃないかって。
そしたらさあ、どこにいたと思う。駅の案内所のカウンターの上で昼寝してんの。真ん丸になって。泣きもしないでグーグーと。あんたどんだけ大物よ。アタシもう力抜けたわ。まあ何にもなくて良かったけどさ」
列車がゆっくりと昼の8番駅を発車した。
数時間遅れにはなったが、列車は快調に走れるようになったようだ。
どのみちボクはワカンナをまだ決めていないから、遅れた方がよかったけど。
アルマジロのお母さんはすっかりボクを話し相手として気に入ったようで、こっちの都合お構い無しにおしゃべりを続ける。
言葉使いは少し乱暴なところがあるが、決して悪い人ではなさそうだ。
「上五人が男ばっかりでさあ。この子が初めての女の子なの。男の子は時々意味わかんないことするでしょ。虫やトカゲ突然持って帰って来たりさあ。どうせすぐに飽きて放り出すのに。それでいつも後片付けはアタシよ。なんであんなことすんの?本当意味わかんないわ。
その点、女の子は楽よ。男ほど手かかんないし。お利口よ。将来が楽しみなのよ。
ねー、いずれ女同士でさあ、温泉旅行でも行きたいねー」
「ネコ、ネコ」
一番下の女の子がボクを指さして言った。
「ネコじゃないよ。この人はおにいさん。もうごめんねー」
トコトコとボクの方に近寄って来て、握った小さな手を差し出した。
「ネコ、ネコ」
「うん?なに?」
「ネコ、ネコ」
ボクの手に何かをくれた。
見るとそれは赤いビーズの指輪だった。
「あらあ、おにいさんに指輪あげるの?ははは、ひょっとして逆プロポーズ?やだあ」
「え、プロポーズ?」
ボクはちょっとドキリとした。
「も、もらって、いいんですか」
「うん、もらってもらって。この子が坊やにあげたいみたいだから。帽子のお礼のつもりなんでしょ。おもちゃみたいなもんよ。うちにいっぱいあんの。この子たちの遊び道具」
「あ、はい。じゃあ、ありがとう」
女の子の顔を覗き込んでお礼を言うと、納得したようにトコトコと母親の隣に戻った。
「あの、聞いてもいいですか」
ボクの方から質問した。この人の話もいろいろ聞いてみたいと思った。
「うん?なーに」
「〝六つの宝物を手に入れた幸せ者〟って言ってたでしょ」
「ああ、アタシのワカンナ?自分が何者かね。聞いてたの?」
「ごめんなさい、聞こえちゃって」
「なに、別にいいわよ」
「どういう意味ですか?ボク今いろんな人のワカンナを聞いていて」
「どういう意味?ふーん、なんでそんなこと聞いてんの?」
「ボク、まだ自分のワカンナ決めてなくって……」
「えー!もう十四歳でしょ。だめじゃなーい、早く決めないと。十三までに皆決めるんだから」
え?十三歳までに決めるんだ。
でも、そんなこと言われたのこっちに来てからだし……
「別に一回決めたって、何度でも変更できるんだからさ。とっとと決めなきゃダメよ。何も決めずにいるのが一番良くないわよ。決めずに過ごしている時間は戻ってこないわ。そんなのもったいないよ」
「あ、はい、すいません」
今まで考えてなかったんだから、そんな急にはなかなか……
でも変更もできるのか。
「ワカンナがどういう意味って、そのまんまよ。この子たちはアタシの宝物。神様が授けてくれたのよ」
「宝物、ですか」
「決まってるじゃない。一人目産む前からそう思ってたけど、実際に産んでみて益々そう思ったわよ。自分より大切なものができたの。そらあ子育ては大変よ。でもこんな幸せなことって他にないわ。坊やのお母さまもきっとそう思ってるわよ」
「うちの、母さん?もですか」
そうなのかな。
母さん自分が幸せだとか言ったことないし、そんな恥ずかしいこと質問したことがない。
「うちの母はそんなこと言わないです」
「心の中で思ってるわよ。坊や、お母さまに優しくしてる?」
「え?どうかな」
小さい頃は母さんとお風呂に一緒に入って、いろんな話をするのが好きだった。
もうお風呂は別だし、最近はなんか距離が微妙な感じ。鬱陶しいと思う時も正直ある。
母さん今どうしてるかな。
なんか会いたくなっちゃった。
「アタシはさあ、ひとりぼっちで親戚に預けられて育ったのよ。まあそれで言いたくないようなこと、いろいろあったんだけどね。将来自分が親になったら子どもはいっぱい欲しいって、ずっと思ってたわ。兄妹がいるっていいわよー」
女の子が背負った帽子を直してやりながら話を続ける。
「まあそりゃ大変だったわよ。今も大変。子育てして家事やってたら自分の時間なんて全然ないもの。家族のために毎日生きてるようなもんよ。この間なんかさ、洗濯しながら洗濯機抱いて寝てたわよ。もうやんなっちゃうわ、ははは。
それでもね、家族の幸せがアタシの幸せなの。家族みんなが元気で健康だったら、なーんにも言うことないわ。大事な宝物なんだから大切にするのは当たり前でしょ」
自分より家族優先?
ゲームしたり本読んだりする時間もないってことでしょ。
そんなのイヤにならないのかな。
「ま、この子たちが大人になったらね、そりゃいっぱい楽さしてもらうわよ。わかってんの、あんたたち。将来お母さんにいっぱい親孝行すんのよ。頼むぞ。ははは」
男の子二人は一度振り返ったが、飽きもせずにずっと窓の外を眺めている。
さっき9番駅を過ぎたので、列車は次の駅でまた休憩だ。
「なに?アリの瓶詰め食べたいって?さっきお弁当いらないって言ったじゃない。もう本当にわがままねえ、あんたたち。
え?なんだって?おれは〝おいしいものをいっぱい食べる男〟だって?なにバカなこと言ってんの。あんたまだ九歳でしょ、一丁前みたいなこと言うんじゃないわよ。まったく。ワカンナはもっとちゃんと考えて決めるものよ。
お母さんはお腹いっぱいよ。だったら自分たちで買って来なさーい。あれあんまり美味しくないよ。もう変なもん食べたがるんだから。お砂糖入りはやめときなさいね。虫歯になるし手がベトベトになるから。買うんだったらプレーン味って書いたやつよ」
「あ、じゃあボク一緒について行きます。ボクもなんか食べもの買うので」
「本当?ありがとう。だったら荷物見とくわ。ほらお兄さんと行っといでー」
列車が昼の10番駅に到着し、ボクは白い石を幾つかポケットに突っ込んでホームに降りた。
嬉しそうに走っていく兄弟の後ろ姿を追いながら、ボクは益々わからなくなっていた。
ボクも家族の一員だけど、家族よりも自分のことを真っ先に考える。
あのお母さんは自分のことよりも家族を第一に考えている。
ボクってこれでいいのかな。
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