昼の国-6 小さな幸せ

 アルマジロ兄弟の後ろをついて回るうちに、自分の家族のことを思い出していた。

 そんなことを考えたこともなかったけど、うちの父さんや母さんは何を考えてボクと弟を育ててきたのかな。

 二人に「ワカンナは何?」って聞いたら何て答えるだろう。


 アルマジロお母さんの話をもっと聞いてみようと、ボクは急いで買い物を済ませ、兄弟たちを連れて列車にもどった。

 兄弟は結局欲しがってたアリの瓶詰めを買わなかった。お母さんに言われたプレーン味は売り切れで、砂糖入りのものしかなかった。 

 随分と迷っていたが、最後は愚図る弟をお兄ちゃんが言って聞かせ諦めさせていた。


 ボクたちがもどって来るのを待ち構えていたかのように、お母さんが口を開く。

「なに、あんたたち買わなかったの?プレーンが売り切れ?砂糖入りはあったの?へー、で我慢したのね。そうか、えらいえらい。だったらほら、二人でお弁当食べときなさい。玉子焼きにはアリ入ってるよ。あんたたちが好きな蜂蜜漬けのやつ。さあ、お食べ」

 兄弟二人に弁当を開きながら、話し出した口が止まらない。

「坊やと話すの楽しいわ。だってこんな話、普段しないもん。家にいたらこんな話する時間もないし、今しかできないわ。もっと何でも聞いて聞いて」

 なんか可愛い人に思えてきた。

 動き始めた列車の座席からボクは身を乗り出し、買って来た肉まんみたいなのを頬張って、日記を見ながら質問した。


「夢?夢は叶うかって?夢って何かになりたかったとか、そういうこと?

 そうねえ、何かの職業に憧れたことってなかったかなあ。まあそんなこと考える余裕もヒマもなかったわね。小さい頃から親戚中たらい回しにされて、いろいろ手伝いさせられてきたからね。あんまり思い出したくないわ。あの頃のことは」

 お母さんが初めて見せる表情をした。苦笑いしたようにも、少し悲しそうな顔にも見えた。


「でもあれだわ。子どもたちがいっぱい欲しい、そんな家族が作りたいって思ってたから。そういう意味じゃ夢が叶ってるわね。

 そうだわ、アタシ夢叶えてるんだわ。偉いわねえ。すごいすごい。ははは」


 この人は本当に明るい。苦労を苦労と思っていないというか。

 人生を前向きに一生懸命生きている感じがする。


「今はさ、家事の合間見つけてビーズアクセサリー作って売ってんの。ピアスとかネックレスとか。ほらアタシが着けてるこれもそう、これも。

 この子たちも腕に着けさせてんの。色違いで。だってアタシたち似たような顔でしょ。親子だって見分けつかないことあんのよ。

 だからビーズの色と体の大きさで見分けてんの。目印よ目印。

 何、おかしい?アルマジロなんだからさ、仕方ないわよ。顔なんてほとんど一緒よ。

 そんでさ、作ったものをいろんな所に置いてもらって売ってもらってんの。家計の足しにはなってるわ。まあ僅かだけどね、ははは」

 

 アルマジロお母さんの首には白と水色の細かな石をつないだネックレスが巻かれていて、右の耳に水色のピアスが光っていた。子供たちは兄弟がそれぞれ手首に、青色と緑色のを。そして女の子が赤色のビーズを着けている。


「アタシ手先器用なのよ。いろいろやらされてきたから。そういう意味じゃ役に立ってんのかね。あの頃のいろんな経験がねえ。ムダなことなんて無いのかもねえ。何でも考えようよ」


 そうなんだ。

 ボクは嫌いなことはやりたくないし、出来るだけムダなことはやりたくない。それに何か失敗したら、やらなきゃ良かったと思うけど、この人は総てをプラスに解釈しようとしているのかな。

 それって、すごいな。


「なに?幸せかどうかは自分が決めるって、その人が言ったの?へーどんな人?多分いろいろあった人なんだろうね。人の痛みをわかってる人かなあ。でもその通りよね。他人にあなたは幸せとか、いやあなたは不幸せとか決められたくないわ。何勝手なこと言ってんのって話よね。

 それに人生欲張ったらダメよ。幸せがいっぱい欲しいだとかさ、言い出したらきりないんだから。ほどほどよ、ほどほど。幸せなんて小さくていいのよ。ほっとする温もりと小さな幸せがあればそれで充分なのよ」


 詳しくは話さなかったが、大男と同じくアルマジロお母さんも、過去に辛い経験があったようだった。

 しかし決して苦労自慢をするでもなく、むしろあっけらかんと笑い話にしている。

 小さな幸せかあ。ひょっとしたらそんな辛い時間があったから、小さな幸せに気づく能力みたいなものが身についたのかな。

 もしかしたら見過ごしているようなことの中に、幸せって隠れてるのかな。

 どうなんだろ。

 よくわかんない。

 

 昼の国は窓から見える景色を眺めているだけで、時間が経つのを忘れてしまう。 

 街は途切れることなく続き、様々な色と形の建物が、オモチャ箱をひっくり返したようにまぶしい太陽の下にきらめいている。

 駅前や市場に集まる多くの人たちの日常の姿が、手の届きそうな距離で目に飛び込んでくる。

 ボクは車窓に写し出されるそんな光景を、映画でも観ているような感覚で飽きもせずに眺めていた。


 次の駅に列車は止まったが、おしゃべりに疲れたのか居眠りをしているお母さんは目を覚まさない。その寝顔は気持ちよさそうに微笑んでいる。向かい座席の兄弟もしっかり丸くなったままだ。

 ひとり起きている女の子が、窓からホームを行き交う人たちをながめている。

 昼の国は駅に着く度に多くの人の乗り降りがあった。あと数駅行けばこの親子も降りていくはずだ。


「ネコ、ネコ!」


 女の子が赤いビーズを巻いた右手でホームを指さし、キラキラさせた目でボクを振り向いた。


 指さした方に目をやると、ホームのベンチの下に隠れるようにして、本当にネコの親子がいた。

 寝転がった白黒模様の母ネコが、それぞれ柄の違う子ネコの体をなめ、その周りで子ネコたちが取っ組み合って遊んでいた。

 母ネコは丁寧に念入りに順番に、子ネコたちの毛繕いをいつまでも続けている。


 その様子をじっと見つめているアルマジロの女の子は窓にしがみつき、ずっと小声で「ネコ、ネコ」と言い続けている。

 その輝かせた瞳には、小さな、そして幸せそうな家族の姿が映っていた。




 次回、いよいよタイリク最後の国へ

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