朝の国-2 悲しい理由

 彼らの一族と人間との間にそんなことがあったなんて、ボクは全く知らなかった。

「なんか、すいません」

 そう言わずにいられなかった。

「少年よ、お前に謝ってもらおうとは思っておらん」

「は、はい。でも、なんか」

「思ってはおらんが、何も知らんというのはどうかのお」

 そうだ。知らないことが恥ずかしかった。

「初めて知ったのなら、それだけでも意味がある。お前らがこれからどうするかを考えればええ」

 その言葉は今のボクにはとても重いものに感じた。


 大男が話を続ける。

 ボクは列車の揺れに身を任せながら、その話に耳を傾けた。



 ワシは小さい頃から動物が好きでの。

 人間と違って動物たちはワシらを見た目で差別したりせんわい。心と心じゃ。


 うん?なんじゃと?

 そんなに動物が好きなのになんで狩りをして殺すんかって?


 少年よ、よく聞けよ。

 ワシらも人間も、生きていくには何かの命をいただかんと生きていけん。この世はそうできておる。

 だから生きていくためだけの命を、他から頂戴せねばならんのじゃ。


 しかし人間どもは食べる目的以外にも動物を殺しよる。毛皮や角や牙を取るためだけにな。幾つもの種族がそれで死に絶えてしもうた。

 自分たちを何様だと思うちょるんじゃ。動物たちは人間どものために生きとるわけではないわい。思い上がった振る舞いをいつまでも続けちょると、ひどいしっぺ返しが必ずくるぞ。

 大王さまが許しはせんじゃろ。


 いいか、動物の肉をいただく時はな、差し出してくれた大切な命を自分の命の中に取り込むと思うて、有り難く手を合わせていただくんじゃ。

 命に感謝。自然に感謝。先祖のご加護に感謝じゃ。それを絶対に忘れたらいかん。



 大男の話はとても興味深かった。

 動物の命をもらっているなんて考えたことがなかったし、村を襲った話とか人間の理不尽さに何とも言えない気分になった。


「人間が……その……嫌いですか?」

「ほほお、難しい質問じゃな。どうじゃろうの」

「一族の人たちがひどいことされてきたんですもんね。動物たちにも……」

「人間は一人ひとりなら良いもんもおるようじゃが、集団になった時に手に追えんようになることがあるのお。狂ったやつが頭を張ると、簡単にそれに従ってしまいよる」

「集団になった時……」

「人間同士でも食べ物や領土の奪い合いで、簡単に殺し合うんじゃろ。そんな風に聞いたぞ。そんなバカなことをやっちょるのは、人間だけじゃがのお」

 確かに大男が言う通りかもしれない。

「嫌いというより、哀れじゃの」


 哀れか……

 ボクは押し黙ってしまった。

 大男がまた話を続けた。



 ワシは中でも馬が一番好きじゃった。

 村では代々、多くの馬を飼っておった。

 でな、ある時運び屋の男に、街には馬に乗る仕事があるかと尋ねたんじゃ。

 運び屋はあると言った。

 なんだ、馬に乗って競争するのを仕事にしとる者がおるんじゃろ。

 その馬乗り、確か騎手?と言うんか、ワシは街に出てそれになりたいと思うたんじゃ。

 十一の頃じゃったかの。


 オムツを外す前から馬にはまたがっておったわい。家族みたいなもんじゃ。やつらと会話もできるぞ。

 ワシには馬たちの気持ちや考えとることがよーくわかる。馬たちもワシのことを受け入れてくれておった。

 ほんにかわいいもんじゃ。

 ワシは将来その騎手っちゅうもんになることを夢見て、手綱さばきの上達に益々精を出したんじゃよ。


 ところがのう、ワシは成長するにつれて体がどんどん大きくなっていった。

 ワシら一族はみな体が大きいんじゃが、その中でもワシは飛び抜けて大きゅうなってしもうての。

 ワシが乗ると、だんだん馬たちがケガをするようになってしもうた。

 背中を痛めたり、とうとう脚の骨を折る馬まで出る始末じゃ。

 それでワシは騎手になる夢を諦めたんじゃ。馬に乗るのをやめた。

 十六の時じゃ。残念じゃった。悔しゅうて涙が出たよ。

 運び屋の男には、お前が馬を担いで走ればよいと冗談を言われ、随分傷ついたよ。

 このデカイ体を恨んだよ。


 だから、夢なんぞ叶わんとワシは言ったんじゃ。

 あの黄色い男は夢を叶えたか知らんが、誰でもそうなるわけじゃないわい。

 ほとんどの者は夢など叶えとらん。あいつはたまたま運が良かっただけじゃ。

 絶対そうに決まっとる。羨ましいのう。


 フンッ、なにがじゃ?

 はあ?だったら話してみろ。

 ふん、そうじゃろ。

 ふん、ふん。


 うん?なんじゃと?


 ……ほお、……ほうか、……ほうなんか。

 なるほどのお。

 ふーん、そうじゃったんか。


 黄色い男も最初から夢が叶ったわけではないんか。

 ほうか。ワシはてっきり運が良いだけの浮かれた野郎だと思っておった。

 なら、勝手な思い違いをしとったわい。

 大声を上げてあの男に悪いことをしたのお。


 ほうか。ほうか。ヤツも苦労したんか、苦労しながらも夢を追ったんか。

 だとしたら、諦めんということが大事だったんかいの。

 ワシもあの時、簡単に諦めんかったら何とかなったんかいのお。諦めんかったら、夢に近づく何か違う道を見つけたんかいのお。

 どうじゃったんじゃろうのお。



 ボクが話したカナリア男の話を聞き、大男は遠くを見るような目をして、それっきり黙り込んでしまった。


 カナリア男は夢を叶えるために努力を続けて、苦労の末に夢を叶えた。

 仕方がない理由があったにせよ、大男は途中で夢を諦めた。

 夢は叶うのか、夢は叶わないのか。

 今のボクにはわからない。


 そもそもボクの夢って何だ……


 それが今のボクにはないような気がする。

 夢ってどうしたら生まれるんだろ。

 そのうちできるのかな。

 わかんない。


「その後はどうしたんですか」

 そのことよりも、ボクは話の続きがもっと聞きたかった。

「ほう、続きを聞きたいんか。いいじゃろ。旅は長い。話してやろう」


 黙り込んでいた大男はそう言うと、深い息をひとつ吐き出した。

 ギョロリとしたその大きな目が、少し潤んでいるようにボクには見えた。

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