朝の国-3 片づけ屋

 大男が再び話し始めようとした時、ガマガエルが車両に入ってきた。


「お客様はまだ記録しておりませんでしたね。しっかりお休みのようでしたから声を掛けずにおりました」

「おう、そらあすまんじゃったの。ワシは片づけ屋じゃ。

 それと……なんだ、あー……夢を……そのう、〝夢を……捨てた男〟じゃ。夜の5番から乗った。朝の13番まで行く」

 大男は途中、なぜか言い淀んだ。

「はい承知しました。夢を捨てた男、と」

 ガマガエルが手帳に書き込む。

「あー、ちょっと待ってくれ」

「は?」

「あー……いやー、何でもない。それでいい、それでいい。ふん、それでいいわい」

 大男は何かを言いたげだったが打ち消し、自分に言い聞かせるようにして目を伏せた。

 ガマガエルは大男を一度見て、ボクの方を振り向いた。

「あなた様は、と。えー……はい。まだのようですね。えー、間もなく朝の5番駅に到着しまーす」

 うん。ワカンナはまだ決められないよ。

 首を横に振りながら、ガマガエルが車両を出て行った。


「片づけ屋って、どんな仕事ですか?」

 大男に聞いてみた。

「何でも片づけるわい。ゴミ集めから古城の解体作業まで。ワシに片づけられんもんなどないわ。綺麗さっぱりにしてやる。

 なんなら、お前も片づけてやろうか?」

「えっ?」

「冗談じゃ冗談じゃ。フォッフォッフォー」


 びっくりしたあ。

 本当に人も片づけそうに思ったから胆を冷やした。

 その巨体では冗談にならないよ。

 悪い冗談だ。あー怖かった。


「お城の解体とか、すごい力持ちなんですね」

「力持ち?」

「力のいる仕事っていうか、大変そうっていうか」

 いやきっと大変でしょ。そうに決まってる。

「フン、力持ちか。まあな」


 楽な仕事ってないのかもしれないけど、絶対きつそうな仕事だな。

 大人ってどうやって仕事を選んでるんだろ。夢が叶うか叶わないかは別にして、生きていくにはお金が必要だし、何かして働かないといけないもんな。

 

「自分の仕事ってどう決めたんですか?」

「なに?」

「その、今の仕事とか」

「なんで片づけ屋をやっとるか、か?」

「はい、あ、なんかすいません。変なこと聞いてしまいましたか?」

「ふふ、それを今から話してやる。それより少年よ、ワシの話を聞く前に次の駅で買い出しにでも行かんか?よう寝たら腹が減ったわい」

「はい、だったらボクも何か買います」

「ほうか、お前も腹が減ったか」

「あ、はい」

 ボクは思わずお腹に手をやった。

「よし、じゃあ行こう」

 大男と一緒に買い出しに行くことにした。

 リンゴを一個食べたきり何も食べてない。お腹がすいてる。



 二人並んで朝の5番駅のホームに立った。

 こうやって大男と並ぶと、改めてその大きさに驚く。

 ボクの身長の倍近くある。見上げると首が痛くなるぐらいだ。

 大男は列車から降りる前に、フードをまたすっぽりと目深に被った。

 夜は完全には明けきっておらず、ピンク色の空が広がり、空気がひんやりとしている。


 ヒューイヒューイ ヒューイヒューイ

 チョリチョリチョリ チョリチョリー

 ピロロロロー ピピッ ピロロロロー


 三種ほどのそれぞれ違う小鳥の声が、競うように澄んだ空気に響いている。

 ホームには様々な屋台が並んでいた。

 それぞれの屋台をのぞきながら、大男が身をかがめるようにしていろいろと説明してくれる。ボクは離れないように後ろをついて歩いた。


「あれは竜の尻尾を焼いたもんじゃ。好きなもんにはたまらん味じゃが、ちーと苦うて舌先がしびれる。子供の口には合わんかもな」

「竜?竜がいるんですか?」

「ほうじゃ。なんでも夜の国の星降る山に、竜を専門に狩っとる部族がいるらしいんじゃ」

「竜を狩る?」

「ほお。ワシも会うたことはないけどの。おるらしいぞ」

 竜を獲って食べちゃうんだ。

 どんな味なんだろ。ちょっと怖いかな。


「そっちは星くずのポップコーン。モモンガたちが流れ星のかけらを集めてきて作っちょる。口の中でプチプチ弾けるだけで、あまり腹の足しにはならん」

 星のかけらで作るって、そんなの食べられるかな。

「食べたことありますか」

「ああ、あるぞ。ワシにはもの足らん。ふふ、子供らはその感触が楽しいみたいじゃがの」

 お腹の足しにならないんじゃ、今はいらないや。


「リャンゴには気をつけろ。キマグレリンゴともいうがの。あれは季節によって味が変わる。バナナ味にワサビ味、チーズ味に味噌味にもなる。他にもあるらしいし、季節の変わり目には味が混ざることもあるぞ」

「あっ、それ食べました」

「どうじゃった?」

「バナナの味でした。ちゃんとバナナというか、おいしく食べました。変な感じしましたけど」

「ふん、なら良かったの。ワシは一度ワサビ味に当たってえらい目に合うたわ。フォッフォッフォッフォッフォ」

 やっぱりあれがリャンゴだったんだ。まだバナナ味でよかったかも。

 そうだ、あれを買った屋台のタコおやじ、「食べてのお楽しみ」とか言ってたな。そういう意味だったのか。


「バクハツタマゴも要注意じゃ。ワライドリの玉子はうまいんじゃが、ゆでると時たま爆発するもんが混じっちょる。殻をむく時に爆発しよるから、そのまま殻ごと食べるしか仕方ないわ。辺りに飛び散って、ゆでたてじゃと火傷するぞ」

「それ、あのガマ、あーいや、あの車掌さんが食べてるやつでしょ」

「フォフォ、そうそう。車掌はよっぽど好きみたいじゃな」

 殻ごとなんて食べれないし、ちょっとこれもいらないや。


「ワシはこれをいただくとする。店の親父はトナカイだと言い張ったが、いやいやどう見てもヘラジカじゃ。まあ食えばわかるわい」

 大男は焼いた骨付き肉を買い求め、隣の屋台で大きな瓶ミルクを買った。

 ボクは結局パン屋で、ジャムのようなものを塗ったコッペパンにした。

 この先どうなるか皆目わからなかったので、お金のことが心配だった。節約しないといけない。

 それでもコッペパンは白い石三つもした。


「少年、お前はそんなもんでええんか」

「はい」

 精一杯強がって答えた時、お腹がグーと大きく鳴った。

 周りにも聞こえるほど大きな音で、大男が怪訝そうな顔をした。

「腹がへっとるんじゃろ。なんか買ってやろうか?」

「いえ、大丈夫です」

「遠慮せんでええぞ」

 ボクは黙って顔を横に振った。

「ほうか」

 大男が小首を傾げた。


「お、ちょうどいいわい」

 ホームの端に落ちていた小さな空き缶を拾い上げ、大男はズボンのポケットに入れた。

「さあ、戻って食おう」


 二人連れ立って列車に戻った。

 小鳥の声がずっと続いている。

 朝のホームに長い汽笛が二度響いた。

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