第21話

また田尻さんの奥さんか?


と思って玄関のドアを開けると、目の前が黒い。何故なら奥さんではなく2mはありそうな白人と黒人の男達2人が黒いスーツをビシッと着て立っていたからだ。見上げると掛けたサングラスが、長身でがっしりとした体格の男達の得体の知れないオーラを倍増させ、どこぞのマフィアでは!?という雰囲気を醸し出している。

「あっあの・・・何か?」

ビビっている純がどもりながら尋ねても返事をする事なく、2人で英語とも分からない言葉で会話をしながらサングラス越しに部屋の中を窺っている。そこへ小町がコタツから顔を出し純に話しかけた。

「どうしたぁ純?また田尻の…んげっ!!」

ウシガエルを踏んづけた様な奇妙な声を出すと、小町は素早くコタツの中に逃げた。

「Feder様!!」

2人の大男は小町の姿を見つけた途端、小町の本名を大声で叫び純の制止を振り切り土足のまま部屋に上がり込むとコタツの中から小町を引きずり出した。そして無理矢理引きずり出され大暴れする小町の身体を必死に押さえ付けながら流暢な日本語で、

「ようやく探し出しましたよFeder様!Feder様が

 突然居なくなられてからフォルト氏がどれだけご

 心配なさっておられる事か…。仕事も手に付かず

 毎日奥様と2人、Feder様の事ばかりおっしゃられ

 て見ている私共もフォルト氏が目に見えて元気を

 無くされていくお姿に心を痛め、いつお倒れにな

 られるかとハラハラしておりましたよ。さぁ、急

 いでドイツ大使館にお戻り下さいFeder様!」

「絶対嫌だねっ!!あんな監獄みたいな所に誰が戻

 るかってんだ!」

「そんなワガママおっしゃらずに私共と戻りましょ

 う」

「ぜーったい嫌っ!!大体ねぇ、フォルトおじ様は

 過保護過ぎっ。どこ行くにもアンタ達みたいなSP

 を5、6人付けて…余計目立つつーの!」

「それだけフォルト氏はFeder様の事を大切に思っ

 ていらっしゃる訳で…」

「度が過ぎんだよ、度がっ」

「フォルト氏はFeder様が可愛くて仕方なさらない

 んですよ。その気持ちだけでも分かって差し上げ

 て下さいませ」

「あー、分かんない、聞こえない、知りたくない。

 とっととお前ら帰れっ!」

「はぁ、こうなったら仕方がありませんね。Feder

様、失礼いたします」

そう言うと2人の大男達は小町の両脇をガシッと抱え、引きずる様に歩き出した。

「表に車を待たせてございますので、急いで大使館

 に戻りましょう」

1人の大男が引きずりながら言うと小町は、

「嫌だぁ〜!!離せ人攫いっ。大使館になんか誰が

 戻るか!離せってば。誰かぁ、この人達人攫いで

 すよー!!助けて下さーい!あー、そうだっおば

 ちゃんのぬか漬けぇ〜!!あたしのぬか漬けぇ〜

!!離せバカ力共、離せって言ってんのが聞こえ

 んのか!?クッソー、こうなりゃ…おりゃあ!」

「イテテッ、Feder様お願いですから羽根をしまっ

 て下さい。イタタタタ…Fedef様どうか羽根をし

 まって…」

「あたしのぬか漬けがぁぁぁ〜…」

姿が見えなくなるまで小町の叫び声と大男達の痛がる声がいつまでも響いていた。3人のやり取りをただ呆然と蚊帳の外で見ているしか出来ないでいた純は、

「ドイツ大使館って何だ!?フォルト氏って誰?」

訳の分からないまま呟き突っ立っているしか出来なかった。


今のは何だったんだろう?確か朝っぱらから田尻さんの奥さんが突然やって来てVシネマの話を小町と散々した後ぬか漬けと煮物を置いて帰ったと思ったら今度は2人の大男がドイツ大使館とやらに小町を無理矢理連れて行って…どうなってるんだ今日の朝は…?


ぬか漬けから始まってドイツ大使館というスケールが一気に大きくなり、自分の許容範囲を遥かに超えた出来事が目の前で起こってどうして良いか分からなくなった純は、理解できないまま取り敢えず大学に行ったはいいが無理矢理連れて行かれた小町の事が心配で講義どころではなかった。その後のバイトでも小町の身が心配で堪らず、これまた仕事どころではなかったのである。

「へぇ、ドイツ大使館ねぇ。小町さん、斉藤君の所

 に転がり込む前はそんなすごい所に居たんだ…」

「うん、そうみたい…」

「私、大使館なんて行った事無いしこれからも行く

 事無いと思う。そんな所に住んでた小町さんって

 やっぱすごい人だなぁ。そうそう住める人なんて

 限られてるんだから、さすが小町さん!って感じ

 。しかも逃げ出す辺りが小町さんらしいわ。一回

 でいいから大使館に入ってみたぁ〜い!!今度、

 小町さんに頼んでみようかなぁ?」

柚花は感嘆の声を出した後、変な事を言い出す。大学が終わりコンビニのバイトで久しぶりに同じシフトになった柚花に今朝の出来事を話した純だったが

「しばらく会わないうちに柚花ちゃん、なんか小町

 に感化されてない?」

「あらそう?しょっちゅう連絡し合ってるからかな

 ぁ?でも私、小町さんと友達だから気にしなーい

 !それに尊敬してるから」

「小町を尊敬してる!?」

「うんっ、尊敬するに値する人でしょ小町さんは!

 それにあんな人になりたいって思う憧れの人だか

 ら私、目標にしてるの」

「それは、絶対止めた方が…」

「何で?」


もう何も言うまい…。将来小町が2人になったらどうしよう!?


密かに危惧する純だった。


今朝の事が一日中、頭から離れずにいた純が、帰宅する途中自分の部屋に明かりが付いているのに気付くと急いで部屋に向かって走った。

慌ててドアを開けるとそこには呑気にぬか漬けを食べている小町の姿があった。驚いた純は、

「小町っ、無事か!?」

「はぁ?何言ってんの?」

「だって、お前今朝大男達に無理矢理ドイツ大使館

 に連れて行かれたじゃないか!」

「あぁ、あれか…。フォルトおじ様にちょっと会っ

 てから隙をみて逃げて来た。あんな所、息が詰ま

 って10分も居れたもんじゃない。それより今日の

 夕飯は?」

今朝あった事など忘れたかの様にケロッと夕飯の催促をする小町を見て、一日中心配していた自分がバカバカしくなった。

「夕飯どころじゃないだろ。何だあの大男2人は!

 ?それに大使館ってどういう事だ!?ちゃんと分

 かるように全部話せ。じゃないと夕飯抜きだ」

「えー、説明すんの面倒くさい…じゃあ夕飯食べた

 後に話すっていうのはどう?あたし、腹減り過ぎ

 て力が出ないよぅ」

「バカかっお前は!夕飯がどうのって話じゃないだ

 ろう。今すぐ説明しろよっ」

「嫌だ!だって腹減ってんだもん。それに腹が減っ

 ては戦はできぬって言うじゃん」

意味が分からないうえ使い方も間違っているが、そう言って聞かない小町に

「…本当だな?本当に夕飯を食べたら全部話すんだ

 な?」

「うんうんっ、話す!あたしが嘘吐いた事ある?」

「あぁ、俺のだけじゃなくお前の両手両足の指では

 足らん位にな」

そう答えられ、うーんと唸ると

「今度こそ本当にちゃんと全部話す。約束するから

 さぁ、今はとにかく飯っ!!」

と懇願した。その数分後、小町の前に朝作ったまま食べなかった大根とほうれん草の味噌汁、炊き立てのご飯、焼いた干物、そして大好きなぬか漬けが並べられた。

「やっぱ和食は良いねぇ」

うっとり目の前の夕飯を見つめ

「いっただきまーす。…うまーい!!」

と大声を上げ、すぐさまおかわりっと味噌汁とご飯の茶碗を同時に純に差し出す。純が茶碗に味噌汁とご飯を入れて渡すなり小町はまたガツガツと食べ始めた。


そんな飢えた子供みたいに食べなくても…。まるで俺がロクな物食べさせていないみたいじゃないか…


純は、ご飯をかき込む小町の様子に少し腹が立った。














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