第12話
次の日、藤田が会うなり本当に申し訳ないとばかりに話しかけてきた。
「昨日はすまん、斉藤!お前が酒飲めないのを知っ
てたのに無理矢理飲ませて。本当にごめん!あの
後、店を出てお前がいないと気付いた時は驚いた
のなんのって…。すぐみんなで辺りを探したんだ
けど、お前ちゃんとウチに帰れたのか?」
「あぁ、なんとか帰れたよ。だからそんなに謝らな
くて良い。藤田に悪気が無かった事くらい分かっ
てるから。そんな事よりみんなに心配させたみた
いで、俺の方こそ悪かったな」
知らない女性、しかも羽根の生えた奴に介抱された挙句、居座られる羽目になったなんて誰にも言えないよなぁ。話したとしても信じてもらえないだろうし…
「斉藤が謝る事ねぇーよ。悪いのは俺達なんだし、
もう無茶しねぇから。でも良かった、無事にウチ
に帰れたみたいで。あの時、相当酔ってたから」
しきりに謝り、反省している様子の藤田に
「…なぁ藤田、背中に羽根が生えてる人間って何だ
と思う?」
「えっ、それって俗に言う天使の事か?」
「天使って…」
「羽根が生えてる人間って言えば天使だろ?」
「そうか…。じゃあ藤田は天使って信じるか?」
「信じるかって言われても…。うーん大体天使なん
て架空のモンだろ。信じる訳ねぇーじゃん!本当
にいるんだったら一度拝んでみたいもんだよ。何
だよ、急に変な事聞いて?」
「そうだよなぁ…天使っている訳無いよなぁ」
「どうした斉藤?…まさか妙な宗教とかに勧誘され
て、ハマってんのか!?」
「バカッ、誰も変な宗教に勧誘されてないしハマっ
てもおらん!…やっぱ天使なんか誰も信じねぇー
よなぁ…」
遠くを見つめながら、天使について独り言を呟き続ける純の姿に藤田は一抹の不安を感じずにはいられなかった。
大学が終わって放課後になった途端、純は一目散に大学の図書館に出向き天使に関する本、天使と名の付く本を片っ端から借りた。借りる際司書の人に変な顔をされたが、今はそんな事を気にしてはいられない。それらの本を抱え急いでアパートに帰ると、
気持ち良さそうに昼寝をしていた小町を叩き起こし借りてきた本全て小町の前に並べた。
「小町、お前は何階級の天使になるんだ?ミカエル
か!?ガブリエルか!?それとも天使じゃなくて
ルシファーみたいな悪魔系統か!?」
興奮気味に早口で一気に捲し立てる純とは対照的に心地良い眠りを無理矢理中断された小町は不機嫌極まりない態度で
「はぁ!?帰って来た早々、何言ってんの?それに
何だ階級って?ミカエルだのガブ…何とかってい
うのも聞いた事無いや。それにあたしゃ天使でも
なけりゃ悪魔でもないよ。ただ背中に羽根がある
だけ。こんな本いくら見せられても分かる訳無い
じゃん!んっだよもぅ、せっかく良い夢みてたの
に。こんなくだらん事で起こすなや、もう…」
そう文句を言いながらもう一度寝直そうとする小町の首根っこを猫のように掴むとキチンと座らせる。
「じゃあお前は何者なんだよ!?背中に羽根が生え
てる一般庶民ですとでも言うのか?そんな事あり
得ないだろう。俺は羽根の生えてる一般庶民なん
ぞ見た事無いぞ。というより誰も見た事無いだろ
う!」
相変わらず早口で捲し立てる純に、欠伸をしながら
「だから何度も言うようにあたしはあたし。それ以
上でもないしそれ以下でもないの。いーじゃん羽
根の生えてる一般庶民が居たって。見た事無いな
ら良かったね、羽根の生えた庶民を見る事ができ
て。ラッキーじゃん!」
それはそうかもしれないけど、できればこんなラッキーはいらないからもっと他のラッキーな事の方がよっぽど嬉しいと純はイマイチ納得出来ないでいた
。一方、小町はというと一冊の本を見ながら笑い転げている。
「何だぁこのミカエルって奴、羽根が6つもあるじ
ゃん!!どうやって飛ぶわけ!?」
「どうって…そりゃ羽根を上手く交互に動かして飛
ぶんじゃないのか?」
「マジで!?それじゃカブトムシやカメムシと同じ
じゃんか。へぇ〜虫みたいな奴なんだなぁ」
四大天使のボス的存在のミカエルをカメムシと一緒にするのはお前だけだと思うぞ。
「そうやって笑ってる小町は飛べるのか?」
「うんにゃ、飛べん。だって誰も飛び方教えてくん
なかったもん」
ミカエルをカメムシ呼ばわりしといて自分は飛べないと威張って言うことじゃないだろうが!よく知らんがミカエルさん、あなたに同情するよ…
「でもさぁ、羽根が6つもあってウザくないんかね
ぇ?こちとら2つあるだけでも邪魔で仕方ないの
にさ…」
天使大辞典という本を見ながらしみじみと言った。その言葉を聞いた純は少々嫌味っぽく小町に言ってみる。
「そんなに羽根が邪魔だと思うんなら消すとかすれ
ばいいだろ。どうせまた誰にも教えてもらってな
いからとか言って出来ないんだろうけど」
「あっ、それなら出来る」
「は?」
えぇ、出来るのか!?
純の思惑とは違い小町はあっさりと言ってのけた。
「羽根、しまえば良いんでしょ?」
小町はそう言うと大きく深呼吸をし背中に神経を集中し始まる。すると大きな羽根がみるみるうちに小さくなっていき、最後には羽根のデザインをしたタトゥーになった。
「ほらねっ」
あっけらかんと言って、背中のタトゥーを見せびらかした。飛べないならしまう事も出来ないだろうと思っていた純は唖然と小町のタトゥーを見つめるが
「でもさ、羽根しまうのって面倒臭いんだよね。そ
れに気ぃ抜いたら出るし」
本当に面倒くさそうに顔を顰める小町の言葉にハッ
と我に返ると小声で呟いた。
「絶対出来ないと思ってたのに…。もししまえると
したら呪文とか魔法陣とか使うのかと思った」
「呪文なんてさっぱり分かる訳無いじゃん。しかも
魔法陣って何?羽根しまう方法は自分で編み出し
た独学なんだし。だってじいさんが言ったんだも
ん。羽根が邪魔なら自分で気合いと根性でしまえ
るようになれって。だからブルース・リーを参考
に一生懸命頑張って特訓したんだ。いやぁ、孤独
な自分との闘いだったわ」
「孤独な闘いって何なのか知らないけどさ。しかし
それならそうともっと早くにやってくれれば良か
ったんだが。ついでに飛ぶ事も自分で考えれば良
かったのに」
「ヤダよ、飛びたいなんて一度も思った事無いし飛
べたところで何すんのさ?」
小町の言うことに、純は妙に納得して
「そりゃそうだな。羽根が生えてる事自体おかしい
のに飛んだりなんかしたら外に出られなくなるも
んな」
「そうそう、飛んだって何の意味もないし必要もな
いの。ウザくてたまんなかったからしまう事だけ
練習したんだって。でもヴォルダーじいさんは羽
根の事はいつも綺麗だって触りながら褒めてくれ
てたわ。だからじいさんと暮らしてた時はよっぽ
どの事が無い限り出しっぱなし。つーことで…」
そう言いながらまた羽根を出そうとした小町に純が厳しく止めた。
「もう出さなくていい!そのまましまっとけ。これ
からは俺の許可無しに羽根は出すな」
「何で!?良いじゃんか。いつも出したままだった
んだし」
「そういえば、じいさんはお前に羽根が生えてる事
について何か言わなかったのか?」
「生えてても別に良いじゃんって言ってた」
「…近所の人達は?」
「さぁ?何も言われたこと無かったけどなぁ。多分
あのヴォルダーさんとこの子供だからって納得し
てたんじゃない?」
「…」
本当にじいさんは変人だったんだ…。しかもドイツ人の人達はとんでもなく心が広いんだなぁ。行った事無いけど…
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