第11話
そう言うとFederという名前らしい女性は俯いた。
困惑しているとはいえ、何だか聞いてはいけない事を聞いてしまった様な複雑な気持ちと気まずい雰囲気を何とかしようと純は話を変える事にした。
「気になってたんだけど、育ててくれた人が去年死
んだって事はフェダーさんはそれまでドイツで暮
らしてたって事だよなぁ!?なのに何でそんなに
日本語、ペラペラなんだ?どう考えてもおかしい
んだけど…」
純が話しかけると、俯いていた顔をパッと上げ嬉しそうに笑顔で
「あぁ、日本語?さっきヴォルダーじいさんは変わ
り者って言ったじゃん?じいさんさぁ、物凄く日
本マニアでさ家のあちこちに日本の骨董品が置い
てあったよ。堀りコタツもあってね、掛け軸とか
何とか焼きっていう壺なんかいっぱいあったもん
。他にも日本刀とか鎧とかもあったっけな。そん
な訳であたしにはあんまりドイツ語教えようとし
なかったんだよ。学校にも行かなかったし、あた
しもじいさんと居る方が楽しかったから行こうと
思わなかった。だから必要最低限の読み書きだけ
ね。ただ歌はよく教えてくれたよ。」
「ふ〜ん」
「じいさん、あたしが歌うの本当に好きだったみた
い。よくじいさんの為に歌ったもんだ。それで日
本語はよくじいさんと一緒に日本の時代劇とか任
俠映画ばっかり観てたから。じいさんがさぁ、日
本の番組ばっか放送するCSみたいなもんで時代劇
とか任侠映画ばっかり観てて、あたしも影響受け
ちゃったのか物心つく前からじいさんの膝の上で
ずっと観てたんだって。だからかな、あたしドイ
ツ語覚えないで日本語を覚えちゃったんだよねぇ
。生まれて初めて話した言葉が『組長』だったっ
てじいさん笑ってたわ。じいさんの名前が上手く
言えなくてじいさんのこと『上様』って呼んでた
らしいよ。結構良い気分だったってさ。時々、も
う一回呼んでくれって言われてた。絶対呼ばなか
たけど。まぁ、初恋の相手が竹内力だし。いやぁ
『ミナミの帝王』は名作中の名作だよ!後、岩下
志麻姐さんの『極妻シリーズ』も最高!!じいさ
んは『仁義なき戦い』の菅原文太の大ファンで、
その事でよく喧嘩したっけ。竹内力と菅原文太の
どちらが漢気あるかで」
任侠映画について熱く語る姿に、また話が逸れたよと思いながらも
「よくもまぁ、2人でそんなに日本を愛して頂いて
…それじゃあ子供の頃はさぞかし大きな影響を受
けたよな」
と純が相槌をすると、相手もしれっとこう返した。
「そうそう、だから最初は自分の事『拙者』って言
ってたしそれが当たり前だと思ってたよ。物を貰
ったら『かたじけない』とお礼言ってたし、じい
さんも何も言わなかったしね。ただ近所の人達は
何言ってんのか分かんなくてキョトンってしてた
けど。あたしは毎日『チャカ』とか『おじ貴』と
か言ってたから、こっちが不思議だった。トイレ
行く時も『ちょっとばかりはばかりに行って来る
』と言ってもじいさんには通じてたからさぁ。」
長いな…長い上に話がどんどん逸れる…
「でもある日隣に日本人の夫婦が引っ越してきたん
だわ。もちろんお隣さんとは仲良くしたいじゃな
い?すぐ親しくなって家に遊びに行った時、遊ん
でて奥さんの前で『覚悟しぃや!』とか『母上と
父上の仇っ、いざ尋常に勝負!!』とか言ってた
ら血相変えて、有無も言わさずソファーに座らさ
れたと思ったら怖い顔で、その言葉は正しい日本
語じゃない。正しい日本語はこうよって30分近く
熱弁されたよ。ついでにヴォルダーじいさんは怒
られてた。あっはは、今思い出してもじいさんが
怒られてる姿はおっかしぃ〜!!そっからどこか
ら取り寄せたか知らないけど、日本語ドリルで一
生懸命…いやあれはスパルタだったな。とにかく
1から教えてもらったわ。自慢だけど、あたし漢
字書けるよ!」
「…それは良かったですね。で、肝心のドイツ語は
?」
「かろうじて挨拶程度なら」
「はぁ!?」
オイオイ、挨拶程度しか出来ないって…それってありなのか!?
「あのぅ、フェダーさんて何歳なんですか?何年ド
イツに住んでたかは知らないけど、少なくとも去
年まではドイツに居たのに挨拶くらいしかドイツ
語が話せないなんておかしくありませんか!?」
聞いた途端、思いっきり頭を叩かれ
「馬鹿者っ、レディに向かって年齢を聞くなんて失
礼な事すんじゃないよ!!まぁ代わりと言っちゃ
何だけどスリーサイズなら教えてあげても良いわ
。えーっとねぇ、上から88、5…」
「うわぁー、そんな事誰も聞いてない!あんたに恥
らいってモンが無いのか!!歳を聞いた俺が悪か
ったよ。すいませんでした!」
突然聞いてもないスリーサイズを言い出され、ビックリして赤面しながら言葉を遮って思わず謝ってしまった。しかもその反応を見て
「失礼なっ!!せっかくサービスで教えてあげよう
と思ったのに。もう教えろって言っても教えてや
んない。それにしてもスリーサイズ聞くだけなの
に赤くなるなんて純ってば純情青年だねぇ。可愛
い〜!」
「うるさい!知りたかねぇよ。男に可愛いなんて言
うな!からかいやがって…」
「何で?男の子でも可愛いもんは可愛いよ。褒め言
葉なんだから素直に喜べば良いのに。人間、素直
が1番!!」
「だからうるさいって!嬉しくないもんは嬉しくな
いんだよ」
反論しても全然説得力が無い。しかもいつの間にか純の口調は親しい友達と話す時と同じに変わっていたのだが本人は全く気付いてなかった。
「ハイハイ、純は嬉しくないんだね。もったいない
…。挨拶程度しか喋れないのは必要無かったから
だよ。じいさんも家では日本語で話してたし」
「隣のご夫婦は?」
「ドイツ語出来なかったもん。あたし達が日本語話
すの聞いて喜んでたくらいだしね」
そんなもんなのか!?それで良いのか!?
う〜んと考え込んでいる純に、あっそうだ!と言い
「あのさ、ちょこっとお願いがあるんだけど…」
「勝手に居座ると言っておいて、何を今更お願いな
んてしおらしい事言い出すんだ?」
「Federって呼ぶの止めてくんない?」
何のお願いかと思えば、自分の名前を呼ぶなって…訳が分からん!
「はぁ!?フェダーって自分の名前だろ?それを呼
ぶなと言われても…。じゃあ何て呼んだら良いん
だよ?」
「小町」
「へっ!?」
思いっきり間抜けな声を出し、聞き間違えたのかと思ってきょとーんとした純にもう一度言い聞かせる様に
「だから、こ・ま・ち。小さい町と書いて『小町』
。これからそう呼んでよ」
「な、何で?」
「いつだったか、じいさんと時代劇観てた時『小町
』っていう町娘が出て来てさぁ。すっごく気に入
っちゃったんだよね。『小町』っていう名前可愛
くない?元気が良くて威勢があって、まさに江戸
の町娘ピッタリじゃん!響きも良いし。だからじ
いさんに『小町』って呼んでくれって言った。そ
れなのにいくら頼んでも呼んでくんなかったんだ
。自分が『上様』と呼んでもらえなかったからっ
て根に持ってたんかな!?それでいつか自分を『
小町』と呼んで欲しいってず〜っと思ってたんだ
よね。それに日本の諺にもあるじゃん、『郷に入
っては郷に従え』!ちゃんと本屋で立ち読みした
から意味も知ってる。これからは『小町』と呼ん
でよ」
何が『小町』だ!?今は江戸時代じゃないんだぞ。しかもバリバリの西洋人、ギリシャ彫刻みたいな顔しといて、なんだって『小町』を選ぶかな…。『上様』は関係なく、じいさんがどうしても呼びたくなかった気持ちが良く分かるよ。この人自分の顔を鏡で見た事あるんだろうか…。しかも立ち読みしないで買え!!
「じいさんがせっかく付けてくれた名前はどうする
んだ?それに『小町』じゃなくてもっと他に自分
の顔に合った名前の方が良いと思うんだけど」
と純が提案してみても
「嫌っ!!絶対『小町』が良い!『小町』じゃなき
ゃダメなの!!」
と言い切り、頑として譲ろうとしない。
ずっと思ってたけど結構、頑固な性格なんだな…
「どうして、そんなにその名前にこだわるのか理解
出来ないんだけど?」
「だから、あたしが気に入ったから!!」
理解に苦しむが、こうハッキリと言い切られると流石に何も言えなくなってしまう。
純はもう名前についてあれこれ言うのは止めようと決めた。
「『小町』って呼んでくれなきゃ今すぐにでもこの
部屋、滅茶苦茶にしてやるっ」
今度は脅迫かよ…。それにしても子供みたいな内容だな。まぁ、取り敢えず早く出て行ってもらう為にもここは言う通りにするか…
「分かった、小町って呼べば良いんだな。そんで小
町は何日くらい居るつもりなんだ?」
「何日もなにも、あたしが飽きるまでに決まってん
じゃん!!だから当分出て行く予定は無いからよ
ろしく!仲良くしようぜっ純!!」
飽きるまでって、嘘だろぉ!?いつ飽きる日が来るんだ?もういっそドッキリでも良い。誰か今すぐここに現れてくれ!誰かこれを冗談だと言ってくれよ…
急にブルーになった純の横で小町は満足したのかニコニコと笑顔だった。
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