第10話
自分の部屋に知らない女性が居て、しかもその女性の背中には現実にはあり得ないはずの羽根が生えている。目の前の事実を受け入れる事が出来ず頭の中がパニックを通り越してまたショートしてしまった純は、女性の御飯を要求する声なぞ聞こえる筈もなく
そうか!これは夢だ。まだ酒が抜けてない為に夢が見せてる幻覚なんだ!もう一度寝れば全部消えるはず。よしっ、寝よう…
そう結論を出すと純は無言でベットに入り寝る事を選んだ。夢であって欲しいと切に願いながら。
次に純が目を覚ましたのは外が薄暗くなり始めた夕方だった。頭痛はすっかり治っており、上半身を起こすと段々意識もはっきりしてくる。周りを見渡す
と部屋の中はシーンと静まりかえっていた。
やっぱり羽根の生えた女性なんている訳ないよな…
。それにしてもリアルな夢だったなぁ…
ホッとした純の気持ちをブチ壊すかの様に突然乱暴に玄関のドアが開き、両手いっぱいにスーパーの袋を抱えたあの女性が入って来た。
「あっ、やっと起きた!アンタいくら揺すっても全
然起きないんだもん。暇だったからスーパー行っ
て買い物して来ちゃったよ。そうだ、服借りてる
から。あ〜重かったぁ」
そう言いながら買ってきた物をテーブルの上に出していく。
夢じゃなかったぁぁぁぁ〜!!!
ベットから転げ落ちて、口をパクパクとさせている純。いつも冷静な彼がここまで動揺している姿は、彼を知る者は誰一人見た事が無いだろう。絶句し不自然な格好のまま動かない純を放って上はキャミソールは同じだが下は純のダボダボのズボンというセンスの無い格好で胡座をかき、買って来たのであろう缶ビールを開けると一気に飲み始めた。
ちなみにやっぱり背中には大きくて真っ白い羽根が生えている。
動悸のする心臓を落ち着かせる為とりあえず深呼吸すると、2本目のビールを一気飲みしている相手に話しかけた。
「あの…何でここに居るんですか?」
「あぁ!?言ったしゃん、しばらく世話になるよっ
て。忘れた訳?それともまだ寝ぼけてんの?まぁ
いいや、ちゃんと純の分の食べるモンも買ってき
てるから。大丈夫、お金はちゃんとあたしのだか
ら安心しな。アンタ、寝てばっかで朝から何も食
って無いから腹減ってっしょ?お惣菜買ってきた
から食べな」
「あ、ありがとうございます…ってその背中のモン
丸出しで外に出たんですか!?」
「あはは〜気にしない、気にしない。あたし人目な
んて気にしないもん。それに皆んな、純みたいに
コスプレかなんかだと思ってんじゃないの?そん
な事より早く食べなよ、せっかく作りたてのモン
買ってきたのに冷めちゃうぞ」
「あなたは人目を気にしなくても、物凄く目立つと
思うんですけど…。ところで本気でここに住むつ
もりなんですか?本当に困るんですよ、俺。いい
加減帰って下さい。お願いしますから…」
「お願いって言われても、だってもうあたし決めち
ゃったもんよ。ここ居心地良いしさぁ。元の場所
に帰る位ならその辺の公園で野宿した方がマシ!
ほらほら純、早く食べないと全部あたしが食っち
ゃうぞぉ。何、もしかして遠慮してんの?そんな
んせんでいいって!」
どうしよう、微妙に会話が噛み合わない…
戸惑いながらベットから下りると、純は改めて女性と向き合う様に座り
「取り敢えずビールを飲むのを止めて貰えますか?
色々と聞きたい事がいっぱいありますから」
「おぉ、良いよ。何でも聞いて。いやその前にさぁ
、その堅苦しい口調こそ止めてよ。敬語使われん
の嫌いなんだよね」
そう言うと缶ビールをテーブルに置いた。よく見ると一体どこから引っ張り出してきたのか、純が大学1年の時学祭で使用した作業着のぼんたんズボンを穿いている。純すらどこにしまったのか忘れていたのに…
「えっとじゃあ…一応介抱してくれてありがとう。
でも何で君は俺の部屋に住もうと決めたの?」
「『君』じゃない!ちゃんとFederって名前があん
の。ここに世話になるって決めたのはあたしがこ
こと純を気に入ったから」
「あのねぇ、百歩譲ってこの部屋が気に入ったとい
うのは分かったとしよう。でも俺まで気に入った
ってどういう事?どこが?何を?」
「どこがっていうか、何となく」
これまた微妙に答えになってない…
「何となくって言われてもねぇ。そのウェ…!?」
「Feder(フェダー)!!ドイツ語で羽根っていう意味
。あっ、あたし一応ドイツ出身なんだわ。旧東ド
イツのテューリンゲン州という所のど田舎。周り
は見渡す限りの麦畑と森しかなかったんだよなぁ
。そんでね時期になると麦畑がまるで黄金色の絨
毯みたいになってすごく綺麗なんだよ。それであ
たしを育ててくれたのがヴァルダーっていうじい
さんなんだけど、そのじいさんがキノコ採りに森
に入った時森で一番大きな樫の樹の根本に2〜3歳
位のあたしが背中の羽根に包まれてる様に寝てた
んで拾って帰ったんだと。だからFeder。そのま
んまじゃん!」
「捨てられたの!?」
「さぁ?」
「さぁ?って…」
「それより、このヴァルダーじいさんっていうのが
かなりの変わり者で有名でさ、どうやら大地主ら
しかったんだけどね。どん位大地主かっていうと
見渡せる限りの土地はみーんなじいさんの所有物
で、あたしを見つけた森もじいさんの土地ってい
うベタなマンガみたいだよね」
「へ…へぇ〜」
「他にもいっぱいいろんな物持ってたみたいだけど
。そんなんだから変人って言われてたんかな?」
「さ、さぁ?」
「自分で家建てたり庭に畑作って野菜育てたりして
自給自足の暮らししてたの。鶏とか牛とかも飼っ
てたんだよ。あぁ、ヤギと馬と羊と…。いっぱい
飼ってた。あたしの朝の日課、卵の回収と乳搾り
だったもん」
「そ、そうなんだ…」
「何つーか気分はハイジ!?チーズもソーセージも
手作り!金持ちなんだから買えばいいのにね。そ
ういえば日曜日には欠かさず教会に行ってたなぁ
。これでもあたし聖歌隊に入ってたんだよ。じい
さんの影響なんだけどさ。だってじいさん、あた
しが歌うとすごく嬉しそうな顔してたし喜んでく
れたから」
「はぁ、世話になる話とドイツでの乳搾りがどうの
こうのという話がどう関係するのか全く分からな
い上に何故いきなり生い立ちなどの身の上話を聞
かされるのか話が見えないんですけど…」
困惑する純の質問を無視して、急に暗い顔になり
「そんなヴァルダーじいさんも去年病気で死んじゃ
った…」
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