第2話
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カンカンカン…
バイト帰りの重い足取りで築10年はとうに過ぎているであろう所々ガタがきている安アパートの階段を斉藤純は上がっていた。
両手に夕飯と明日の朝食の材料を抱え、階段を一つ一つ上がる度に純の心はブルーに染まっていく。
原因は分かりきっている。
このところ気が滅入っているのは絶対アイツの所為だ!!
今日だって普段あまり感情を表に出さない純を大学の友人達が
「おい斉藤!お前何かやつれてるぞ!?大丈夫か?
お前が疲れた顔してるなんて珍しいな。よっぽど
の事でもあったのか?」
「本当だ、顔色悪いぞ。どうしたんだ?…大体バイ
トのし過ぎなんだよ。今も掛け持ちしてるんだろ
?ほどほどにしとかないとマジで身体壊すぞ。」
と本気で心配してくれたが、純にはただ礼を言い大丈夫だと答えるだけの気力しか無かった。
そんな友人達とのやりとりを思い出しつつ
「ただいま…」
消え入りそうな声で言いながら玄関のドアを開けた純が見たものはあまりにも悲惨な姿と化した自分の部屋の光景だった…。
昨日掃除したばかりの1LDKの狭い部屋の床一面に大量に転がったビールの空き缶、食い散らかった何種類ものスナック菓子、テーブルに至ってはチーかまやさきいかの残骸にサラミの食いかけ、その他諸々による小さな樹海が目の前に広がっている。
その部屋の中央には上はキャミソール、下は純が高校生の時の学校指定だった緑のジャージを穿いてあぐらをかき、大声で爆笑している諸悪の根源が居た。
純は全身から一気に力が抜けるのを感じ、夕飯を作る気力さえ失ってしまった。失意のまま、とりあえず自分の座るスペースだけでも確保すべく空き缶を足で退かしながら部屋に入ると
「あっ、純くぅ〜んだぁ!お帰りなっさぁ〜い!!
ねぇちょっと観てよ、この芸人!超面白いの!や
っぱこの小町様が見込んでるだけはあるわ。」
「……腹立つ(小声)」
「ぷっ、うははは、あへへへへ、あー腹痛ぇ〜もう
最高!!こいつは絶対売れ…」
ゴスっ!!!
失意から段々怒りに変わりその怒りがついに頂点に達した純の頭突きが見事、小町にクリーンヒットする。怒りでますます無表情になった純は、さっきまで大爆笑しながらテレビを観ていて気持ち良く酔っ払っていたのに今は頭を押さえ小さくうめきながら蹲る小町と呼ばれる生物を見下ろし、低い声で話し掛けた。
「この部屋の主人は一体誰なのか何度言えばお前は
理解できるんだ?犬や猫だって2.3回教えれば覚
えるぞ。第一、足場の無い位転がってるこのビー
ルの空き缶は何だ?確か昨日、二日酔いでもう絶
対禁酒するって大声で誓ったんじゃなかったか?
俺はこの耳でしっかり聞いて覚えてるぞ。なにし
ろ昨日の事だからな。」
「いっ……たぁ〜!!ちょっと、か弱いレディに向
かっていきなり何すんの!?せっかく人が良い気
分で飲んでたのに、台無しになったじゃないさ!
まだほんのちょっとしか飲んでないのに。」
頭を押さえながら小町は早口で捲し立てた。それに対して動じる素振りも見せず純は
「ほぉ〜誰がか弱いレディだって!?タチの悪い酒
乱の間違いだろう。日本語は正しく使え。それよ
りこれだけ空き缶が転がっているにも関わらず、
まだほんのちょっとと言うのかお前は?昨日、
堂々と禁酒宣言した奴の言う台詞じゃないな…。
この転がった空き缶は誰が片付けるんだ!?そり
ゃ勿論、飲んだ奴が片付けるのが当たり前だよ
な。…さっさと片付けんか、この酒乱!!」
純の[酒乱]という言葉に聞き捨てならんと小町は大声で反論する。
「一体誰が酒乱だって!?いつあたしが暴れたりし
た?言ってごらんよ!ねぇ?よしっ、こうなりゃ
一度腹割って話してみようじゃないさっ!」
「そうか…。じゃあ言わせてもらうが窓全開に開け
て大声で歌い始めたと思ったらバランス崩して落
ちそうになったり、いきなり料理作ると言い出し
て包丁を持った三分後に台所を壊滅状態した挙句
出来上がったモノはブゴッと不気味な音を出す生
まれて初めて見る物体を作り上げた奴は誰だ?
「えっ…と、それは武勇伝っていう…」
「それだけじゃない。お前の奇行ぶりは両手両足で
は全く足らん位色んな最悪行為があるぞ。それを
酒乱と言わず何と言うんだ?」
「だから…」
「うるさい。これも散々言ったが、この部屋は俺の
部屋であってお前の部屋じゃない。お前はただの
はた迷惑な居候に過ぎん。それも許可した訳でも
ないのに勝手に居着いたろくでなし酒乱居候だ。
何か反論でも?」
純の容赦ない言葉に言い返せないと判断した相手は猫撫で声の甘える口調で、
「え〜とそんな事もあったかもしれないけどぉ、可
愛い酔っ払いじゃん。それに今のところ仲良く一
緒に住んでんだから。細かい事は気にしない、気
にしない。いちいち細かい事言ってたら若ハゲに
なっ・ちゃ・う・ぞ❤️」
「もしそうなったら、原因は確実にお前だな。」
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