第15話

「うーん、誘ってもらったのは嬉しいんだけど…俺

 あんまり酒飲めないんだよ。それに他のバイトも

 やってるから飲みに行けそうにもないなぁ。ごめ

 んな、柚花ちゃん」

「斉藤君、お酒飲めないの!?すっごくお酒強そう

 なのに…。ねぇ、他にもバイトしてるって何のバ

 イト?」

「家庭教師のバイトだよ。中3の女の子と高2の男の

 子。それぞれ2時間ずつで週2回教えてる。教えて

 る教科とか違うから個人別に合わせた応用問題と

 か作ったり…」


コンビニでバイトしてるのに2人も家庭教師して2時間ずつで週2回!?しかも応用問題までそれぞれに作ってるぅ!?


「それじゃ休みが無いのと同じじゃない!それに大

 学の課題やレポートやる時間も無いわよ」

「そんな事ないよ。課題は流石に資料がいるから家

 でやるけど、レポートはほとんど大学で済ませて

 るから。その方が効率が良いし、分からない所は

 すぐ質問できるしね。家庭教師のバイトは俺、将

 来教員免許取得したいから良い勉強になる。どう

 教えたら相手に分かりやすいのかな?とか考えた

 り。応用問題作る時も自分が忘れてたとこ思い出

 せるから楽しいよ。俺も勉強させてもらってるみ

 たい」

サラッと言う純の顔を柚花はまるで偉人を見る様な奇人を見る様な複雑な顔で見上げる。

「休みなんて時間を上手く使えばいくらでも作れる

 よ。誰だってそうやってると思うんだけど、違う

 の?」

これまたサラリと聞いてくる純の言葉にまったく答えられず、課題やレポートは誰かの部屋に集まって友達みんなと楽しくワイワイ言いつつ見せ合いながらするもんだと思っていたしそうやっている柚花は度肝を抜かれた。


誰だってって…私の知ってる限りの人物では斉藤君

、あなただけよ…。す、すごいわ…斉藤君!人間の成せる技じゃない、超人なんしかないの!?


実際には純の部屋に超人ではないが、背中に羽根の生えた人間なのか人間じゃないのか訳分からん奴が居座っている。だがそんな事など柚花が知る由もない。

結局1人も客が来店する事なく時間だけが過ぎていった。時計を見た純が、

「そろそろ上がる時間だよ。もうすぐ交代する人達

 も来る頃だし、ここはもういいから先に着替えて

 おいで」

「そう?じゃあ遠慮なくそうさせてもらおうかな」

そう言って柚花がスタッフルームに消えるのと同時に2人のバイト店員が店内に入って来た。

「お疲れ様で〜す。あっ、これ近くの店で買って来

 た中華まんっす。外すんげぇ〜寒いんで帰りにで

 も食べて下さい」

と1人が湯気の立つ熱々の中華まんを純に差し出す

。純はありがたく受け取ると礼を言った。

「ありがとう、気を遣わせて悪いな。もう大体の事

 は済ませてるから、後は…業者待ちってところか

 な」

「いえいえ、いつもお世話になってるのは俺達の方

 だし。すいません、そこまでやってもらって」

「そうっすよ、やっぱ斉藤さんの後の仕事はやりや

 すいよなぁ」

「ほんと、ほんと!それに比べて店長の後なんか…

 なぁ?」

2人の会話を聞きながら苦笑を浮かべ、まあまあと店長をフォローする様に

「いや、たまたま客が来なかっただけだし。それに

 やれる所しかやってないよ。こちらこそ差し入れ

 貰って本当に悪いな」

「良いんですよ、たいしたモンじゃないっすから。

 じゃあ自分ら急いで着替えてきますんで、早く上

 がって下さい」

そう言うと2人はスタッフルームに駆け込んで行った。中で柚花と挨拶する声が聞こえた。柚花と入れ替わりに着替えると、2人は一緒に店を出た。出た途端肌寒さを感じる。純と柚花は差し入れで貰った中華まんを分け合うと、食べながら歩き出した。純

はこんな遅い時間に終わるシフトに柚花と一緒になった時は必ず彼女を家の近くまで送るようにしている。

「いつもごめんね。斉藤君の家、逆方向なのに…」

すまなさそうに柚花が謝ると

「気にしなくていいよ。最近、特に物騒だしね。大

 体問題なのは女の子をこんな時間帯に終わらせる

 ようなシフトを作成する店長が悪いんだから。ま

 ったぬ何考えてんだか…。今度、店長にシフトの

 組み方について注意しとかなきゃ!」

と言い、中華まんを頬張った。横で同じく中華まんを食べていた柚花は吹き出して

「やっぱり店長に注意出来るバイト店員は斉藤君だ

 けね。さすが店を影で仕切ってるボスだけあるわ

 ぁ。本気で店長の頼みを考えてみたら?」

「まだ言うの?柚花ちゃんといい皆んなして次期店

 長ってばかり言って。勘弁してくれよ」

う〜んと頭を抱える純の姿を見て、「よっ、次期店長!!」と煽りたて冷やかしながら更に笑い、つられて純も笑いが込み上げ結局2人はお互い大笑いし合う事になった。

ひとしきり笑い合った後他愛のない話をしながら柚花をアパートの近くまで送り届けると、純は途中にある24時間営業しているスーパーに立ち寄り夕飯の材料を買うと家路に着いた。

「ただいま」と玄関のドアを開けると、待ってましたとばかりに待ち構えていた小町が子犬の様に駆け寄ってきた。

「腹減ったぁ〜!!純君、今日の夕飯は何かな?」


開口一番がおかえりじゃなく夕飯のメニューとは、なんだかなぁ…


内心純はムカついたが、今に始まった事ではないと自分に言い聞かせ諦めていた。

「あー、今日は親子丼にしようと思…」

急かされて純が夕飯のメニューを説明しようとした言葉を遮って急に小町は純の着ているコートを掴み

、クンクンと嗅ぐと

「何か純、中華まんの匂いがする…」


お前は麻薬の匂いを嗅ぎ分ける特別訓練を受けた警察犬か!?それとも野生の勘なのか!?


やっぱり未知の嗅覚を持っているんじゃないかと疑っている純の服を執拗に嗅ぎ続け、「やっぱり中華まんの匂いがする」とブツブツ言っている。

やれやれと溜め息を吐きながら小町を無理矢理服から引き離すと、

「あぁ、バイトの後輩が帰り際に差し入れとしてく

 れたんだ」

と教えると小町は不服とばかりに

「純ばっかりずるい!あたしの分は?」

「ある訳ないだろ、差し入れなんだから。それに今

 日一緒だったバイトの後輩を送る途中で分けて食

 べたんだよ。そんな事より夕飯を作るんだからそ

 こを退いてくれ」

自分の分が無いと言われて不機嫌になった小町だったが、純が何気に言った送って行ったバイトの後輩という言葉にピクッと反応した。そしてスーパーで買って来た材料を袋から出している純の背後にススーっと立つと、ニヤニヤしながら

「ねぇ、今日一緒だったバイトの後輩って女の子?

 純も家まで送ったりするんだねぇ」

玉葱を刻みながら純は

「あぁそうだよ。夜は物騒だし1人で帰す訳にはい

 かないだろ。だからこんな日に同じシフトの時は

 必ず家の近くまで送るようにしてるんだ。当たり

 前の事だろ」

「ふ〜ん女の子なんだぁ。じゃあ、あたしも今度遅

 く帰って来る時があったら純に迎えに来てもらお

 うーっと!」

「嫌だ、断る。お前の場合酔っ払って帰れなくなっ

 た時だろうし俺の中じゃお前は女に入らない。そ

 れに変質者だって襲う相手を選ぶからお前は絶対

 大丈夫。安心しろ。もし襲われてもお前なら自分

 で撃退できる。あー、過剰防衛にならないように

 注意しろよ」

「なんだとー!!あたしだって立派な女なんだぞ!

 なんならここで服脱いで証拠見せてやろうか?」

「見たくないから遠慮しとく。身体見たところでお

 前を女だと思わないし」

「こんにゃろう…。こう見えてもあたしゃ結構モテ

 るんだから!!」

「ハイハイ、見た目に騙されるヤツらにね。つーか

 小町邪魔なんだけど」

「くっそぅ…。あっ、忘れるところだった!その女

 の子ってどんな娘?可愛い?何て名前なの?」

邪魔だと言われてもなんとかその娘について聞き出そうと小町は頑張る。

「ねぇねぇ、教えてよぉ〜」

「何でそんな事、お前に教えなきゃいけないんだよ

 。あー、もう後ろをチョロチョロするな!手伝う

 気が無いくせに邪魔までするなら、お前の分作ら

 ねぇーぞ。それが嫌ならどっか行け」

シッシッと手で払い除ける仕草をされ、ようやく小町は渋々純の背後から離れたが、ますます興味が湧いておばちゃんの様にウキウキした声で色々と尋問してくる。

「ねぇ〜どんな娘なのよ?よく同じシフトになんの

 ?もしかして純の好みのタイプとか!?何歳?高

 校生?大学生?いいじゃん、名前くらい教えてく

 れたって。減るもんじゃないんだしぃ。背ぇ小さ

 い?髪はショート?ロング?教えなさいよぉ、純

 ったら」

「あーもう、う・る・さ・いっ!!お前に教えたら

 減らんモンも減る。大体お前が知ってどうするん

 だよ?さては小町…物凄く良からぬ事企んでるん

 じゃないのか!?そんな奴には絶対教えてや…あ

 ー卵がっ!!!!」

近くに座り込んでいた小町が強くシャツの裾を引っ張った為、最後の仕上げの卵を慎重に盛り付けようとした手が滑ってしまい卵が半分以上溢れてしまった。しばらく無惨に溢れた卵を呆然と見つめていた純が小声だが怒気を含んだ声で、

「これ…お前のやつだからな」

冷たく言い放つと純は無言で自分の親子丼を作り始めた。純を怒らせてしまった小町は、チッと舌打ちしこれ以上尋問するのは危険だと察知した。

なら自分で調べてやろうじゃないか!と行動を起こす。純のバッグに近寄りそっと中を開け、手探りで漁りコンビニのシフト表を探し当てた。

「おぉ、あったあった。えーっと今日純と一緒だっ

 た娘は…。なんだぁ、この汚いシフト表は!?今

 時手書きかよ。しかもきったない字の上苗字しか

 書いてないじゃん!この世の中パソコンっていう

 便利なモノがあるでしょうが。文明の利器を活用

 せんか。分かりにくいったらありゃしない!まっ

 たく誰が作ってんだよ?まぁ、いいや。問題の娘

 は…あった!柳田って娘ね。柳田、柳田…よしっ

 覚えた。そんで次の柳田ちゃんのシフトは、今度

 の水曜日かぁ。ラッキー、丁度純が家庭教師のバ

 イトの日じゃん!この日に偵察するしかないな。

 さて、その柳田ちゃんとやらの顔がどんなんか小

 町さんがしっかりじっくり拝んでやろうじゃない

 の。首洗って待ってろ!あぁ楽しみだこと。うひ

 ょひょ」

奇妙な声で笑いながら小町はシフト表をバッグの中に突っ込んだ。

余談だが、小町がボロクソに言ったシフト表だがバイト先の店員達の間でもかなり不評の店長直々の手書きである。本当に字が汚すぎて読めなかったり分かりにくい。

卵がほとんど入っておらず玉葱ばかりの親子丼を黙って食べる代わりに妙な笑みを浮かべる小町を見てドン引きした純が、

「いつもならダラダラと文句を言うくせに今日はや

 けに素直に食べてるな」

「玉葱は美容に良いって今日、ワイドショーでやっ

 てた」

と飄々とした顔で答える小町に


普段美容なんかに一欠片も興味ない奴が急に何を言い出してんだろう…。それに何でそんなに不気味な笑い顔してるんだ!?


純は気味悪がった。
















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