第16話

あれから水曜日が来るのがどれだけ遅く感じたことだろう。小町は待ちに待った日に朝からソワソワし落ち着かなかった。夕方になり今日1日中挙動不審だった小町を不審に思いながらも

「じゃあ、俺バイトに行って来るから戸締まりちゃ

 んとしろよ」

「おぅ、任せとけ。妹の為にしっかり働いてこいよ

 〜!」

返事をしながら純を見送ると小町はフンフ〜ンとご機嫌で鼻歌を歌いながらこの日の為にこっそり用意した服に着替え、純に日頃からうるさく言われている戸締まりを適当に済ませると下手くそなスキップをしながらコンビニへと出掛けて行った。肝心の玄関の鍵は掛け忘れていた。

その頃コンビニでは何も知らない柚花がレジを担当していた。やっと慣れてきたレジの仕事を一生懸命こなしていると、ドアが開く音がしたので挨拶しようと顔を上げた。入って来た客を見るなり手の動きがピタッと止まってしまった。しかも柚花だけでなく店内にいる全てのお客や店員まで時間が止まったかの様に動かなくなり、入って来たばかりの来店客を食い入るように見入っている。

理由は一つ。その客が今まで見た事もないすごい美貌の持ち主だったからだ。サングラスをかけ、シフォンワンピースにファージャケットを見事に着こなし、黒のロングブーツが美脚をより一層強調している。そして何より醸し出されるオーラからして違う。よくテレビで観る女優が霞んでしまい足元にも及ばない程、黄金のオーラだ。

突然現れたまったくこのコンビニに似つかわしくない客は店内をキョロキョロと見渡し、誰かを探している様子だった。見惚れている柚花と目が合うとニッコリ笑い、薄いブラウン色の長く綺麗な髪を靡かせ颯爽と柚花の元へ歩いてくる。


うわっどうしよう、何か知らないけどこっちに来るわっ!!


同じ女性だと分かっているのに、ドキドキしている柚花の前に立つとその客はサングラスを外した。素顔を間近で見た柚花はますます見惚れ、目が離せなくなる。


き・・・綺麗な人。まるでどっかの絵画から抜け出てきた女神様みたい。わぁ、綺麗なグリーンの瞳…


見惚れて動けないでいる柚花に、只者ではないオーラを放つその客は、

「ねぇ、ここでバイトしてる柳田っていう苗字の女

 の子知らない?」

「へっ!?」

思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった柚花は一瞬自分の耳を疑った。


さっき柳田って言った?私の事じゃないよね?聞き間違いだよ。まさかねぇ…


「確か、この時間に柳田って娘が働いてるってちゃ

 んと調べたんだけどなぁ?ありゃ、もしかして間

 違えたんかなぁ?あの表きったなくて読むのに苦

 労したから、見間違えたか!?」


や・・・やっぱり私の事だ!柳田って私しかいないもの。でも何故!?どうして私に用があるの?私、何かしたかな?


「あのぅ、や…柳田は私ですけど…」

おそるおそる消え入りそうな声で名乗り出た柚花に

、首を捻っていたその客はパァと花のような笑顔になりカウンターに身を乗り出して、

「あなたが柳田さん!?ふ〜ん、へぇ〜」

と言うと上から下まで、まるで品定めするかのように丹念に見つめる。

「あの、私に何か…?」

柚花が小さな声で尋ねると、今まで見つめていた客は

「おっと失礼。初めまして、斉藤純の知り合いの者

 です。いつも純がお世話になってます」

深々と頭を下げた。それにつられて柚花も

「いえ、こちらこそ斉藤君には何から何までお世話

 になりっぱなしで」

と挨拶しながら頭を下げる。そして頭を上げた途端、満面の笑顔で

「柳田さんって何て名前?」

今までのかしこまった挨拶からいきなり親しい友達の様な態度に変わって、柚花は戸惑い何故自分の名前を聞かれるのか分からないまま小声で名乗った。

「ゆ、柚花と言いますが…」

「ゆずかちゃんっていうの!?ゆずかってどう書く

 の?」

「えっと柑橘の柚に花って書きます」

「こう?」

持参したチラシの裏に書き、柚花に確認してもらうと

「おぉ、これで柚花!いやぁ〜ん可愛い名前ぇ〜

!!本人にピッタリだぁ。あたしはね、こまちっ

 て言うの。小さい町って書いて小町。気軽に小町

 って呼んで!ハイッ、よろしくぅ〜」

と右手を差し出した。状況が掴めず訳の分からないままそぉーっと手を差し出す柚花の手をむんずっと掴むと力いっぱい上下に振り、やや無理矢理握手を交わす。

「小町さん…ですか?」

「そう!これでもう柚花ちゃんとは友達だね」


どう見てもヨーロッパ辺りの貴族か王室にいそうな西洋人の顔してるのに、何でまた小町なんだろう?いっそエリザベスとかなら納得するのに…。それに

名前と同じでペラペラなのは良いけど、ハチャメチャな口調は何なの!?この人、自分の名前と口調が

外見とかなりギャップがある事を分かってらのかしら?…色々な意味で全てを裏切ってくれる人ねぇ…


最初に純が違和感を指摘したのとまったく同じ事を柚花も思った。純や柚花だけでなく、名前を聞いた全ての人達が間違いなく{小町はないだろう!}と心の中でツッコミを入れることだろう。しかし小町という名前を気に入っている当の本人は自覚もなけりゃ、例え似合わないと言われたところで気にしないし聞く気もない。

「あたしね、どうしても柚花ちゃんに直接会って聞

 きたい事があったの。突然なんだけど柚花ちゃん

 さぁ、純の事どう思ってる?」

やんわり聞くことなく、直球ど真ん中の質問を投げ付けてきた小町の極上スマイルに柚花は完全に圧倒され、狼狽える。

「さ、斉藤君の事ですか?」

「そう、純よ純っ!!柚花ちゃんは純の事どう思っ

 てる?」

キラキラと目を輝かせて聞いてくる小町にますます圧倒されながら、

「えっと、斉藤君の事は良きお兄さんみたいだなぁ

 って思ってます。良く気が付きますし、みんなの

 サポートもしっかりしてくれるので店長より信頼

 されてますね。それに店員達の相談も聞いてくれ

 るし。もちろん私もよくフォローしてもらったり

 相談にも乗ってもらってますから信頼してますし

 それ以上に尊敬してます」

真剣な顔で答えた。

「良きお兄さんねぇ…。純って今時いないタイプの

 男だよね。化石か絶滅寸前の動物みたいな奴だわ

 。あたし、あんな奴初めて見た!」

自分の事は棚に上げ、柚花の話にうんうんと頷いて聞いて純について述べる小町の姿を見ながら


私はあなたのような人を初めて見ましたけど…


柚花はそっと心の中で呟いた。それにしても化石扱いされた純が聞いたら、お前にだけは言われたくないっ!!と有無も言わさず頭突きするに違いない。

ほとんど小町1人で喋り柚花は相槌を打つだけという会話が10分程続いていた時、ふと時計を見た小町が急に大声を上げた。

「うぉっ、もう帰らなきゃ!いつもの番組に間に合

 わなくなるっ。今日はね、柚花ちゃんってどんな

 娘かなぁ?って調べに来ただけなんだ。でも話し

 てみて想像以上に柚花ちゃんがすっごく良い娘だ

 って分かったから来た甲斐があって良かったわ。

 よっしゃ、気に入った!!今度デートしよう。約

 束したから、これあたしの連絡先。じゃあまた来

 るからねぇ〜。バイバーイ」

と言って帰ろうとしたが、「あっ!」と何かを思い出したのか振り返って

「今日、あたしが柚花ちゃんに会いに来た事は純に

 絶対内緒ね?」

柚花に耳打ちし、柚花が頷くのを見届けると大きく手を振りながら帰って行った。


何だか嵐の様にやって来て嵐の様に去るってこういう事言うんだなぁ…。それに斉藤君ってすごい人と知り合いなんだ。どこに行ったらああいう人と出会えるんだろう…?


柚花はしみじみ純をすごいと感じた。しばらくボーっと立ち尽くしていると

「あのぅ、レジを…」

会計の途中だった客に声を掛けられ、はっと我に返った柚花は今、自分はバイト中だったと思い出し、慌てて

「申し訳ございません!お待たせしましたっ」

と頭を下げ、レジを再開した。

それが合図になったのか、時が止まっていた店内に再び時間が戻ってくる。しかし柚花だけは小町との出会いが夢だったのかもしれないと不思議な気持ちで調子が狂いっぱなしの1日を過ごすハメになった。小町が良からぬ作戦の為に会いに来たとも知らず…。


行きと同じように下手くそなスキップで部屋に帰って来た小町は、ウヒヒヒッと変な笑い声を出しながら1人興奮していた。

「純もなかなかスミにおけないじゃないの!あんな

 可愛い娘と一緒に働いちゃってさぁ。可愛くて、

 小さくて、小動物みたいに目がクリクリしてる娘

 で。そんな娘といつも一緒にいて好きにならない

 男はいない。でも柚花ちゃんは純の事お兄さんと

 しか思ってないみたいだし…。でもねぇ…。よっ

 しゃぁ!くっつけてやろうじゃないさ、この恋の

 キューピッド小町様が!!感謝したまえ純よっ。

 そうだな…題して『純と柚花ちゃん、ラブラブの

 恋人になりましょうね、いや、させてみせる大作

 戦!!』おひょひょひょ。いいね、いいね、青春

 だねっ、こんちくしょう!もう何が何でも小町様

 が絶対くっつけてやるわい。お兄さんから卒業し

 て1人の男として意識させ一気に恋に落ちさせる

 !何と壮大でドラマチックな作戦なんだろう。

 あ〜久しぶりに腕がなるわぁ。やっと来た青い春

 なんだぞ純、このまたとないチャンスを逃すなよ

 !!…っといけねぇ番組が始まっちゃう」

何とも幾多のバライティー番組等で使い古された様なセンスもひねりさえ無い作戦名である。しかもかなり私情が混じっている気がするのは気のせいなんだろうか?

それにしても、そう企んだ小町だが今はお笑い番組を観ながら腹を抱えてバカ笑いしていて果たして本当にこの作戦が上手く成功するのかは小町の本気と神のみぞ知る。そして不運なことにその作戦のターゲットというより餌食に選ばれてしまった可哀想な純と柚花は何も知らず、今も一生懸命お互いのバイトにて精を出しているのであった。
























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