第14話

4、


「お釣りの206円とレシートのお返しでございます

 。ありがとうございました。またお越し下さい

 ませ」

PM11:20、コンビニの店内の客がめっきり少なくなる時間帯だ。現にさっき出て行ったお客で店内には店員以外誰もいなくなってしまった。

客がいないのを確認すると純は肩の力を抜いた。このコンビニでバイトするようになって3年半になる。純には自覚が無いのだが、今じゃ他の店員達の間では店長より信頼され、良き相談相手で一番頼りになる存在となっている。しかも何故か店長からも

しょっちゅう相談を受け、大学を卒業したらぜひウチの店の次期店長に!としつこく誘われている。将来、教師になりたいと思っている純はその都度やんわりと断っている状況だ。


ありがたい事だと思うけど、できる事なら次期店長は他の誰かに…


「ねぇ斉藤君、最近雰囲気変わったよねぇ。何かあ

 った?」

そう純に話しかけて来たのは、同じバイト店員で一つ年下の柳田柚花だった。彼女はここから近くにあるお嬢様がよく通う事で有名な私立の大学2年生である。ここでバイトをするようになって半年になるが、やはり柚花も頼りない店長より純を信頼しており、よく相談にも乗ってもらっている。

「雰囲気が変わった?そうかな?自分では変わった

 なんて思わないんだけど、どんな風に?」

「うーん、何というか柔らかい感じかな。後、表情

 ね」

「柔らかい感じ?それに表情って?」

「何ていうか…今まで近寄りがたい雰囲気が無くな

 ってフレンドリーみたいな感じ。それ以前は全然

 感情を顔に出さなかったけど、最近は時々笑顔を

 見せる様になったよ」

と少しからかう言い方をした。

「俺ってそんなに怖いオーラ出してるの?しかも笑

 顔見せる様になったって…。ダメだなぁ、もっと

 気を引き締めないと」

真面目な顔して考え始めた純に

「違う違う、怖いっていう意味じゃないって。いつ

 も難しそうな顔してたって事。それにダメよ!せ

 っかく笑顔見せる様になったんだから。みんなも

 喜んでるんだからね。パートの小林さんとか石本

 さん達なんか『あら、斉藤君って可愛い顔して笑

 うのねぇ〜』って言ってたわよ。仲間内ではかな

 り評判良いんだから」

「可愛いって俺が!?そう言われると、ますます気

 を付けないと…。俺のイメージが崩れてしまう」

「あらっ、斉藤君も自分のイメージとか気にするの

 ?意外だなぁ、我関せずって感じなのに。で、斉

 藤君の思ってる自分のイメージってどんなの?」

「イメージっていうか、こうでなきゃ!と思ってる

 ことかな」

「クールってこと?」

「クールっていうより、常に冷静で裏方としてサポ

 ートしなきゃいけないとは心掛けてる」

「へぇ〜、さすがシフトリーダーだね!」

「そりゃあ、バイトの中では俺が一番長いから。で

 もシフトリーダーとか関係なく、いつもそうあり

 たいと思うよ」

「なんだ、色々分かってるじゃない。確かにいつも

 裏方としてみんなをサポートしてるし、理想のリ

 ーダーだね。でも裏方だけじゃないわ。何ていう

 か…この店を仕切る影のボスだよ。いや、事実上

 もう1人の店長だもん」

「どんな奴なんだよ俺!?ただのバイトだって!で

 も店長から私情の相談されるバイト店員っている

 のかな…」

「えっ、店長って仕事の事だけじゃなくて私生活の

 事まで斉藤君に相談してるの!?」

驚く柚花に腕組みしながら純は苦笑し、

「結構されるよ。みんなには内緒だけどこの間は奥

 さんと喧嘩したらしくて、どうしたら良いか相談

 されて困ったよ。俺、結婚してないし…どう答え

 て良いのかこの件に関しては流石に困ったけど、

 一応俺なりのアドバイスしたらどうも上手く解決

 したみたいで良かった」

「何かもう…次期とかじゃなくて本当の店長そのも

 のじゃない。冗談のつもりで言ったのに。他にも

 されるの?」

「うん、夫婦喧嘩の愚痴とか競馬の予想とか…色々

 と」

「競馬の予想まで!?そこまでいっちゃうと次期店

 長にと期待される訳だわ…。もういっそ本当に店

 長になっちゃいなよ。今のうちにから就職先キー

 プなんて良い話だと思うわよ」

「…柚花ちゃん、他人事だと思って楽しんでるだろ

 ?」

「あれ、バレた?でも半分は本気で思ってる。だっ

 て本当に斉藤君なら適任だと思うよ。みんなに慕

 われてるし、自然とみんなをまとめてるしね。そ

 れってある意味すごい才能だと思うなぁ。それに

 良い意味で雰囲気変わったから。あっ、そうだ今

 度みんなで飲みに行こうって言ってるんだけど、

 斉藤君の予定教えて?」

明るい声で聞いてきた柚花だが、こうやって純と親しくなれたのはバイトを始めて一カ月過ぎた頃だった。それまでは純の事を近寄りがたく思っていた。いつも無表情で何を考えているのか分からない純が苦手と言ってもよかった。しかし今までバイト経験が無かった為勝手が分からず、失敗ばかり繰り返していた。ある時スタッフルームでもう辞めてしまおうかと落ち込んで1人泣いていたら偶然に忘れ物を取りに来た純が入って来た。一番見られたくないと思っていた人物に泣いている所を見られ、咄嗟に涙を拭いてそっぽを向いた。恥ずかしいやら気まずいやらで顔を背けている柚花の側にそっとティッシュの箱が置かれ、

「初めから上手く出来る人なんていないから。今ま

 でバイトした事無かったら尚更だよ。慣れてる人

 だって失敗するんだから柳田さんが失敗するのは

 当たり前だと思うな。店長なんか今だに失敗ばか

 りしてるし失敗しながら覚えるもんだからね。も

 う辞めようと思うのは早いと思う。もったいない

 よ。絶対大丈夫、柳田さんならすぐ慣れる」

そう言うと純はスタッフルームを出て行った。ある時は商品を床にぶち撒けてしまい、どうしようと焦って商品を拾おうとすればする程もたついてしまう。一生懸命拾っているといつの間にか横で純が一緒に拾いながら素早く商品を棚に並べていく。並べ終わると小さな声で

「そんなに焦らなくても良いよ。自分のペースでや

 れば良い」

ポンッと軽く肩を叩くと、何事も無かった様に自分の持ち場に戻って行った。その後も色々とさりげなくサポートしてくれ、パートの人達と仲良くなり純の事を何気に聞いてみたところ誰一人純を悪く言う

人がおらず驚いた。更には「ウチの息子にしたい」と言うおばちゃんまでいたほどだ。確かに自分もいつも純に助けられているし純の言葉で何度救われたことか…。斉藤君は良い人かも、いやかもじゃなくて良い人だ。純に対する印象が変わり、それからパートの人達のおかげで徐々に純とも話せるようになった。今では他の店員達と同様何でも相談出来る良き相談相手になってもらっている。寡黙であるが、面倒見が良く常に周りを見てさり気なく他の店員の後ろからサポートを行い店員達の信頼も厚い。そして自分達の相談や愚痴にも嫌な顔一つせず最後まで聞いてくれた上で適切なアドバイスをしてくれる、それが今の純に対する印象だ。実際バイト店員達だけでなくパートのおば様達と男女問わず全員の駆け込み寺と化しているが本人は気にしていないのか、気付いていないのかイマイチ分からない。





































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