第26話
「たっだいま〜!!」
「小町!?何でここに…大使館に居るんじゃなかっ
たのか!?」
普段と変わらず帰って来た小町に驚いた純が大声で言うと、小町は冷蔵庫からビールを2、3本取り出しながら不思議そうに
「何であんなとこにいつまでも居なきゃなんないの
さ?やる事やったんだから帰ってくんのが当たり
前じゃん。…っぷはぁ〜!!やっぱ一仕事終えた
後のビールは最高だねっ」
とビールを一気に飲み干した。そんな能天気な小町の様子に純は
「一仕事って…フォルトさんや大使館はどうするん
だよ!?」
口をパクパクさせながら聞くと、小町はもう一本缶を開けながら
「あー、フォルトおじ様ねぇ…。やっぱあの電報ウ
ソでさぁ、全くやる事がセコ過ぎなんだよっ。ど
うしても大使館に戻って来いってうるさいから、
ちゃんとした場所で真面目に歌うって条件で大使
館に戻るのナシにしてもらった。おじ様、あたし
をちゃんとしたコンサートホールで歌わせるのが
ずっと夢だったらしいんだけど、まさかあんなホ
ールを押さえるとは思わなかったわ。何度も歌え
、歌えっていつも言われてたけど…。ありゃ、絶
対自分の立場を利用した職権濫用だな!あたしと
してはその辺の公園でも良かったんだけどね。今
まで面倒臭いから嫌だって断ってきたんだけど、
あたしの方から歌うって言ったんだ。純のアパー
トに住む事も許してもらえるし純との約束も守れ
るから一石二鳥だからさ。どうだった、あたしの
歌?」
「あっ、いや…凄かった…」
「そう?なら良かった!」
感動したとか素晴らしかったなど気の利いた感想の一つも言えず、ただ凄かったとしか言えない純の返事に小町は満足した顔をした。
「あの…約束を守ってくれてありがとう…」
「純が喜んでくれるならあたしはそれで良い」
これだけは伝えなきゃと思って感謝の言葉を言ったのだが、小町のさらりと答えた返事に純はドキッとする。照れ隠しに、
「お前、ドイツ語より英語の方が出来るんだな」
「あたし、ドイツ語より英語の方がもっとちんぷん
かんぷんだよ?」
「えっ、だって今日歌ってたじゃないか!?それに
いつも洋楽聴いてるし…」
「だから聴いてる時はずっと歌詞カード見てたじゃ
ん」
「それは、英語の方が出来るからじゃないのか?」
「歌詞カードがなきゃ何言ってんのか全然さっぱり
ちっとも分からん」
「じゃあ、何で聴いてんだ?」
「う〜ん、雰囲気?あたしドイツ以外英語圏内の所
行った事無いもん」
「お前、海外の雑談モデルしてるんだろ?その時は
どうしてるんだ?」
「笑顔とジェスチャー、そしてノリと勘で乗り切っ
てる!!」
「・・・・」
少しでも小町を見直した俺がバカだった…
後悔している純と反対に次々とビールの缶を開けながら嬉しそうに飲んでいる。しかし急に渋い顔をして
「おじ様ったら大使館に住まないなら毎日遊びに来
いだってよ。あのオヤジいつ仕事してんだよ!?
仕事してるとこ見たこと無いんだけど…?大体こ
こからあそこまでどれくらいかかると思ってんだ
か。面倒くさいし金がもったいないっ。誰が毎日
行くかってんだ!何の為に出て行ったと思ってん
の。それにあたしだって色々忙しいんだよっ。あ
ぁ、でもそうしたらおじ様の事だからまたSPとか
寄越しそうだなぁ…。よしっ、決めた!あたし、
これから一生純と一緒に住むわ。居候じゃなくて
同居すんの。んっ、待てよ?一生一緒に住むんだ
ったら同棲になるな。そうしたら…この部屋だと
2人は狭いわなぁ。そうだ、おじ様に良い物件探
してもらおーっと」
自分のスマホを取り出すと番号をスクロールし始める。素早く小町の手からスマホを取り上げて切ると
純は、
「冗談じゃないっ!何で俺がお前と一生暮らさなき
ゃならないんだ!?勝手にあれこれ1人で決める
なっ。そもそも俺はこの部屋が気に入ってるんだ
。住むならここじゃなくて別の所で小町1人で住
め。頼むから俺を巻き込むな。自分が居候だと分
かってるんなら早く出て行け!!」
さっきまでの余韻はどこへやら、小町のとんでもない思い付きに大反対した。
「いーじゃないさ、一生一緒に住んだって。あたし
純の事大好きだし気に入ってるもん」
「前から言おうと思ってたんだが、お前俺を気に入
った理由を何となくって言ったがあれ嘘だろ?」
「アレッ、本当の理由言わなかったっけ?そうか純
あの時、酔ってて覚えてないんだ。初めて会った
時に酔っ払った純を介抱したって言ったでしょ?
そん時ね、濡れタオルをおでこに当てようとした
ら純、あたしの頭を撫でながら『ありがとなぁ』
ってずっと言ってくれたの。それがヴォルダーじ
いさんが良くしてくれてた仕草にそっくりでさぁ
。あったかい大きな手で優しく頭撫でてくれて…
。だから懐かしくなって。それで大好きになった
し気に入ったの」
「それだけ!?」
「うん、そんだけ」
あっからかんと答える小町に純は、ワナワナと怒りで震えながら
「たったそれだけの事で何ヶ月も居座られた俺の気
持ちを考えろっ!このバカたれがっ!!絶対にお
前とはこれ以上一緒に住まん。早く引っ越せ。今
すぐにでも!」
と怒鳴った。
「え〜っ、一緒に住もうよぉ」
しつこく言う小町にある事を思い出した純は言った。
「お前、ドイツに行けるくらいのお金持ってるだろ
。あの時、貯金してる金は使ってなかったみたい
だし。その金で1人、アパートでも何でも借りて
暮らせば良いじゃないか」
「あん時はじいさんが残してくれた遺産を少し使っ
ただけだよ」
「そんな遺産なんて大金持ってるならもう一度使え
ば良いだろ?」
「嫌っ!じいさんの遺産は大切に残しとかなきゃい
けないの。じいさんとの約束だから」
「どんな約束だよ?」
と問い掛けると小町は言いにくそうに
「…あたしの結婚資金に使えって…」
「はぁ!?だったら今すぐそこら辺にいる男、とっ
捕まえて嫁に行けっ」
「嫌だよ、だって純みたいにご飯作ってくれるか分
かんないじゃないさ」
「俺はお前の家政婦かぁぁぁ〜!!!」
と純の怒声が響いたが小町はどこ吹く風と全く聞いておらず、更にとんでもない事を言い出した。
「そっか、純と結婚すれば良いんだ!そしたら一生
一緒に暮らせるし、ご飯も作ってもらえるもんね
。そうだ、そうしよう。よっしゃ、純と結婚すん
ぞ!!そうと決まれば、式は後からすれば良いか
ら籍を入れようっ純!今から婚姻届をもらいに行
ってその場で書いて出そう。安ずるより産むが易
し、思い立ったが吉日。さぁ純!善は急げだ、い
ざ区役所へ!!」
「ふ・・・・ふざけんなぁ〜!!!!」」
小町の頭に思いっきり鉄拳がくらわされる。安じゃなくて案だぞ小町!それはいいとして、それから延々と深夜過ぎても純の怒声が止む事はなかった。
6、エピローグ
人間、見た目で判断してはいけない事を俺は身をもって学んだ。そして、この言葉を最初に唱えた人物にノーベル賞並みの賞を贈りたい。もちろん賞状とトロフィーも差し上げたい。自腹を払っても良い。俺は今、とある強敵と闘っている。そいつはなかなか手強く苦戦を強いられているが、どうしても勝たなくては俺の平穏な日々は決してやって来ないだろう。平穏で静かな日々が手に入るのならば俺は悪魔にだって魂を売っても構わないと本気で思っている
。それくらいの覚悟で必死に闘っているのだ。もし本当に神や仏が存在するなら、どうかアイツを俺の目の前から消してくれ…。お願いだっ!どうか俺に平穏な日々を与えてくれ。どうか俺に平穏な日々を
…。最後にじいちゃん、俺は妖怪やお化けより恐ろしい生き物に出会ってしまいました。
終
君は天使を信じるかい? 立花万葉 @sumire303
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