第9話

うっ、とんでもなく嫌な事を思い出してしまった…


あれから本当に居座られてしまい、3ヶ月も経ってしまった。あの時から小町は小町だった。

態度はでかいし容姿からは想像も出来ないくらい口やガラは悪いし、おまけに酒乱…。小町の悪行を話せばキリがない。本当に人を見た目で判断してはいけないと純は学んだ。

「純〜!!腹減ったぁ、ひもじい!ご飯まだぁ?」

背後から夕飯の催促の声が聞こえ、丁度3ヶ月前の事を思い出していた純は小町のあまりの進歩の無さにうんざりしつつ噴いている鍋の蓋を開け、中身の様子を確かめた。後は合わせ味噌を溶いたら出来上がりだ。最後に味見をし、完成したと確認すると小町に食べる準備をする様促したが、ビール片手にテレビに夢中でまったく聞いていないという様子であっさりと断られてしまった。

ムカついた純は自分の食べる分だけ用意し鍋をテーブルに持って行こうとした。しかしテーブルの前にいざ立ってみると、上には小町が飲んだ缶がいくつも転がっていて小さな山が出来ている。目の前の変わり果てたテーブルを見て自然と深い溜め息がこぼれてくる。

はぁ〜と溜め息を吐かざるを得ない純の心中を理解するはずもない呑気な小町が片手にビールを持ったまま、フラフラとおぼつかない足取りで近寄って来ておもむろに純の持っている鍋の蓋を開けると歓喜の声を上げた。

「今日の夕飯は何かなぁ〜?あっ、豚汁だぁ!!純

 の作る豚汁った美味しいんだよねぇ。これ食べた

 ら他所の豚汁は食べられませんよ!う〜ん良い匂

 い〜!!」

豚汁の匂いを嗅ぎながら、満面の笑みを浮かべる小町に純は冷たく言い放った。

「悪いが、お前に食べさせる豚汁は無いぞ。」

「えーっ何でよ!?あたし腹空かして出来上がるの

 待ってたのにぃ!何で食べられないのさ!?あん

 まりにも酷過ぎるっ」

「出来上がるのを楽しみにしてた割には何だこの惨

 状は?周りの部屋を見てみろ。あちこちに落ちて

 いる空き缶、汚く食い散らかされたさきイカやサ

 ラミのゴミ、その他諸々の原型すら分からんモン

 の数々。日本の諺に【働かざる者食うべからず】

 というものがあってな。そういう訳で生憎、俺は

 手伝う事もせず片付けすら出来ない奴に食わせる

 モノは作ってないんだ。諦めるんだな」

純の冷たい視線と容赦ない言葉に小町は不服で仕方ないのか頬を膨らませたが、今度は逆ギレした態度で言い放った。

「いーよ!片付ければいいんでしょ、片付ければっ

 !あたしだってねそれくらい出来るさ。豚汁食え

 るんだったら片付けの1つや2つ簡単に出来るも

 んねっ」

そう言い切った小町が取った行動はテーブルの上に築かれた空き缶の山をザァーッと両手で一気に払い除けるといった到底片付けたと言うには程遠い力技だった。しかし大量の空き缶や食い散らかした肴などが落とされた為床は更に汚れ悲惨な状態から目も当てられないというか直視したくない惨事になってしまったのである。

しかし自分は片付けなんてやればできるんだぜ!と言わんばかりに自慢げで得意気な顔をして小町は純を見る。

「ほら見てごらんよ、テーブルの上がこぉ〜んなに

 綺麗になったじゃん!ふふんっ、あたしだって片

 付けくらい出来んのよ。さぁこれで豚汁が食べら

 れるぅ〜!!」


コイツは本当に片付けるという言葉を知ってるんだろうか…!?


確かに何も無くなって綺麗になったテーブルに鍋を置きながら純は呆れ果てた。

「テーブルの上は鍋が置ける程何も無くなったよな

 ぁ…」

「でしょう!だから早く食べようよ!!あー、腹減

 ったわ〜」

「しかし、床を良く見てみろ。さっきより更に汚く

 なったぞ。汚いよりももっと最悪な状態になった

 と言うべきだよな。お前のした事はゴミを下に落

 としただけで片付けとは言わない。ふぅ、世の中

 には片付けられない女性がいるらしいがお前の場

 合片付けする気すら無い。あぁ、片付けるという

 言葉を知らないのか!そこの本棚に辞書があるか

 ら、意味を調べてみるといい。そういう訳で残念

 だったな、大好きな豚汁を食べられなくて。キッ

 パリ諦めろ」

そう小町に告げると、手早く自分が食べる分だけの支度を始める。

「何が悪いの!?ちゃんとやったじゃん!テーブル

 片づ…つーか何1人で食べようとしてんのさ?」

「自分で作った御飯を自分で食べて何が悪いんだ?

 どうしても夕飯が食べたかったら床に落とした空

 き缶や転がってるゴミをみんな綺麗さっぱりゴミ

 袋に入れて片付けるんだな。空き缶は資源ゴミだ

 から、ちゃんと資源ゴミ用のゴミ袋に入れないと

 ダメだぞ。それからその他のゴミもちゃんと燃え

 るゴミと燃えないゴミに分別してそれぞれのゴミ

 袋に入れる事。それが本当の片付けるって事なん

 だぞ。言っとくけど手抜きはするなよ、後でチェ

 ックするから。やれば出来るんだろ?なら一生懸

 命頑張れよ」

そう言って御飯を食べ始めた純の背中に向かって、陰険だの冷血漢だのブツブツ文句を言いながら小町が乱暴にゴミ袋へ空き缶を入れ始めた音が聞こえてきた。


あれから一時間以上経って、ようやく片付け終わった小町は片付けている間散々純を罵り悪態を吐いていたくせに、やっとありつけた念願の豚汁を食べる事ができ、すっかり上機嫌でいた。


小町って本当に食い意地が張ってるよなぁ。それに食い物で機嫌が直るなんて単純なヤツ…


幸せそうな顔をして、口いっぱいに頬張っている小町の顔を見て純はつくづく思った。

珍しく黙々と食べている小町がふいに明日の朝食の仕込みをしていた純に聞いてきた。

「今まで疑問に思ってたんだけど…。ねぇ純、アン

 タさぁ国立の大学通ってて授業料も私立より安い

 でしょ?普通だったら合コンばっかやったり友達

 と遊びまくったりやりたい放題なのに、何でそん

 な事しないでコンビニや家庭教師のバイト掛け持

 ちしたりしてんの?まして自炊までしちゃってる

 し。別に友達がいない訳でも無いのにねぇ。今時

 いないよぉ、純みたいな奴。何か知らんけど、そ

 の分のお金浮かして貯金してるみたいだし…。何

 をそんなにあくせく働いてお金貯めてんの?」

「食べながら喋るなよ、みっともない。しかも口か

 ら溢れてるっ。別に俺が貯金しようが何しようが

 小町には関係ないと思うけど?」

「何言ってんの、アンタとあたしの仲でしょう!」

「どんな仲だよ!?」

「純の事だから何か理由があると思うんだよねぇ…

 。まさかヤミ金に手ぇ出して借金してるとか!?

 いやいや、純がそんなアホな事するはずないし…

 あっ分かった!友達の連帯保証人になったは良い

 がその友達がトンズラこいたんだ。その代償にア

 ンタが払ってんでしょ!いやぁ〜、純は人が良過

 ぎるからなぁ…」

勝手に話を作って自己完結させて満足そうに頷いている小町に純は溜め息を吐きながら言った。

「よくもまぁ、素晴らしい人の人生話を作ってくれ

 てありがとう。すごく想像豊かな発想の持ち主で

 羨ましいよ。でも残念ながらそんな友達を持った

 覚えも無いしそういう友達もいない。検討違いも

 甚だしいぞ」

「じゃあ何でよ?」

「教えない…」

不貞腐れた小町があれこれとあまりにもしつこく聞いてくるので、言い返すのに疲れた純はやれやれとばかりに仕込んでいる手を止めて口を開いた。

「最初に言っておくがヤミ金にもサラ金にも借金し

 ない事、例え知り合いだろうと友達だろうと連帯

 保証人にはならない事、それが昔からウチの家訓

 だ。」

「だったら何でよ?」

「…俺には歳の離れた妹がいるんだよ。妹が大きく

 なって大学に通う頃にはウチの両親もそれなりの

 歳になってる。例え授業料が安かろうが、今学費

 を出してもらってるのには代わりないんだ。妹を

 好きな大学に通わせる位のお金を出せるように貯

 めておく事しか今の俺には両親に恩返し出来ない

 し、今度は俺が妹を大学に行かせてやりたい。俺

 だけ大学に行くのはあんまりだろう。第一俺自身

 がそう思ってるから…」

あまり自分の事を話さない為、言い終わった後で小町相手に何をそんなに熱く語ってるんだ?と純は恥ずかしくなった。

「妹さんっていくつ?純がそうやってるって親御さ

 ん達は知ってんの?」

「今度、小6になる。俺が行かせてやりたいって思

 ってるだけだから知らない。それに勝手にやって

 る事なんだし別に言う必要も無いだろう?」

そう言ってチラリと小町を見て、純はビクッとなった。何故なら小町が鼻水を垂らしながら号泣していたからだ。慌てて、

「何で小町が泣くんだよ!?そんなに泣くような話

 じゃないだろうが!?」

小町の泣き顔に若干引き気味になりながらもオロオロする純を鼻水を啜りながら

「だってさぁ、こんなご時世に親の代わりに妹の大

 学資金を貯めてるなんていう親孝行の若者はそう

 いないよ。それに比べて殆どの若者ったらなんだ

 い!?親のありがたみも分からんで、スネをかじ

 るだけかじっておきながらやれ合コンだのブラン

 ド物買い漁って…。それを当たり前だと思って好

 き勝手に遊びほうけやがってっ!」

「そんな奴もごく一部だと…」

「純、アンタは偉い!!コンビニの賞味期限切れの

 弁当を持ち帰る事無く自炊してさ、まして2つも

 バイト掛け持ちして妹の学費を貯めるたぁ…どこ

 まで良い奴なんだよ、純は。あたしゃもう見直し

 たよ!感動モンだ!!あぁ、今時の若者達に純の

 爪の垢でも煎じて飲ませて回りたいよ。」

と近くにあったティッシュで鼻をかみながら、尚も号泣している。

「いや…そんな感動されても…。同じ様にバイトし

 て自分の学費を稼いでる奴はたくさんいるんだし

 。それに煎じて飲ませる側としては提供したくな

 いんだが。料理に関しては俺の趣味の一種だから

 。…あ〜泣くなっ、鬱陶しい!」

褒められて照れ臭い事を気付かれまいとワザと怒った口調で大きな声を出すと、小町にタオルを投げる

。タオルを受け取った小町は豚汁を食べながらも更に声を上げて号泣し続ける。


器用な奴だなぁ…


「食べるか泣くかどっちかにしろよ…」

声を掛けると、背後では嗚咽た鼻水を啜る音、それにズズーッと豚汁を食べる音が交互に響く。

その後小町は泣きながらもご飯を2杯おかわりした。



ある程度朝食の仕込みなどの家事を済ませた純は、大学で出された課題をしようとデスクの上でパソコンを開き、いつもは講義を受ける時か課題をする時にしか掛けないメガネを掛け課題に取り掛かった。課題のテーマは純が通う教育学部ならではの少子化問題についてだ。

しばらくパソコンと向き合っている内に資料が必要になり、本棚の前に立った。本棚には『思春期の子供の心理』やら『対等に向き合う教育論』などの難しい本が並んでいる。しかし隅の方に周りの本とは明らかに不釣り合いな一冊の本が混じっていた。無意識にその本に手を伸ばした純は『どうして人間は天使に憧れるのか?』という本を開き、再び小町との出会いを思い返した。
























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