第8話

そんな無茶苦茶な…。おいおい、何なんだよこの人!?家出でもして来たんだろうか?ここに住むって言われても本当に困るよ俺。


「何で帰らないのか、家出してきたのか詳しい事は

 聞きませんし知りませんけど、本当に俺困るんで

 他所に行くなりして今すぐ帰って下さい!」

「あんな監獄みたいな家には帰んない!他所に行く

 気も無い!あたしはここが気に入ったの。ここが

 良いの!ここに住んだら色々楽しそうだし、意地

 でもここに住むっ!!」


何だ!?訳が分からん。勝手に人の部屋に住むとか言い出して…どうにか帰ってもらわないと!


「介抱してもらった事は心の底から感謝します。タ

 クシー代出しますから、もう帰って下さい!正直

 居座られても迷惑なんですよ。お願いですから自

 分の家に帰って下さい。」

少し強めの言い方をしたが、女性にはどこ吹く風と全く効果無くあっけらかんと純に向かって、

「今度からは絶対麦茶とビールは入れといて。切ら

 したらおこるからねっ」

と冷蔵庫の中身について注文してきた。あまりにも人の話を全然聞かずマイペースに振る舞う女性に対して、今まで感情的にならない様に我慢しながら対応してきた純だったがついに声を荒げて

「今すぐここから帰って下さい!じゃないと警察呼

 びますよ!!」

声を荒げても丁寧語で話すあたりが純らしい。しかし相手はかなりの強敵だった。純が怒鳴っている間も床に胡座をかいて座り、うるさそうな顔をしながら耳の穴をかっぼじいていた。純が話し終わってもいけしゃあしゃあと

「朝からテンション高いなぁ純は。元気が良いのは

 良い事だ!ねぇテレビ付けて良い?この時間いつ

 も観てるワイドショーがあるんだわ。おっと、も

 う始まってんじゃん!リモコン、リモコン…」

そう言いながらリモコンを手にするとゴロンと寝そべった。その態度に再び怒鳴ろうとした純の目に信じがたいモノが入った。

「は、羽根!?」

寝そべってテレビを観ている女性の背中に真っ白で大きな羽根が生えていたからだ。よく漫画やアニメに出てくる様な羽根が…。

これには流石に純も言葉を失い頭の中が羽根でいっぱいになった。

しばらく目の前の羽根を凝視していた純は、そぉーっと羽根に触れてみる。


うわぁ、フワフワだぁ…


するとテレビを観ていた女性が身を捩りながら

「ちょっと、くすぐったいじゃないのさ。今テレビ

 観てんだから邪魔すんな!!」

と怒鳴り返すと、また何事も無かった様にテレビを観始めた。


どう見ても羽根だよな。触った感触も鳥の羽根と同じだったし…。いや待てよ、もしかしたら良く出来た作り物かもしれない。いわゆるコスプレってヤツかも?


「あの背中の羽根は…コスプレですか?」

意を決してテレビに夢中の女性に羽根の事を尋ねると、さっきまでニュースを観ていた女性は「はぁ

!?」と言わんばかりに顔をしかめ純の顔を見つめる。だがしかし純が真剣な顔でコスプレか?と言う質問を思い出し、ブハッと吹き出してまた大声で笑い出し終いには腹を抱えてヒーヒーと声にならない状態で悶え笑い転げだした。

数分後、少し落ち着いたのか、それでも目に涙を浮かべながら

「何を言い出すかと思えば…ブッフフはぁ、コスプ

 レですか?だって!もしかしてアンタ天然君!?

 いやぁ〜まさかコスプレってくるとは流石のあた

 しも思いつかなかったわぁ。しかもマジ顔で…く

 っはは、本物だよ。ほ・ん・も・の!誰がこんな

 朝早くに好き好んでコスプレなんかするかってん

 だ。それこそアブナイ人じゃん!」

言い終わってもまだ笑っている女性の背中の羽根に近づくと純は無言でその羽根を思いっ切り引っ張った。


あれっ?取れないぞ…。何か仕掛けがあると思うんだけど、結構強めに引っ張ってるのに取れないなん

ておっかしいなぁ?まだ力が足りないのか?


絶対に何かの仕掛けがあるに違いないと思っている純は更に力を込めて羽根を引っ張ってみるが、一向に取れる様子は無い。

「痛ったぁ〜!!痛い、痛い、痛いってば!もげる

 っ!あーもう、人が痛いっつってんのが聞こえな

 いのか、こんのぉタコ野郎がっ!!」

掴まれた羽根を無理矢理動かして純の手から引き離した瞬間容赦ない強烈な蹴りが純のみぞおちに決まる。純はというと、ぐふっとみぞおちを押さえ咳き込みながらこの場に蹲った。


あの羽根取れないぞ!?もしかして本当に本物なんだろうか?本物…あの感触は昔飼ってたヒヨコの羽根と一緒だった。やっぱり本物だ!でも最新テクノロジーが日々生み出され活躍してる現代で背中に羽根が生えてる人間なんて存在するのか?いや、いないだろ。じゃあこいつは何だ!?…妖怪?そうだ、昔じいちゃんが教えてくれた妖怪だ!


「さては、あんた妖怪だな!?」

「はぁ?」

「あかなめか?それともオシラサマ!?…いや、そ

 いつらには羽根は生えて無かったはず」

「ちょ、ちょっと待て!」

「羽根のある妖怪といえば…天狗。そうだ、天狗だ

 ろう!」

「天狗?何言って…」

「いや待てよ、天狗は男だ。それに外国人なんだか

 ら…西洋妖怪か!?」

「ちったぁ、落ち着け!!」

混乱して訳の分からない事ばかり口走る純にチョップをくらわし黙らせると、

「さっきから聞いてりゃ、妖怪だの天狗だの何それ

 ?それにあかなめやらオシ…なんじゃらとか言う

 し、何なのソレ!?」

「いや、ガキの頃じいちゃんが教えてくれたんだ。

 妖怪ってお化けが昔からずっといるんだって…」

「誰が化け物だっ」

「だって、羽根が生えてる人間なんていないじゃな

 いか」

「人間じゃないって誰が決めた?みんなと同じじゃ

 ないと人間じゃない訳?どんだけ偏見の目で見て

 んのさ!?じゃあ鳥も化け物なの?魚は?花は?

 全部化け物って言うの?」

「いや、そういう訳じゃないけど…」

「人間じゃないと化け物って決め付けるなんて、ど

 んだけ人間様が一番偉いと思ってんだよ」

「確かにそうだけど、普通人間には…」

「はんっ、普通!?じゃあ聞くけど普通って何?こ

 れが普通ですっていう基準でもあんの?何か線引

 きしてんの?それ決めた奴いるなら、今すぐここ

 に連れて来い!普通なんて本当は個人の価値観に

 過ぎないの。この世の中、色んな人間がいても不

 思議じゃないじゃん。個性よ、個性!」

「個性?」

「そう、これもあたしの個性」


背中に羽根が生えてるのが個性…。でも個性の範疇を超えてないか?


「純、今から自分の視野を狭くすんじゃないよ。そ

 うじゃなきゃ、大事なものを見落としちゃうから

 さ。妖怪ならあたしも知ってるよ。ちなみにあた

 しの好きな妖怪は、小豆洗いと油すまし。キング

 ・オブ・妖怪は目玉オヤジだけどね!」

「はあ…」


何の妖怪が好きかとか今は別にどうでもいいんですけど…。つーか目玉のオヤジは水木先生作品の中だけだろ!?いやいや、そんな事はどうでもよくて…

羽根が生えてたら人間じゃない?そう思うのが偏見ってヤツで…。あれ!?ますます訳分かんなくなってきたぞ?個性が偏見で、羽根が魚で…


考え過ぎて頭が真っ白になり、よその世界に行ってしまっている純をよそに女性は羽根をさすりながら

「本物だって言ってんのに思いっ切り引っ張ってく

 らちゃって…。挙げ句の果てに人の事妖怪だとか

 言い出すし。あ〜まだ痛てぇ。初めてだよ、こん

 な事されたの!!この責任はきっちり取ってもら

 うからね!ところでさ、ねぇ腹減らない?あたし

 すっごく腹減ってんだけど、純何か作って。んっ

 ?お〜い純く〜ん、聞こえてますかぁ!?どこい

 ちゃってんの?戻ってこいよ。ねぇ、純ってば〜

 !!」

女性に揺さぶられて放心状態だったところを急に現実に引き戻されたが、まだ完全に戻りきれてない為

「へっ!?な、何ですか?」

と思いっ切り間抜けな返事をしてしまった。そんな純を見て女性はニッコリ笑って、空になった野菜ジュースのペットボトルで純の頭をポンッと叩き

「これから仲良く一緒に暮らすんだから敬語なんて

 使うんじゃないよ。そんな事よりあたし腹減った

 から、早く何か作って。」


















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