第20話

5、

「純ー、あたし今日、夜に出掛けるから夕飯取っと

 いてぇ」

とイヤホンで音楽を聴きながら、半纏姿でコタツに身を埋めている小町がだるそうに言った。

小町がこの部屋に居着いて半年、すでに慣れてしまった純は朝食を作りながら「分かった」と短い返事をした。以前から小町は昼夜問わずどこかに外出する事があった。そして帰ってくると金額はまちまちだが何故かまとまったお金を必ず純に渡した。何もしていない様子なのに結構なお金を渡す小町を不審に思った純は、随分前に小町に何かヤバい事をしていてこのお金はその報酬ではないのかと問い詰めた事があった。すると思いっ切りエルボーを喰らい更にネットでやっているらしいプロレス番組て覚えた卍固めをかけられ危うく落とされそうになった。それ以来、相変わらず何処で何をしているのか教えようとはしないが、何度も悪いお金ではないと説得され、今はそのお金を受け取りその中から小町にかかる食費代等を引いて、後は小町が自由に使えるように貯金をしている。意外なことに小町はああ見えて浪費家ではない。むしろ使う方が少ない。普段着ている服なんか純が高校時代に使っていたジャージやセールで安く買ったこれまた変な色のジャージを愛用している。今だって純の昔着ていた服を着ている。お洒落には興味が無いそうだ。小町に言わせれば、着れさえすれば何でも良いらしい。いつも小町が寝ているソファーは居座り始めてすぐ粗大ゴミとして捨てられていた物を拾ってきたのだ。いくらお金を使わないからといってゴミ捨て場から拾って来る事は無いだろう!?と言ったら、まだ使えるのに捨てるのはもったいない!これもSDGSだと言って小町は言い切り、おかげで部屋が狭くなり困っている。

それにしても最近、小町が外出する機会がかなり増えた。ほぼ毎日と言ってもいい。深夜に帰って来る時もあり、一体何をしているのやらと純は不思議に思っている。また遅くに帰って来る割には夕飯はしっかり食べるので、そこもある意味疑問なのだが…。


大根とほうれん草の味噌汁を作っているとチャイムの音が鳴った。


誰だろう?こんな朝早くから…


と思っているとチャイムが容赦なく連打され、耳を塞ぎながら急いで玄関の鍵を開けると純が開ける前に勝手にドアが勢いよく開けられ

「おはよーっ小町ちゃん!!起きてるぅ?」

大声で1人の中年女性が入って来た。


たっ、田尻さんの奥さん!?


純が最も苦手とする人物だ。驚いて何も言えずにいる純に

「純〜誰ぇ?・・・あっ、田尻のおばちゃん!!」

コタツの中で丸まっていた小町は田尻さんの奥さんの姿を見た途端、勢いよく身体を起こし走り寄って来た。

「小町ちゃんこの間、おばちゃんのぬか漬け美味し

 いって言ってくれたじゃない?だからおばちゃん

 、張り切ってまた小町ちゃんの為に作って持って

 きてあげたわよぉ」

「本当!?あたし、おばちゃんのぬか漬け大好きな

 んだぁ。本当に美味しいんだもん。漬かり具合が

 絶妙で、食べ出したら止まんないの!」

「あらぁ〜嬉しい!そんなに喜んでくれるの小町ち

 ゃんだけよぉ。うちの旦那なんて何作っても何も

 言ってくれないんだもの。作り甲斐が無いったら

 。その点小町ちゃんは何でも美味しそうに食べて

 くれるから作り甲斐があるわぁ。無くなったらい

 つでも遠慮なく言って頂戴。いくらでも作ってあ

 げるわよ。おばちゃん、張り切っちゃう!ついで

 に煮物も作ったから、ど・う・ぞ」

「やったぁー!!おばちゃん、ありがとぉ」

ぬか漬けと煮物を受け取ると小町は器に頬ずりする。驚きとおばちゃんのマシンガントークに圧倒され2人の会話に入っていけなかった純は小町に聞いた。

「小町、いつから田尻さんの奥さんと知り合いにな

 ったんだ?」

「知り合いじゃないよ、何ていうか仲間…じゃなく

 て同志なんだよ。ねぇ〜おばちゃん」

「そうよっ、同志なのよねぇ私達。翔様ファンの私

 と竹内力ファンの小町ちゃんは同志なの!!」

「あの、翔様って…」

「あら、翔様って言ったら哀川翔に決まってるじゃ

 ないの。世間では韓流だの華流だの台流なんて騒

 いでるけど私達は何と言ってもVシネマが1番なの

 よ」

「そうだよ、韓流スターに夢中になるのも良いけど

 やっぱりVシネマが1番なのよね。どうして皆んな

 、Vシネマの良さに気付かないんかねぇ?もった

 いない!灯台下暗しってこういう事言うんだよ。

 やっぱ日本人はVシネマっしょ!」

《ね〜!!》


ねー!!って声を合わせられても…小町は日本人じゃないだろ…


とてつもなくキラキラと目を輝かせ、小町と奥さんは固く両手を握り合い酔いしれている。

「あー、さすが小町ちゃんは分かってるわぁ。あら

 やだっ、旦那が出掛ける時間だわ。またね、小町

 ちゃん。今度一緒にVシネマ観ましょうね、新作

 が出たらしいから。それじゃあお邪魔しました」

「観る、観る!またねぇー、おばちゃん」

小町とVシネマについて一通り熱く語り合った田尻の奥さんは満足した顔で、また勢いよくドアを閉め帰って行った。


田尻さんの奥さんも小町と一緒でマニアックなミーハーだったとは…


自分だって同じマニアなくせに人の事は言えない立場をすっかり忘れている。

純は何だか知ってはいけない様な知りたくなかった様な事を知ってしまった気がして微妙な気持ちになった。そして奥さんが帰った後、さっそく小町に尋ねる。

「いつから知り合いなんだ、お前たち?」

「だからぁ、知り合いじゃなくて同志なんだってば

 !Vシネマをこよなく愛する同志。純は本当に分

 からんちんだなっ。たしか1ヶ月位前だったかな

 ?純が大学に行ってる時にアパートの事について

 伝言があったか何かでおばちゃんが来たのね、そ

 ん時丁度あたし哀川翔と竹内力が共演してるVシ

 ネマ観てたわけ。そしたらおばちゃんが自分もV

 シネマが好きなんだって言って、色々話してたら

 すっかり意気投合したのさ。あれからお互い哀川

 翔のファンと竹内力のファンだって分かったから

 よくおばちゃんの部屋に遊びに行ってるよ。一緒

 にVシネマ観ながら語り合ってる。いつもおばち

 ゃんちに遊びに行くと必ず何か出してくれるんだ

 よね。ある時出してくれたぬか漬けがすんごく美

 味しくて…。それ目当てで遊びに行ったりもして

 るの」

小町は先程貰ったぬか漬けを1つ頬張って幸せそうな顔で答えた。もう一度言うが、開いた口が塞がらない純は、自分は高倉健の大ファンであり時代劇に

もかなり詳しいというマニアックさは決して小町達の事をとやかく言えた義理ではない。














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