お読みになっている話の時系列は正常ですが正確ではありません。

 話は少し、付与術師フヨルが追放される前までさかのぼる。


 一つ目鬼サイクロプスの魔将を倒したその日の夜。夕食を終えて星空の下、僅かに温かな風が吹く中、勇者ユウデン・フロイデは珍しく書類仕事に追われていない夜中を過ごしていた。明日には王都へ、サイクロプス討伐の報告書を書かねばならないだろうが、今晩ぐらいはゆっくりできるだろう。

 聖者セイシル・ジャバーナは、サイクロプスの一族との戦いで負傷した騎士キーシェ・トウノウルの治療を、パーティの男性メンバーから見えないようにテントの中で行っている。テントの中からはキーシェの楽し気な笑い声が聞こえる。

 魔法使いマジルジェ・マーキマンは王都に住む恋人と、魔法で造った使い魔による文通を行っており、その内容を読むたびにオーバーなリアクションを取って、手紙の内容を読まれないようにパーティーから離れた場所で返事のために筆を取っている。

 数時間前まで命のやり取りをしていたにもかかわらず、今はとても穏やかな時間が流れている。


 そんな時、フヨルが何か思い詰めたように、一大決心をしたと言わんばかりにユウデンに向き直り、「話があります」と切り出した。

 話の内容は最初は旅の思い出から始まり、思い出話を続け、フヨルが凝っている趣向品の話をし、装備の話になり、旅の資金の話になり……


「フヨル、そんな話がしたかったのか?」


 ユウデンはそのとりとめのない話に少し困惑した。

 フヨルは何かハッとしたようで、少し押し黙り、今一度決心を固め……なおきょどっている。何か言いにくいことなのかとユウデンが察し始めた頃、フヨルはぽつりとユウデンに、自分の足元を見ながら言った。


「ユウデン様を、お慕いしています」


 ユウデンはその言葉の意味が解っていなかったが、フヨルが顔を赤らめながら、真剣なまなざしを自分に向けて今一度同じことを口にしたため、事態を飲み込み始めた。


「ユウデン様を、僕は、好きなんです! ……あ、でも、その、今まで通りの関係だと嬉しいです」


 そしてまた、フヨルは自分の足元に視線を落とした。

 ユウデンの頭は突然の告白に、妙に冷静に答えと疑問を取り出した。


「ああ、今までの関係で良いなら何も問題はないが……なぜそれを言おうと思ったんだ?」


 至極まっとうな質問に、フヨルはユウデンに視線を合わせず、どこか宙を見ながらつぶやくように言った。


「サイクロプスは強敵でした。ですが、あれは魔族の中では決して最強の種族ではありません。もっと命の危険に晒される戦いも来ることでしょう……そう考えたら……後悔しないようにしないと、と」


 ユウデンは「それでは質問の答えになっていない」と思ったが、既に「今までの関係で良い」と言われている以上、追及はしないことにした。

 ユウデン自身、フヨルと恋仲になることなど想像できない事柄であったし、そもそも恋とか愛とかいうものに自分が興味が抱けないことは自分でよく解っていた。

 そんなユウデンの心を知らないフヨルは弾かれたようにユウデンに向き直り、ユウデンに願い事をする。


「ユウデン様、お願いがあります!」

「ん? ああ、恋人には成れないが……」

「はい、それは知ってます。ですが、今の僕の気持ちはお伝えした通りです。そこで……身勝手なお願いなんですが」


 そうして、フヨルは願い出る。


「恋人を作るなら、予め教えてくれると嬉しいのです」

「フヨルに? 何故?」

「それは……心の準備ができないと、僕は……」


 フヨルはまた視線をユウデンから逸らした。まだ起きていない未来を創造したのか、その表情はとても苦しそうだ。

 ユウデンは「もし恋人を作るにしても、それはこちらの話なのだしフヨルに関係がないのではないか」と思ったが、そのことを口にすることは無かった。言わずとも解ってくれて居そうだな、などと、ちょっとした惰性が働いたのだ。

 無論、ユウデンがフヨルの「好きな人に恋人ができたら辛く苦しいから、心の準備をさせて欲しい」という願いはまともに伝わっていない。

 これが、徐々に、真綿の如くフヨルの首を絞めていくことになるのだが……

 ユウデンはただ思ったままに、されど大事なすれ違いを正さずに口を開く。


「俺は恋人は作るつもりは無い。恋とか愛とか、今の俺にはよく解らんし、勇者の旅路には不要だろう」


 フヨルの顔が、思いつめたような表情がふっと緩んだ。


「ああ、だからフヨルとももちろん、そういう間柄になるつもりは無い。いいな?」

「はい! もちろんです!」


 ユウデンとフヨルの間で、「フヨルはフラれた」という共通認識はできたが、ユウデンが本当に恋や愛という物に無頓着であり、フヨルの感情に意識が向かなかった結果、悲劇が起きる。




 そんな夜を越えて、一行は王都ルトランセに寄って、女王へ報告を兼ねた謁見を行うことになった日のこと。

 王都につくなり、セイシルとマジェルジェは別行動をとることになった。

 マジェルジェは王都に住まう恋人の元へ行くのだと息巻いて、王都につくなり走ってどこかへ、元気よく去っていった。

 セイシルは何かを警戒しつつ、ユウデンにひそやかに言う。


「ごめんなさい、王都でやらねばならないことを思い出しましたので、私は少しこの場を離れます。謁見の後に会いましょう」

「謁見の後? ……まあ、俺一人で会うことを女王陛下がお許しいただけるか、交渉はしてみるが」

「そこは大丈夫。私からも口添えしておくから……ああ、でも、王城に行くのは少し遅らせてからの方が良いわね。適当に氷菓ジェラートでも食べておいて」


 セイシルの正体が、王女セシリアであることをまだ一行は知らない。一応、彼女が付いたカバーとしては王女と親友だから、とのことだが……一行は特にそれ以上追及してこなかった。知る機会が無かったとも言える。

 キーシェの案内で王都を観光し、王城からの使いが玉のような汗を流しながらユウデンたちを迎えに来て、初めて彼らは事態を知る。


 そして、勝手に結ばれていた婚約のことも。

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