追放はもう一度
「フヨル、良い機会だ。パーティーから君を追放することにする」
ユウデンは、王都ルトランセが臨める草原の真っただ中で、フヨルに宣告した。
「いや、追放しておいた」
そうして事後報告を告げて、黙ったままのフヨルに続ける。
「たかがこんなことでそこまで精神を病むならば、パーティーメンバーとして良くないし、何より君にも良くないだろう」
ユウデンにとっては“たかが”という内容であったが、フヨルが過剰に反応する様は見ていて気分が良いものではなかった。何より……フヨルを追い出すと言葉にした時、ユウデンは安心感を覚えた。
しかし、ユウデンは根拠のない確証があった。
それでもフヨルとはどこかで会えるだろうし、何年かすればきっとほとぼりも冷めて、何食わぬ顔で会えるだろう。“お互いに彼女でも連れて”。などと……
つまり、ユウデンはこう言いながらも、少し疎遠で終わるぐらいだと思ったのだ。
だが、フヨルは違った。
「ユウデン様に言いたいことは山ほどあります。でも……これは僕の問題です。話したくありません」
ユウデンはここで違和感に気付くべきだった。
フヨルが、過去にユウデンの分身であるスノーマンへ向けたあの嫌悪の表情を向ける。
「お疲れさまでした」
ユウデンは何故自身がねぎらわれたのか解らなかったが、何も考えずに「ああ、お疲れ」とだけ返した。
そうして去っていくフヨルを、全く振り返らなかったフヨルを見送った。
人族の王が住む都、王都ルトランセ。円形の高く白い美しい壁に囲まれ、都そのものが城塞として機能する、人族の安寧の地。
現王は古来の勇者の血を引き継ぐ由緒正しき女王で、厳格なる彼女の下で育った麗しい姫君の噂で町中はいっぱいだった。
ユウデン一行は、ここに居を構えている。理由はユウデンの婚約だ。そう、彼は姫君と婚約することになったのだ。
ユウデンは王城の門をくぐり、宛がわれた部屋の扉を開ける。
「ねえ、フヨルは? 見つかった!?」
煌びやかな衣装に身を包んだ聖者セイシルがユウデンに落ち着かない様子で問いかける。
その手には、フヨルが残した手紙が握られている。
それに対し、ユウデンは淡々と、世間話のように答える。
「ああ、見つけたんで、パーティーから追放処分を告げてきた」
セイシルは声を荒げ、ユウデンの前に出てくる。そして、力強く睨みつけた。
「何言ってるの!? なんでそんなことをしたの!!」
「何故って、もう居られないだろう? それに、精神的に苦しそうだったから、追い出して正解だった」
「どうしたらそんな……」
セイシルは怒りを口にしながら、自らの問いかけの答えを自分で見つけて絶句した。
その絶句した答えを、ユウデンが口にする。
「王女セシリアのためだ」
セイシルは部屋を飛び出していってしまう。ユウデンは追わない。
これで正しいのだと、ユウデンは自分に言い聞かせる。いや、生み出された惰性にしがみついた。
そこに騎士キーシェが、恐る恐るという具合に現れて聞く。
「あの……何が?」
ユウデンは肩を竦めて答えなかった。
だが、キーシェはユウデンに提案する。
「あの、ユウデンさん、大事な提案なんですが……」
ユウデンは部屋の隅にある椅子を指し示し、話の続きを促した。
「フヨルさんを追いませんか?」
少しの静寂。窓の外から王都の喧騒が、賑やかな日常が聞こえる。
「何故?」
「何故って、これじゃフヨルさんが可愛そうですよ!」
「いやだから、何故だ?」
「……?」
キーシェが言う「フヨルが可愛そう」の意味がユウデンには解らなかった。
「たかが政略結婚だぞ? 愛し合っての結婚じゃないんだ。それを気にするなんて、フヨルは余程疲れていると俺は見る」
そう、勇者ユウデンと王女セシリアの結婚は政略結婚である。国の長である女王が昔から取り決めていた結婚だ。愛がある結婚ではないただの演技なのだから、それを気にして傷つくなんてどうかしている。ということをユウデンは本気で思っていた。
キーシェは朴念仁に確認する。
「確か、フヨルさんからお気持ちは聞いたんですよね?」
「お気持ち?」
「その、好きとかそういう……」
「ああ、あったが……一応断ったしな」
「断ったのって、何日前でした?」
「何日、じゃない。もう一月前だ」
「まだ一月ですよ」
キーシェは頭を抱えた。その様子にユウデンは居心地が悪くなった。
「なんだ、君もセイシルと同じく俺にどこか非があると言いたげだな」
ここでキーシェから「いえそんなことは」と来るかと思いきや。
「ええ、ユウデンさんの乙女心への無関心さに心底呆れました」
完全に責められた。
キーシェは続ける。
「そこでセイシルさんにも責められてる時点でいい加減気付いてください。あなたの行動……最低です」
そうして、キーシェも部屋を去った。
ユウデンは何が悪かったのかと、腑に落ちないことで却って怒りのような物が沸き上がっていた。
既にフヨルには断った。終わったのだから自分が誰とどうなろうと、フヨルからどうこう言われる筋合いはないし、他のメンバーにも同じく何か言われるいわれはないはずだ。
「そうだ。仕方がなかった。俺は悪くない」
と口にして、ふと、マジェルジェも同じようなことを言っていたことに思い至る。
そして生じた疑念は膨れ上がっていく。
―― もしかして、俺は今マジェルジェと同じ状態になっている?
いったんは農民のユウデンを押し込めるが、どうにも落ち着かない。
―― でももし、間違ったりしていたとして、俺が謝らないといけないのか? 理不尽だ。
頭の中に居るユウデンたちが自身の身体を重くする。
しかし突然に、有象無象の雑念を押しのける形で、誰かが心の中で言った。
―― いいや、こういう時勇者なら、誰かを犠牲にすることはしないね。
ユウデンは生まれた葛藤を持て余し、頭を抱えて深くため息をつく。
「ああ、くそ。ダメだ。フヨルを連れ戻して、しっかりと納得させなければ……俺の心が納得しない」
かくて、今度はしぶしぶ、勇者のストーキングが始まったのだった。
……でもその前に、なぜこうなったのかから話は始まる。事の起こりは、半月前だった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます