セイシルの場合
押し込めた本音のスープ ~子供時代を粉末にして捨てました~
「あなたは、私の味方よね? 可愛いセシリア」
女王はとても心の弱い人だった。
夫である先王を亡くし、女で一人で国を支え、
王女セシリアは幼くして、無意識に思った。
―― 私が、お母さんを守らなきゃ。居なくなった、あの
そうして、育った彼女が周囲から「王女様はにこりともしない可愛くない人」だと言われるまでに、そう時間はかからなかった。
「女はね、男の陰に隠れて生きるものじゃないわ」
母はよく、自分に言い聞かせるようにセシリアに言った。それが自分への鼓舞の言葉なのだとは、幼いころから聞き続けて気付いていた。
なぜなら、二の句でこう、彼女は続けたことがあるからだ。
「セシリア、あなたは勇者と結婚なさい。勇者を国父にすれば、国家は安泰なのだから」
男に屈して生きろと、男に負けずに生きろと、母は背反した嘘をつくのだと感じ、セシリアの心は痛みに震えた。だが、それを母に告げるわけにいかなかった。
強く正しくあろうとし続ける母を自分が見捨てたら、誰が母を分かってあげられるのか。本当はすごく弱くて泣き虫で……私ヲ頼ッテクレル。
だが、次第に胸の痛みは強くなっていく。
料理は味がしなくなり、景色はかすんで見える。ただ公務を行うだけの機械として生きている自分のなんと楽なことか……
そんなある日、宮廷を訪れた魔法使いが面白い魔法を教えてくれた。
白い髪の魔法使いは、自分の髪をいじりながらセシリアに言う。
「いわば、遠見の魔法、という奴ですよ、王女様。これを用いることで、民草の生活を覗き見る、いわば公務の一環です……気晴らしにも使えますがね」
そう言って、魔法使いは悪戯好きそうな笑みを浮かべた。
教えてもらった魔法を使うには、かなりの魔力補助が必要だったが、意識のみを遠くに飛ばし、まるでそこにいるかのように知覚できる、という魔法だった。
では、手始めにどこを遠見するかと聞かれ、セシリアはずっと気になっていたことを知りたくなった。
「魔法使い様、勇者を、ご存知ですか?」
農村で働く少年を、セシリアは良く眺めていた。
年頃の少年の生活を、良し悪し含めて隅々まで、時には朝の寝顔から夜の寝顔まで見るのは少し気まずくもあったが、その少年が未来では勇者だというのだ。つまり将来の伴侶であるならば、知っていても何も問題はないだろう。……多分。
見守り続け気付いたこととして、少年はいつでも滅私奉公で他人を良く助け、いつ自分のことをしているのか心配になるほどであった。彼の周囲もその様子を心配したが、当人は太陽のような笑顔で微笑んで、そのことを感謝するのだった。健気なその様に、自分が国を継いだら、まずは彼を裕福にし、甘やかしたいなどとセシリアは夢描いた。
「あの……!」
ある日、少年が村の青年に声をかけた。内容は「同性であるけれど、恋い慕っている。恋人にならなくても良いが知っていて欲しい」と。
セシリアは驚いた。まさか、将来の伴侶がそうなのだという衝撃もさることながら、見守り続けた少年が幸せへの一歩を踏み出そうとする様に、心から温かな気持ちになった。
だが、結果はとてもひどいものだった。人間の醜悪さを思い知った。自分にない感覚への強い差別を、それを正当化する邪悪を、セシリアは心底軽蔑した。
ところが当の少年は、少し泣き暮らした後に彼らをまたいつものように助けて言ったのだ。例え、彼らがそれに暴言で応えようと。
「傷つけてごめんなさい」
この言葉が却って村に彼の居場所を無くしていったことに、セシリアは更に強く心を痛めた。そして同時に、彼の強さを尊敬した。
心だけの状態で、独り泣いている彼の傍にずっとセシリアは寄り添った。それが少年の知る由もないことであろうとも。
そうして、公務だからと言い聞かせ、少年の生活を見守ることが彼女の心の支えだった。時には魔力を使い過ぎて頭痛や吐き気に襲われていたこともあったが、それでも現実に戻れば邪悪な大人たちの顔色をうかがう仕事へ戻らねばならない。
彼女の子供時代はそうして過ぎていった。
そんな日々が続き数年、勇者が現れた情報がセシリアの元へ届けられた。
聖剣を持ち、みすぼらしい姿をした女性と共に旅をしていると。
それを聞いていても立っても居られず、セシリアは母に半ば黙って、計画していたことを実行に移した。
王女の服を脱ぎ棄て、修行中の神官の服に身を包み、あらかじめ用意していた中古の旅道具をかき集め、王城の倉庫に眠っていた鞄の中に押し込んだ。何人かの信用できる使用人に母への手紙を渡し、王女セシリアは聖者セイシルとして、王都を抜け出した。
だが、勇者と名乗る男と会ってセシリアは絶句した。
泥だらけでいつも上の空の少女を連れている様にも驚いたが、なによりも……
―― 誰だ、こいつは?
あの朗らかに笑う強い少年ではない別の者が、聖剣を携えて勇者として現れたのだ。
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