酷い残滓


◆◆◆


 え? マジェルジェとの関係? まあ、そうだな。恋人だ。だが、それがフヨルと何の関係があるんだ?


 ああ、マジェルジェがお前に酷いことを言ったと。それは大変だったな。



 ……だから?



 あいつは俺の彼女だ。だから、マジェルジェがすることはなんでも許す。あいつがお前を気に食わないというんだな、フヨル。ならお前はパーティーから抜けろ。


◆◆◆


 見て! ユウデン、フヨルの奴、嘘の告発されて可哀想ぉ!


 おいおい、そのくらいにしておけよ、マジェルジェ。それじゃ、サンドバックくんが可愛そうだ。


 えー、止めなきゃダメぇ?


 んー、良いんじゃないか、止めなくて。俺のハーレムに居るキモいクソホモもこれで少しは学んだだろ。


◆◆◆


 何なのよアイツ! 本当に邪魔なのよ! ウザい! 消えてくれないかしら!


 おいおい、次はなんだ?


 ユウデェン! フヨルが気持ち悪いの! ムカつくの! ホモのくせに! 普通じゃないくせに! 私の見せ場を邪魔したのよ! あいつとキーシェが詰まんない話してたからキーシェに話しかけたの。そしたらあいつも会話に加わろうとするのよ! 信じられない!!


 ああ、可哀想な俺のマジェルジェ。そうだな! フヨルは普通じゃないからな! 今度黙らせておくよ!


 でもどうやって?


 ん? 俺に惚れてるんだろ? だったら、手の平で転がしてやればいい。


 えぇー、私焼いちゃぅー


 いやいや、これが楽しいんだって。見てな? チョロすぎて笑えてくるからさぁ! それに、焼いたことを理由にすれば、サンドバックくんを殴り放題だろ?


◆◆◆


 フヨル、話があるんだ。


 お前が最近パーティーメンバーと仲が悪いことは知ってるんだ。それでお前が気に病んでいるように見えて、居た堪れなくてな。


 そこで、お前をパーティーから追放することにした。


 はぁ、たかが、お前みたいなホモを、誰が好きになるんだ? 気持ち悪いんだよ。


 は? 優しくしたのだって演技に決まってるだろ、察しが悪すぎる奴だ。逆に面白いぞ!


 ああはいはい、「フヨルもパーティーの大事な一員です」って言ったこと? んなもん、勇者がホモ差別してるとかいう、あらぬ噂がたっても困るだろ? ほんと、お前のパーティー入りを良しとした時の俺どうかしてたわ。


 なんだよ、不満か? ああうざっ! 泣くな! 男なのに泣いてんじゃねぇよ! 俺とマジェルジェのがずっと傷ついてたんだよ!!


◆◆◆


 ええ、パーティーの仲は良好です。トラブルはありません。


 付与術師の一件ですか? とても判断が難しかったですが、良い機会になったと思っています。


 それと、実はこの場を借りて発表したいことがありまして。俺とマジェルジェの間に……


◆◆◆



 北の賢者は、築き上げた砦の最奥に安置した、ガラスの棺を覗き込む。

 棺の中に眠る少年の閉じられた目からは、滾々と涙がこぼれていく。それを、北の賢者は指で拭う。正確にはぬぐう事すらできない。拭おうとし、悲しみに寄り添うことすらできない実体のない自身の身体を呪った。


「フヨル、いい加減、忘れるんだ。そんな過去なんて。あんなクズなんて……」


 そして、その棺に覆いかぶさるように、嘆くようにもたれ掛かった。


「君を大事にしない奴なんかを愛して何になるんだ」


 力いっぱい振り上げたこぶしを振り下ろすが、ガラスの棺を叩くことは無い。


「あいつは君を愛してなんかいない。愛していなかったじゃないか。愛されなくても構わないだなんて、ただの強がりだ」


 フヨルの涙はいつまでも零れるのに、自身の涙は影幻かげまぼろしと宙に消える。


「何度夢見ても、何度繰り返しても、その都度君は、現に愛されてないじゃないか」


 北の賢者は、目覚めぬ少年の頭を撫でて口づけをしようとする。無論、何もできない。


「起きてくれ、フヨル。もう、君は十分苦しんだだろ? 幻に浸ってても、過去は変わらないんだよ、フヨル。あいつは、君とマジェルジェを天秤にかけて、誰がどう見ても悪いマジェルジェを優先し、を『良い機会だった』とのたまったんだぞ」


 北の賢者は笑いながら、目覚めぬ少年に言って聞かせる。


「結果どうなったと思う? 『誰彼構わず傷つける彼女のことを優先する勇者なんて恐怖でしかない』って、魔王討伐を果たす前に討たれて終わったんだ。笑えるだろ? ……な?」


 とても冗談を話すような声色ではない、悔しさを堪えたその言葉も届かない。


「忘れよう、フヨル。眠るんだ。しっかりと。君を愛する者は、ちゃんと他に居る」


 ただ、少年の湧き出る涙の音だけがそこに残っていた。

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