マジェルジェの場合

孤独ソース添え胸糞のソテー ~悪辣煮込み~


 勇者ユウデンのパーティにおいて魔法の多くを一人で担うのが魔法使いマジェルジェである。勇者の最初の旅の仲間であり、他のメンバーからは「ユウデンに気があるのだろう」と見られている。才能に溢れ、自信に満ち、美貌を誇る、運そのものが彼女の味方。そんな女性だと見られている。

 が、実際のところはどうなのか。



 マジェルジェが生まれ育ったムウ村は、魔族の研究、俗にいう異端の研究を行っていた村だった。ムウ村は魔族の身体を解剖し、彼らが如何に魔力を増幅するのか、一体どんな生体なのかの研究を行う一方で、魔族と人族の交配という禁断の研究も行っていた。

 そうして生まれたのがマジェルジェだった。が、魔族との間に生まれたというわけではなかった。現実はもっとひどい。魔力によって作り出された、人族でも魔族でもない肉の袋が、彼女の母親と言える存在だった。それが何をどう間違ったのか、魔族の子ではなく人族の子を産んだのだ。あるいは、人族と大差ない世界に独りだけの魔族として生み出された。そうして生まれた忌子は、多くの生き物の屍の上で生まれたからか、生まれ持って強大な魔力を有していた。

 失敗作として生まれ、研究対象として育てられた彼女は、常に大人の顔色を窺うようになる。そして常に「いつか自分は廃棄されるのでは」という恐怖を強く植え付けられることになる。

 彼女の一生は、それを振り払うためだけに費やされていく。結果を残さねばならないのだと、そうしなければならないだと、彼女の潜在意識は訴えかける。


 そのためならば、少々の悪事も許されるべきだ。だってみんなから、私はそうされてきたのだから、今度は私がする側でも良いじゃないか、と。


 ムウ村はその後、実験の失敗をきっかけにマジェルジェを残して地図から消滅することになる。それがマジェルジェの行動だったのかは知る由もないことだが、晴れてそうして自由になったマジェルジェがまず最初に行ったことは「強い存在に自己を庇護させること」であった。安心感を得ようとしたのだ。

 そうして目を付けたのが、勇者ユウデンである。


 彼らが出会った当初、マジェルジェは汚濁の中から這い上がって来たかのような外見であった。ユウデンはそれを見て心を痛め、彼女を介抱する。温かな食事や綺麗な服などを見繕う様はまさに彼女に安心感を与えたことだろう。

 ところが、マジェルジェはそれを恩に感じるタイプではなかった。恩という物を学ばずに来てしまった。自身は奇跡の研究成果なのだから庇護されて当たり前だと。アア、コレデ安心ダ。


 だが、彼女の計算は大きく狂っていく。

 二人目の旅の仲間、聖者セイシルが加入した頃にもなると、ユウデンは名実ともに勇者として周囲からも扱われるようになる。自身の身の回りの世話などはセイシルも焼いてくれるが、これは別に構わない。問題は、ユウデンの態度だ。

 セイシルがパーティに加わったことで、またユウデンが勇者として周囲から扱われていく中で、マジェルジェの中に一つの懸念が浮かび上がる。「ユウデンは自分を捨てるのではないか?」と。

 単純に、二人旅が三人旅になり、ユウデンが多忙になり、人としての生活にマジェルジェも慣れてきたこともあっただけのことなのだが、自信の脳裏に過る「廃棄処分」の言葉に、マジェルジェは心底恐怖した。

 この恐怖心は敵愾心を呷り、結果としては彼女に向上心を生み出した。それからは努力という物に魅入られたかのように、自信の向上に勤しむことになる。問題があるとすれば、その向上心が満たされることは無かったことだが。


 彼女の誤算は続く。それは、ユウデンがマジェルジェに気が無かったことである。

 マジェルジェの学習能力は非常に高く、好奇心も旺盛だったからこそ、あらゆる手管を学び、男を虜にする術を学んでいった。端から見れば、健気に一途に振り向いてほしい女性とでも映るかもしれない。実際努力を惜しまない姿は、ユウデンからは高く評価されていた。

 しかし、マジェルジェが欲しいのはそういう評価ではなかった。実のところ、ユウデンからの愛すら要らなかった。おそらく、ユウデンと結ばれても彼女の渇きが癒えることは無い。彼女が欲しいのは、そういう物ではないのだ。

 だが、自分で思い込んだ、自身についた嘘が彼女を狂わせていく。


「ユウデンは私を愛しているはず。私たちは結ばれるべき。幸せな結婚。幸せな家庭。子供は何人でも。そうシて、そウシてヨウヤく……私ハ幸せニなルノ……」


 そして、最大の誤算が現れる。

 勇者一行のメンバーに騎士キーシェを加え、旅路がとても苛烈なものになった頃、コ村という小さな村の近隣に、百年物のダンジョンがあると勇者一行は聞く。しかも、どうやらダンジョンから魔物や魔族が定期的に出てきて周囲の被害もばかにならない、と。勇者一行は、村の少年をパーティに一時加入させてダンジョンを数週間かけて攻略した。

 この時、勇者一行に一時的に加わった少年に向けるユウデンの穏やかな物を、マジェルジェが一向に手に入れられなかったそれを、マジェルジェは心底欲した。ずっと欲しかった、努力した、求め続けたそれを、なぜ出会って数週間の輩が脇から攫っていくのか……マジェルジェは、少年を強く呪った。


 挙句、ダンジョン攻略後に少年が小間使いとして同行した際には、なんとかして追い出そうと躍起になった。彼女の中にあったのは、自身の居場所を無くす恐怖であったが、その感情には彼女自身すら気付かなかった。むしろもっと、捻じれて歪な、邪悪な感情として発露した。


「ユウデン、あの子、私をいじめるのよ……気付いてた? 私、あの子が怖いわ」


 ユウデンに、小間使いの少年は悪いやつなのだというイメージを植え付けようとした。自身は被害者であり、あいつは加害者なのだ、と。

 だが、ユウデンからは思っても見ない言葉が帰って来た。


「フヨルにはそんな気が無かったのかもしれない。嫌なことだと思ったなら、そう伝えればいい。彼は解ってくれる」


 違う! そんな言葉聞きたかったんじゃない!! 私を可哀想だと撫でろ!! お前は私の機嫌をどうして取らないんだ!! 素直に私の代わりに奴を攻撃すれば良いのに!!!!

 計画通りに行かなかったが故に、彼女の嫉妬心は、投影から捻じれた邪悪な心は、小間使いの少年を追い出す計画へとすり替わっていく。



 ある日のある昼下がり、その旅の道すがら、マジェルジェは少年に唐突に言い放った。小間使いの少年からすれば何の脈絡もないことを。それもそもはず。すべてはマジェルジェの脳内で肥大化した彼女の悪意だ。それが一つの結論を導き出したのだ。「こいつは悪い奴に違いない。その事を証明してやるんだ!」と。

 マジェルジェが小間使いの少年の肩を掴んで自身に向き直させる。


「なんなのあんた! さっきの一言! 私はね、あんたに傷つけられたのよ! 本当に! もう私の傍に居ないでくれる!?」


 実際、言われた言葉などどうでも良かった。覚えていないぐらい取りに足らないことだ。

 ショックを受けてしゅんとする少年を見て、マジェルジェは自身を賛美した。人の悪性を見切る己の慧眼を称え、同時にパーティから追い出すことを実行に移した自分を称賛した。パーティのみんなもそう言ってくれるに違いない。ああ、可哀想なマジェルジェ。気付いてあげられなくてごめんね。お前は正しい、最高傑作ダヨ、と。

 だが、この小間使いの少年は、マジェルジェが知らない人種だった。

 小間使いの少年は、マジェルジェに真摯に頭を下げたのだ。


「マジェルジェさん、あの、申し訳ありませんでした。そんなつもりは無かったんです。マジェルジェさんがそんな傷ついてただなんて……僕の不注意でした……本当に申し訳有りませんでした!」


 マジェルジェは、目の前の事態に混乱した。脳裏でユウデンが「フヨルには言えば解ってもらえる」と言っていた言葉がこだまする。

 そして、マジェルジェはその謝罪の言葉に……





 

 悔しさを感じたのだ。これではまるで、この少年が悪者ではないかのよう……自身の人を見る目が間違ったのだと言われているような……


 いや、そんなことは無い。こいつは悪い奴だ! 鼻がムウ村の連中に似ているんジャナイカ!? 髪の毛ノ色も同系色ダ!! 手ガ二本デ足ガ二本デ言葉をシャベル!! コイツハ悪イ奴ノはずナンだ!! ミンナ騙サレテ居ルンダ!!

 マジェルジェは混乱の末に新たな袋小路へ迷い込んでいく。


「そう……じゃあ、次からは気を付けてね」


 そう言って、フヨルを置いて旅路に戻るが、マジェルジェの中に生まれた魔族より邪悪なそれは、一つの結論を導き出した。




 こんなムカつく奴なら、酷い目に合わせても構わないに違いない。

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