勇者は人の心が解らない
焚火を挟んで二人、葉っぱの仮面にほぼ全裸の男と、元勇者パーティの小間使い兼付与術師は向かい合って座っている。
星空はまだ満天、夜も更けて多くの人は眠りの時間、夜行性の生き物の時間。夜風で冷える身体を焚火だけがゆっくりと温めていく。
「あの、何か……」
付与術師のフヨルは警戒心を隠さずに、人形のユウデン、スノーマンと名乗った変態そのものな外見の男を観察する。
急に暗がりの中から現れたほぼ全裸の仮面の男。戦闘をこなしても息一つ乱さず汗一つ掻いていないようにフヨルには見える。実際人形なのだからその通りなのだが。
その視線に気づいたスノーマンは弁解のための言葉を、少々大げさに口にする。
「安心したまえ! 私は怪しい者じゃない! 本当だ」
「怪しい人はそういうと思います」
ごもっともな一言にスノーマンは言葉に詰まる。何とかして信用してもらいたいところだが、どうすれば信用を稼げるのか解らない。窮地を助けたりすれば信用を稼げるかと考えるが、先ほど窮地を助けたにもかかわらずこの信用の無さである。
半分になった思考回路でユウデンは考えをひねり出す。
「いや、私は、実はゆ、勇者ユウデンの秘密の使いなのだ! ユウデンくん個人の依頼で来たのだよ!」
「え!?」
自分で自分を勇者と呼ぶことは、ユウデンはいつまでも慣れない。自身が勇者として活動こそすれ、本当の勇者は別にいるのではないかと思い続けているからでもある。そしてこの心が故に、勇者ユウデンとしては追放したフヨルを素直に呼び戻せない。
だが今はスノーマンだ。
「そう、勇者ユウデンはフヨルくんのことを心配していてね! 実は預言者から予言が出たんだ。簡略化すると『勇者パーティから追い出された者が魔王に関わる……』かもしれない」
「預言って簡略化して良いものなんでしょうか? ってか、かもしれないって……いや、それ以前にその発言の証拠は?」
フヨルの眉間にしわが寄り、疑惑はごもっともだとスノーマンは頷く。
だが、ユウデンしては手ごたえを感じた。
「例えば、ユウデンくんと君が毎朝珈琲を飲むことが日課であること。君がパーティに入ったのは、勇者一行がコ村で君を助けたことが切っ掛けであること。実は君が付与術師として日々
というか、ユウデンだから知ってる。
フヨルは警戒心からいつでも立ち上がれるように構えるが、どこか考え込むように視線をスノーマンから逸らした。
スノーマンは続ける。
「他にも好きな食べ物や好きな風景、ユウデンくんから身元証明の情報は多岐にわたって聞いているぞ!」
「は、はぁ……いや、本当に? 本当にユウデン様の使いで?」
「うむ! 日頃君が履いているパンツの色も知っているぞ!」
「それは結構です!」
フヨルはスノーマンが明かす情報を聞いて、もしや本当にユウデンの使いなのではないかと心を許し始めていた。
だからこその質問がフヨルから来る。何かを期待するような目でスノーマンをフヨルは見る。
「じゃあ、ユウデン様は僕を呼び戻そうとしている、とかですか? でも、マジェルジェさんが……」
だがユウデンはその期待の意味をはき違える。
「ん? いや、呼び戻すことはできないんじゃあないかな」
「え……そう、なんですか」
そして、フヨルの心を推し量るのに失敗したまま、ユウデンは続ける。
「どうやら、今回は魔法使いマジェルジェくんとの間でトラブルがあったようだね。ユウデンくんは『勇者として追い出さざるを得なかったが、本当は心配しているのだ』と言っていたよ」
事実、ユウデンはフヨルのことを心配している。嘘ではない。
フヨルの表情が固まる。しかし、ユウデンはその表情の意味をうまく理解できずに続けてしまう。
「マジェルジェくんとフヨルくんが仲が悪かった結果のことなのだろう。だが、人である以上トラブルは起きうるものだ。たかがトラブルぐらい、いっそパーティから抜けた方が君のためだったのだろうとも、ユウデンくんは君を心配して追放したと言ってもいいだろう」
ユウデンは、マジェルジェとフヨルの仲が悪かったのかは正直解らない。マジェルジェの不満は何だかんだ聞いてはいた。「ならばフヨルに直接言えば良いのでは」とマジェルジェに言ったこともあった。そして、自分に言い聞かせるかのように一つの自論へと結びついていた。
「そう、君自身を大事にするためにも、パーティから追放されて良かったじゃないか」
「は?」
フヨルの口から、この上ない凶兆を孕んだ音が漏れた。
心底ゾッとするその音に、ユウデンは初めてフヨルのその感情を見る。見開いた目が仮面の向こう、その左目の向こうのユウデンを睨みつける。かつて一度も見たことのない表情で、聞いたことのない声で、少年の心が漏れる。
「たかが、トラブル? 追い出したのは僕のため? そうユウデン様が言ったのですか?」
ユウデンは何か選択を間違ったと直感で感じ取った。だが、フヨルにとって居心地の悪いパーティだったのなら追放は得でしかないだろうとユウデンは考える。考えようとしている。だから解らない。フヨルが自分に、ユウデンに怒りを向けている理由が、解らない。
フヨルはため息をついて、ゆっくりと立ち上がる。
「そうですか。いえ、実に、ユウデン様らしいです」
そう言ってかすかに笑うも、その目は全く笑ってない。
「確認ですが、マジェルジェさんは変わらずパーティに居るんですか?」
「え? そ、そう、だが?」
今一度、大きなため息をフヨルがつく。
そして、焚火に背を向けて歩き出してしまう。
ユウデンはその背中に呼び止めようと声をかけ、後を追おうとする。
「待て、何処へ行く!? 夜中の移動は危険だ」
「付いてこないでください!!」
フヨルの怒気を孕んだ声が、宵闇に響く。
静けさは木々をざわめかせ、それ以上の言葉を許さない。
「あなたが、本当にユウデン様の使いであるなら、今の言葉がユウデン様の考えなのでしょう。なら、僕は勇者一行にもあなたにも、近寄りたくありません」
「え、いや、なぜ、違う、違うんだ」
「あなたが偽物の使者であるなら……僕の憧れの人を侮辱したことは、決して許せません。やはり、あなたに近くに居て欲しくはない」
スノーマンは、ユウデンは去り行くフヨルを追いかけられない。ユウデンの心の中で生じた、怠惰で邪悪な誘惑が足をその場に縫い付ける。
フヨルは暗がりの中へと消えていった。
「だめだ! だめなんだ! よせ! 待ってくれ!!」
本物のユウデンが左目を抑えて飛び起きる。
魔法使いマジェルジェも聖者セイシルも騎士キーシェも、ユウデンの突然の挙動に心配をする。
スノーマンとフヨルが野営をしている場所より北へ常人の足で四日の距離。ほぼ魔族の土地と言ってそん色ない、敵地の真ん中で勇者は胸の中で暴れ回る何かを抑えつける。慟哭が状況を考慮せずに漏れ出す。
勇者はその日を境に、眠ることができなくなった。
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